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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その33

 一日の始まりは、大体どこの家も変わりない。


 朝起きて、町内の共同井戸や水汲み場に水を汲みに行く。

 朝一番の水は、主人一家の飲み水や手洗いに使う他に、大事な先祖の供養にも使われる。

 特に第二区以上は丘の上になる為、数少ない井戸は貴族の使用人達で混雑状態になる。


 ノイアールは、朝ひとつの大太鼓が鳴ると同時にラヌバイ家の前で張り込んでいた。

 貴族の使用人を捕まえるにはこの時間が一番良い。

 狙い通りに井戸の側でラヌバイ男爵家の女使用人を見付けた。


「あ、ベニスン様。お久し振りです」


 元々、貴族だったノイアールは、ラヌバイ家の一人息子とも仲が良かった。

 人当たりの良いノイアールは、付き合いのある他家の使用人にも気さくに声を掛けていた為、貴族の使用人達の間では評判が良く、広く顔が知られていた。


「やあ、元気にしていたかい?」


「はい。お陰様で何とかしています」

 女使用人は、白髪の目立つ頭を下げた。

 この女使用人は、聖剣戦争で旦那を亡くし、娘と一緒に住み込みでラヌバイ家で働いている。


「ちょっと、忙しい所いいかな?」


「あ、そうですね……」


 女使用人が躊躇しながら人が並び始めた井戸を見ると、ノイアールは離れた場所に積んである六つの水桶を指した。


「あれだけあれば足りるか?」


「あらあら、そんなにまあ……」女使用人は、手を口に当てながら笑った。「ベニスン様、私、そんなに持てませんよ」


「後で俺も手伝うから心配無い。それよりも、少し話を聞かせて欲しいんだ」


「ありがとうございます」女使用人は、頭を下げた。「どのような事でしょうか?」


「実は、先日起きた伯爵殺害事件の事なんだが……」


 ノイアールがその事を口にすると、女使用人は、顔色を曇らせて横を向いた。


 やっぱりな。ノイアールは、その表情に注目した。

「話は大体聞いている。事件については、公爵に口止めをされているんだろ?」


 ノイアールの言葉に女使用人は視線を上げた。


「でもな、俺は事件を捜査している国王警備隊のウイグニー副長に許可を得ているんだ。副長は、公爵の指示で動いているから、別に俺に話しても大丈夫だ。心配するな」


 女使用人は、シロリオの事も当然知っている。

 使用人の世界の情報網は結構広く深い。

 それはそうだろう。彼らは主人と運命共同体であるし、それでなくても主人の気紛れひとつで首を切られる恐れがある。互いに情報を交換し、殿上人の世界で起きている現状を把握する事で、自分の身を守る術にしているのである。

 シロリオが今回の事件や森の民の事にも絡んでいる事、ノイアールとシロリオが親友だという事は、この女使用人も知っている。

 シロリオが切れ者と名高いノイアールに協力を依頼するのも有り得る話だと女使用人は思った。


 ただ、女使用人が主人の口止めがあるにも関わらずノイアールに話そうと思った理由はそれだけでは無かった。事件の後に起こった件が納得出来無かった為、ノイアールに訴えてみようと思ったのだ。

 ノイアールなら、何とかしてくれるのではという思いがあった。


「あの日の事は忘れません……」

 女使用人は、ポツポツと話し始めた。

「最初に伯爵様のご遺体を見付けたのは、同じ使用人のタンバルさんでした」


「確か、タンバルは長年ラヌバイ男爵に仕えているな」


「はい。当家では一番長いと思います。先の大戦の前から男爵様についていたという事です」


「年は幾つくらいだ?」


「もう五十にもなっていた筈です。男爵様には、三十年近く仕えていました」


 三十年。そうなると、男爵家の表も裏も知り尽くしておかしくない。恐らく、男爵にはそれ程信用されているのだろう。

 それにしても、まだ使用人のままでいるのも解せない話ではある。

「成程。その使用人は、今屋敷にいるのか?」


「いいえ。先日、お暇を出されました」


 女使用人の言葉にノイアールは驚いた。

「暇? 一体どうして?」


「……」

 ノイアールの質問に女使用人は、意味有り気な視線を返した。


「事件のせいなのか?」


「はっきりとは分かりません。理由なんて教えて頂けませんので。ですが、恐らく……」


 女使用人の歯切れが悪い。当然だろう。主人に口止めされているのなら尚更だ。


「ベニスン様。タンバルさんは何も悪い事をしておりません。あの人は、とても良い人でした。男爵様のお気に入りだという自惚れも無く、私達使用人全員に等しく優しかったのです。それなのに、あんな理由で暇に出されるなんて……」


「それは、どんな理由なんだ?」


「それは、普段の態度が悪いという理由なんです。おかしな理由ですよね?」


 長年働いていた使用人が、普段の態度で首になるとは。確かに不自然過ぎる。

 雇い主にとって、信頼出来る使用人程有難いものは無い。

 普段の生活の手助けになってもらうだけで無く、他人に知られたくない事情や趣味嗜好に至るまで、痒い所まで手の届く部下は貴重な存在だ。だからこそ、三十年もの長きに渡って雇って来ているのだ。

 最早、そうなると雇い主と使用人の関係を通り越して、重要な共同経営者に匹敵する。

 お互いの事は何でも知り尽くし、阿吽の呼吸で相手の考えている事やる事が予測出来るのだ。

 

 恐らくタンバルは、知られてはならない何かを知っている。だから、切り離したのだ。

 とすると……。

 ノイアールは、嫌な予感がしていた。

「タンバルは、今どこに住んでいる?」

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