捜索 その32
外に出てふたりきりになると、シロリオは早速ネスターに聞いた。
「例の件はいかがでしたか?」
今、国王警備隊は、死妃の娘を追い掛け回している。
その副長が死妃の娘を救おうとしているなんて隊員に知られてはならない。
先程、ネスターと話していた時も様々な感情の目に晒されていた。
シェザールの人間ならば、シロリオがネスターと一緒にいる事を良しとしない者が多いのは当たり前だ。しかも、そんな副長が、死妃の娘捕獲の指揮を執っているのに、実は逆に助けようとしているなどという事を知られてしまったら、隊員に総スカンを食らってしまうのは予想出来る。
その為、建物の中では、この質問は出来無かった。
「え? うーん……」
聞かれたネスターがいかにも悲しそうな表情をした事でシロリオは全てを悟った。
フォントーレスに反対されたのだな。
「あの、そんなに困らないでいいですよ。駄目だったのですね」
シロリオは、ネスターの表情を見て、また笑いが込み上げるのを我慢した。
本当にすぐ顔に出る人だ。
「うん。そうなんだ。死妃の娘は、おいら達には危険過ぎるって言うんだ」
シェプトアンヅマの事件を考えると、そう簡単に死妃の娘を許す訳にはいかないのだろう。
どうやら、森の民の考えを変えさせるのは無理なようだ。
シロリオは、予想されていたとは言え、やはり気が滅入ってしまった。
「それは、フォントーレス殿のお考えなのでしょうか? それとも、森の民全体が思っている事なのでしょうか?」
「あー……」
ネスターは、答えに迷ってしまった。
どうやら、聞かれたら困る質問のようだ。
「どうされましたか? もしや、フォントーレス殿と森の民の意見に異なる所があるのでしょうか?」
「うー……」
ネスターは、まだ困った表情をしながら頭を掻いていた。
「私の事は心配しないで下さい。秘密にしておかなければならないような事なら、誰にも喋りません。結構、口が堅いんですよ」
そう言われて、ネスターは大きく溜め息をついた。
「だよな~、昨日の話の為にはシロリオ殿にも聞いてもらった方がいいだよな」
ネスターは、周囲をぐるりと見渡した。
警備隊本部の中庭は、結構広いとは言え、警備の担当や早朝の稽古をする隊員達、今日の仕事の準備をする者等で結構人の出入りが激しい。
「では、門を出た所で伺いましょう」
「そうしようかいね」
ふたりは、警備隊本部の正門に真っ直ぐ向かった。
「それより、昨日は悪い事したね」
ネスターが神妙に言った。
「何ですか?」
「フォルエナの事だよ。どうせ、あの女の事だから冷たい言い方したんだろ?」
これはまた。
何だか、こっちの方が聞いてはいけないような内容だ。
シロリオが見上げると、ネスターの顔に不満気な表情が浮かんでいるのが見えた。
「やはり、あの方はあなた方の間でもそうなんですか? 昨日は取り付く島も無い状態で追い返されてしまいましたが……」
「やっぱりか……」
ふたりは、門番に敬礼をされながら正門を出て右に曲がった。
港に行くには、左に曲がり、国王大通りを通る選択肢もあったが、目立つネスターが人混みに入ると、騒ぎが起こりそうだし、そうで無くても明らかに目立ってしまう為、右に出て突き当たりにある中央水路沿いの小道を進む事にした。
水路は幅六メタル程で、小舟が食料品や各種商品を乗せて行き交い、その水路沿いには石造りの倉庫が軒を連ねている。
荷物の積み下ろし作業で賑わうのは、まだ後になる為、シロリオはこの水路沿いを通る事にしたのだ。
「こう言っては何ですが、何だか避けられている感じがしました」
「おいらなんて、嫌われてるんだ。おいらが言う事をいちいち否定してなぁ。自分でもよく我慢してると思ってるんだわ」
でも、表情でバレてるのではないのか。シロリオは、声に出さずにいた。
「フォルエナ殿も『私達の提案』に反対しているのですか?」
「反対してるも何も……」ネスターは、恐ろしい事を口にするかのように渋い顔をした。「相手にもされなかったわ」
「そんなに厳しい方なのですか?」
「うーん……。厳しいというか、兄者の事を誰よりも信じているからな~」
「という事は、フォントーレス殿の言う事は無条件で受け入れると……」
「まあ、そういう事だな。おいら、森の民では、女は戦士になれないんだ。女は、子供を産み育てる事が重要で、その仕事を放り出して戦士や指導者になるなんて考えられなかったんだ」
「ですが、今は戦士ですよね?」
「うん。そうなんだ……」
ふたりは、中央水路に突き当たると、水路沿いに港へ向かった。
水路沿いの道にも、既に住民や商人らが起き出して、水を汲んだり、荷物の整理をしたりして、一日の準備に取り掛かっている。
彼らは、ネスターの姿を見ると一様に目を見開いているが、まだそれ程人気は多くない為、騒ぎになるような事は無い。しかも、警備隊の制服を着ているシロリオが側にいるのだ。森の民の姿に動揺はしても、理性を失う事は無い。
水路際には、等間隔にカンビュラの木が植えられて、緑の葉を輝かせている。
「おろ、こんな所にカンビュラを植えているんだいね」
ネスターは、喜んでカンビュラの木に近付いた。
カンビュラの木は、カムアミ、カムレイ山脈の麓によく見られる常緑樹だ。
一年に一度、大振りの硬い実が生る。
生だと渋みが強く食べられないが、それを乾燥させると渋みが抜け、栄養価の高い保存食になる。それでも、あまり勧められない味ではあるが、戦で籠城する時などは役に立つ。太い幹は、建材の材料になるし、皮の部分は燃料にも出来る。
「この街は石と土ばかりでうんざりしていたんだ」
ネスターがカンビュラの木を優しく撫でた。
それでも、しっかりと根を張っている筈の木はユサユサと揺れる。
「表にはラメの香木しかありませんからね。森の民の方々には住み辛い街ですね」
ラメの香木は、城壁に沿って植えられているだけでは無い。
商人や旅をする者は、一歩街を出るだけで異獣の恐怖に身を晒す事になる。
彼らはラメの香木を加工した杖や木屑を携行して、異獣避けに使っているのだが、店からいちいち購入しようとすると値が張る為、自分の家や商店の敷地でラメの香木を植えて、必要に応じて使っている者もいる。
街を歩くと、あちこちからラメの香木の匂いが漂って来るのはその為だ。
トラ=イハイムは全くラメの衣を纏った特異な街だった。
「でも、おいらは大丈夫だよ。兄者達は、気にするだろうがね」
「ラメの香木は、異獣避けなのですが、森の民の方々もそんなに嫌なものなんでしょうか?」
「異獣が嫌がるのに、おいら達が平気でいられる訳無いじゃないか。まあ、匂いが嫌いでは無くて、精神的に避けたいんだな」
「そうですね……」
シロリオもカンビュラの木を仰ぎ見た。
いよいよ熱を帯びて来た太陽に照らされて、緑の葉がキラキラと泳いでいた。




