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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その29

 夜三つの刻。宵闇の深まる頃。


 執務室の扉を叩く音がして、「何だ」とセーブリーが声を掛けた。


 扉の向こうから執事のオーウェンがセーブリーに伝える。

「フォントーレス殿がお出でになられました」


 セーブリーは、椅子に座り直すと、「通せ」と言った。


 しばらくして、足音が聞こえないままに背の高い森の民が姿を現した。

「突然の訪問で申し訳ありません」

 滑るように部屋に入り、扉を後ろ手で閉める。


「そう気を使う事は無いですぞ。まあ、そちらに腰掛けて下さい」

 セーブリーは、律儀に挨拶するフォントーレスに笑みを見せた。


 長椅子を勧められたフォントーレスだが、入口の扉の前に立ったままで座ろうとはしなかった。


「ん? いかがした?」


 フォントーレスは視線を左右に動かし、静かに言った。

「別に聞いていても構いませんが、聞き耳を立てられるのはどうも困りますな」


 言われて、セーブリーは片眉を上げた。

「おお、これは失礼した」そして、誰に言うとも無く言った。「出て来い」


 すると、部屋の暗がりからマグルブが音も無く現れた。


「……気分を害してしまいましたようで、大変申し訳ありません」

 マグルブは、部屋の端に佇みながら深く頭を下げた。

 闇に溶け込むかのように存在感を消している。


 セーブリーは、座ったままマグルブを指した。

「マグルブと言います。この者は、わしが一番信頼出来る部下でしてな。色々と知恵を出してもらっているのです」

 そして、マグルブを手招きした。

「こら、もそっとこっちに来い」


「いや、姿を見せて頂きましたら結構です」フォントーレスは、手を上げてマグルブを止めた。「ですが、頭に留めておいて頂きたいものです。あなた方がどこにいようと、我々から完全に身を隠す事は出来ませんので……」


「いや。ははは、そう大袈裟に取らないで頂きたい。マグルブも我々の邪魔をしないように気を使ったまでの事です」

 セーブリーは、ちらりとマグルブを見ながらフォントーレスに聞いた。

「ひとつ聞きたいものですが。どうして、気付きましたか?」


「ここです」と、フォントーレスは自分の鼻を指差した。「我々は、あなた方とは住む世界が違うのです。そちらの常識がこちらにも通用するとは思わないようにして頂きたいものです」

 フォントーレスは、言葉は穏やかながら、威圧的に伝えた。

 そうそう人間の都合良く行かない事を教えておかなければならない。

 特に、シェザールは森の民に対する敵愾心てきがいしんが甚だしい。


「そうか。そう思わせてしまったのなら悪い事をしました。決してフォントーレス殿を騙すつもりは無かったので。ただ、こやつが姿を見せていては話し辛い事があるかもしれんと思いましてな……」

 セーブリーは、厚顔にも言ってのけた。

 公爵家に生まれ付いた不遜さを堂々とさらけ出している。

「……で、どうかされたのか?」


 フォントーレスは、表情を変える事無く用件を伝えた。

「先程、フォンバーリから連絡があったのですが、そちらのウイグニー殿が事件の捜査を他の者に依頼したと聞きました」


「他の者? その者の名前は?」


「ノイアール=ベニスンという者です」


「ベニスン? 男爵家にその名前があるのは知っておりますが……」


「ベニスン家は、数年前に断絶になっております」

 マグルブが囁き声で言う。

「ノイアールは、その跡取りです」


 フォントーレスは、身じろぎもせず黒い外套に覆われたマグルブを見た。

「ご存知で?」


 マグルブは、微かにフォントーレスに体を向けた。

「はい……。ベニスン家は、イハイム王時代に召し抱えられて、まだ日が浅い貴族の家柄でした。戦には不慣れな当主で、先の大戦でもそれ程手柄を上げておりませんでした」


「そのノイアールという者はどういう奴だ?」


 マグルブは、今度はセーブリーに体を向けて頭を下げた。

「元から血族は少ない家でしたし、大戦に置きましては身内を失い、ひとり残された状態でした。ですが、文武に優れた若者として名の知られておりましたので、将来は有望視されておりましたが」


「ほお」

 セーブリーが思わず顔をマグルブに向けた。


「ただ、本人としては先行き見込みの無い男爵家に見切りをつけたようで、爵位を返上して今は街に住んでおります。若い頃からシロリオ殿とは親しい間でして、今でも事有る毎に会っているようです」


「頼りになるから、今回も協力を依頼したという事ですな」

 フォントーレスがセーブリーに言った。

「公爵殿の若者は、意外と勘の良い人物だったようですな。死妃の娘では無く、事件に目が向くようですので」


「事件の解決は、最初からの命令です。あれは真面目な男ですから、恐らく、犯人と死妃の娘を結び付ける証拠探しに手伝いを頼んだのでしょう」

 セーブリーは、顔色ひとつ変えず言う。


「……それだけでしたら、よろしいのですが」

 フォントーレスは、声を一段と低くして言った。

「ご自分の計画に勤しんで、足元を掬われる事は無いようにして頂きたいものです」


 一瞬、セーブリーの顔が歪んだように見えた。


 全てを言い終わったフォントーレスは、セーブリーの返事も待たずにゆっくりと身を翻した。


 それを見て、セーブリーは机の上の呼び鈴を鳴らした。


「お構いなく」

 フォントーレスはそう言ったが、開けた扉の向こうには、既にオーウェンが直立不動で待ち構えていた。



 フォントーレスの足音が聞こえなくなると、セーブリーはひとつ息を吐いた。

「脅しか?」


「忠告だと思いたい所ですが、恐らく……」


「全く、何を考えているのか分からん」


「森の民には、気を許される事の無いように……」


「分かっておる」

 セーブリーは、ぎょろりとマグルブを睨んだ。


「そのベニスンとかいう男は大丈夫なのか?」


「……聞いた所、只者では無さそうです。切れ者という噂で……」


 セーブリーは、思わず椅子から身を起こした。

「大丈夫では無いではないか」


「一応、逐一見張っております。何か動きがあればすぐに報告に参ります」


「気付かれてからでは遅いぞ」


「既に手を打っております」


「そうか。手抜かりだけは無いようにするんだぞ」


 マグルブは、黙って頭を下げた。

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