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死妃の娘  作者: はかはか
プロローグ
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プロローグ その4

 森の民の攻撃を伝えられたレフルス王テルファムの挿話は、今に語り継がれている。


 彼の祖父ザッケは、レフルス地方の小さな部族の長に生まれた。


 レフルスは、フィリアよりも高地にあり、そのほとんどを山や森が覆っている。地味に乏しく、異獣の害が多大である。

人間には住むに不適な場所であった。


 山ひとつ隔てると、文化も言葉も異なる集団が住み着き、互いの往来はほとんど無い。

 ちょっとした天候の変化、流行り病による一族全滅の危惧きぐに絶えず、日常から風土病で亡くなる者は多い。子供のふたりにひとりは五歳を越える事が出来ず、よわい四十を越えて生きていれば長老とみなされる世界である。


 ザッケも、生まれつき体が弱く、食も細い子供だった為、いつ龍神りゅうじんの迎えが来てもおかしくなかった。


 荒々しいレフルスの男達の生活から一歩離れていた為であろうか、彼は、母親や一族の女性達の女性的特質を身に付けて育っていった。

 それは、力がモノを言う男社会とは異なり、会話を使い分け、その場の雰囲気を読み取り、相手の気分に対応しながら自分の影響力を広げていくというものだった。


 やがて、長じて部族を引き継いだザッケは、周囲も驚く行動に出る。

 それまで縄張り争いで戦い合っていた近隣の部族と手を結び、その連合体を束ねる首長についたのである。

 つい最近まで殺し合いをして、言葉も通じず、生活習慣も好みも異なる者同士を繋ぎ合わせたのは、ザッケが幼い頃より身に付けた『他者を見る力』だった。

 相手の気持ちを推し量り、警戒心を解かせ、自分を仲間のように話し合うに足る存在だと認めさせる。このような細やかな心配りを使いこなし、粗野な環境にしか触れて来なかった各部族の男達を手玉に取るのは容易だった。


 こうして、一夜にして地方の有力な長に収まったザッケは、奥深きレフルスの峰々に巣くっていた血の気多い部族をひとつひとつ地道に味方に取り込んでいく。

 時には威圧し、時には攻め滅ぼし、数十年かけて、初めてレフルスを統一したのだった。


 父が早世した為、この権力を二十五歳で受け継いだテルファムは、勇猛果敢で豪放磊落ごうほうらいらく、自信に満ち溢れ、仲間や部下に慕われる人物に育っていた。

 ザッケ自身が信頼に足る友人を持つ事が出来無かった為だろうか、彼は孫のテルファムを、人質として集めた有力部族の子供達と共に生活をさせた。

 後には、レフルスを率いる身だ。同じように各部族の長になる若者と強い絆で結ばれる事で、レフルスの一体化を図る目的があった。


 テルファムは、王になる事には頓着しなかった。それよりも若い血潮に溢れる彼は、まだ自分が知らない世界に足を踏み入れ、探索する方に夢中になった。

 彼は、人質の若者達を率いて、機会さえあれば遠乗りをしていた。時には、数日数十日かけて探検まがいの旅をした。

 特に、遠く北方の砂漠地帯を彷徨い、忘れられていた伝説の古都、《オーラ》を再発見した時は、全滅の危機に追い詰められる程だった。

 だが、そういう経験をする事で、テルファムと他部族の若者達は、血の繋がり以上の強い結束を結んでいく。

 彼らは、そんな自分達を《オーラの仲間》と呼んだ。

 オーラの仲間達は、その後も様々な経験を共有し、強固な連帯感を育てていく。


 やがて、このオーラの仲間達は、テルファムと共にシェザール侵攻を行った際、各部族を率い華々しい活躍をするのである。


 テルファムが、カムレイとカムアミの両山脈の狭間にあるバレーノ峠を越え、フィリアの野に雪崩なだれ込んだのは、二十八歳の時だった。


 突然の侵攻、強壮なレフルス兵の前にシェザールは成す術も無く、二年足らずで王都トラ=イハイムは陥落。王族貴族を始めとして、シェザールの民は四散し、あれ程強大さを誇っていたシェザール王国は、無残にも消滅してしまった。


 レフルスの成功は、森の民の協力による所も大きかった。

 まず、カムレイ、カムアミの両山脈は、森の民の信仰篤しんこうあつき土地である。

 さらに、バレーノ峠を越えても平地に出るまでの間には、同じく森の民が聖なる森と崇めているカムンゾの森を通り抜けなければならない。物々しく武器を携える兵士が何事も無く通るには困難な道のりである。


 しかも、森の民は、シェザール攻撃にも力を貸している。

 シェザールの各拠点は、高い城壁により堅固に守られている。それを短期間で攻め落とすには、レフルスだけでは難しい。

 森の民は、その守りの固い町々に対して異獣を率いて攻めたのだ。

 レフルスの兵士がシェザールの放つ矢の雨の中、城壁を囲うラメの香木の垣根を取り払い、邪魔なラメの香木が無くなった空間を通って異獣が城壁をよじ登る。異獣の前にシェザールの兵士は敢え無く倒されて行き、町はレフルスの手に落ちる。

 こうした協力関係で、レフルスと森の民は、シェザールの抵抗を排除していったのだ。


 レフルスの進軍は、止まるところを知らなかった。シェザールを制圧した後も、南はアメアス、東はエリレス、北はジェニサと攻勢をかけて行った。


 森の民は、憎きシェザールを滅ぼした後は、レフルスの戦いに同行しなかったが、レフルスとの仲はその後も良好だった。

 元々レフルスの民は、森の民や異獣に近しい気持ちは持っても排除する心情は持ちようがなかったし、森の民も森での生活以外興味を持たなかった為、互いに摩擦まさつを起こす事が無かった。


 そんな関係でいながら、森の民はレフルスが支配するトラ=イハイムを攻撃したのである。


 シェプトアンヅマの襲撃は、レフルスにとって、驚天動地きょうてんどうちの出来事と言っても過言では無かった。


 それでも、レフルスの人々は、慌てふためく事無く命令された通りに行動した。

 元々が小さな部族から発展してまだ間が無い為、以前の集権的な家父長制が抜け切れて無い事もあったのだろう。森の民や異獣に対して剣を向けるという戸惑いや畏れも持ちながらも、仲間を守る為に一丸となって戦いに没頭したのである。


 戦いの始まりを伝えられたテルファムは、伝令を聞いても慌てる事無く、いつも通りに落ち着いて部下に簡単な指令を出したという。そして、自分の仕事は終わったという感じで執務室に入ると、各地に散らばっている将軍達に向けて手紙を書き始めた。


 もはや、抵抗は難しいと見定めたのだろうか。常に先頭になって一族を率い、部下を鼓舞こぶし続けて来た人にとっては、拍子抜けのする姿とも言えた。


 執務室に入ると、テルファムは落ち着いた様子でシェザール造りの飾りの少ない机に座った。

 静かに筆を取り、一時、沈思黙考ちんしもっこうすると、滑らかに文字を残し始めた。


 それは、かつて共に夢を語り合った《オーラの仲間》達、幼馴染み、仲間、部下に向けての最後の命令であり、別れの挨拶だった。


 始めに相手の生地、父の名、肩書き、名前を書き、時候じこう挨拶あいさつ、安否の確認、今まで尽くしてくれた礼を述べ、昔の思い出を書き、相手の戦歴を書き、その功をたたえ、現在自分が置かれている状況を簡単に書き、直接会って礼を伝える事が出来無くなった詫びを書き、今後の無事を祈り、最後の命令として、兵をまとめてレフルスに帰国するように述べ、文章の最期に日付と自分の名を記した。


 テルファムは、これらの手紙を伝書鳩に託した後、残った鳩は、自由にさせた。


 彼が部下に手紙を運ばせなかったのは、人間では森の民と異獣の包囲を破れないと思ったのだろう。

 伝書鳩も確実に届くか心配が残るが、例え手紙が届かなかったとしても、己の信頼する者達なら各人で死地を切り抜けられるという思いがあったのではなかろうか。


 テルファムが手紙を書き終えた頃には、すでに異獣が白皇宮に入り込み、衛兵達が次々と命を落としていた。

 彼は、最後まで付き従っていた人々を集めると、こちらも同じく今まで従ってくれた感謝を述べた。そして、決して白皇宮に火を点けるな、宝物殿や書庫の収蔵品には手を付けるなと厳命した上で人々を自由にした。

 他者への理解厚き祖父王、生活・文化文物を重んじた父の血がそうさせたのだろう。


 全てを終えた後、テルファムは愛剣《竜牙りゅうがの剣》を携え、戦場に向かって歩んで行ったという。


 竜牙の剣は、テルファムが若き頃、仲間とカムレイ山脈を旅していた時に偶然見付けた竜の死体から削り取った竜の牙により作られたもので、ひと振りで業火ごうかはじき、鉄を斬り裂くと言われた名剣中の名剣である。

 テルファムは、この剣を手にする度に、「いつか、これをあの竜に返さねばならない」と口癖のように言っていた。


 彼の死体は次の日の朝に見付かった。

 伝え聞く所によると、全身を異獣の爪牙に襲われ、おびただしい血を流し、一介の兵士と背中合わせに倒れ込みながら、穏やかな表情をたたえていたという。


 後の歴史家は、そのテルファムの最期についてこう書き残している。

『天に愛されずとも、同じ血を流す者を愛したその人に相応しい最期であろう』


 また、ある一書によると、伝説の域を出ないが、異獣は彼の竜牙の剣を恐れ近付けなかった為、テルファムは辛うじてトラ=イハイムを脱出、カムレイ山脈で竜牙の剣を返した後、残った仲間と共に次の夢に向かって生き続けたとも言われている。

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