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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その24

 シロリオは、フォルエナの態度に納得いかない気持ちを持ちながら監獄塔に向かって馬を進めた。


 あの女だけがああいう性格をしているのだろうか。

 いや、ネスターが見せる開放的な素振りを見ると、森の民が基本的に他者に冷たいという感じはしない。

 という事は、やはりフォントーレス達は、何か隠している事があるのか。

 どうして、あの女はネスターに会わせなかったのか。

 自分とネスターが近付いて、何か不都合な事があるのか。

 シロリオは、頭を上げて考えに耽っていた。


 そのシロリオの視線の先では、夕陽に鈍く輝く監獄塔が建っている。

 監獄塔の背後には、茜色に染まった雲が広がり、微かに白月が浮かんでいる。


 シロリオは、じんわりと額に浮かぶ汗を拭いた。

 そのシロリオの目の端に黒い点が動いているのが見えた。


 あれは……。


 天高く雲の上を横切る物体。

 馬を止めて、じっとその黒い点を見ていると、細長い体に大きな羽が動いているのが分かった。


 飛行竜だ。


 本来なら、山岳地帯を飛ぶ事が多い飛行竜がこんな所を飛んでいるとは。

 シロリオは天を仰いで、高く高く飛び行く竜を見詰めた。


 竜も生き物である。

 神竜のように大型の竜もいれば、人間の腕に乗るくらいの小型の竜もいる。

 その中で、五メタルから十メタル程の大きさの竜を手懐てなずけて、竜騎士の乗用に育て上げたのが飛行竜である。

 竜騎士は、この飛行竜に乗って世界を飛び回り、監視監督しているという。

 ただ、実際に竜騎士が世界に何をもたらしているのかは誰も知らない。

 人々は、空を横切る竜を見て、この世界を司る存在を実感しているのだ。


 しかし、シロリオは実際に竜の存在を身近に感じている。

 竜の血を受け継ぐモアミを側に感じる事で間接的にも竜の世界に触れているという気がするのだ。

 この人間世界を凌駕する力の一片を垣間見る事で、シロリオはシェザールにおける不遇な自分の運命を慰めてもいた。


 空から目を離し、ようやく監獄塔へ馬を進めて行くと、監獄塔の堀の前にノイアールが立っているのが見えた。


「おいおい」

 シロリオは、夕闇に隠れて行くノイアールの姿を見ながらにこやかに呟いた。

「どうした? 明日の予定じゃなかったのか?」


 シロリオの声に気付いたノイアールは、手を振りながらシロリオに近付いて来た。

「ちょっと予定外の事が起きてな。大至急、用事を済ませて来た所なんだ。それにしても何だな……」と言いながらノイアールは周りを見渡した。「お前から聞いてはいたが、これだけの森の民をこの街で目にすると、意味が悪いな」


 シロリオも言われてノイアールから視線を外した。


 監獄塔の周りには、森の民と異獣が厳重に警戒している。

 元からの警備員は、その森の民の勢いに押され、異獣に怖気づいてすっかり監獄塔に閉じ込められている。

 さらに、そんな監獄塔を離れて取り巻いているのは、レイトーチ伯爵の兵だ。

 昨日、セーブリーが言っていた通り、森の民と異獣で溢れている監獄塔の警戒にあたっている。


「何で、レイトーチの兵がこんなにいるんだ?」

 ノイアールが当然の質問をした。


「白皇宮の近くにこんな多くの異獣がいたら、危ないって公爵様が言ったんだ」


「成程ね。そんなにこいつらが信用出来るかねぇ」


「こら。伯爵の兵の誰かに聞かれたらどうするんだ」

 シロリオは、普通に話すノイアールに注意した。


「心配するな。俺はもうここに戻るつもりはないからな」


「心配するな。お前の事は心配していない」


 ノイアールが含み笑いでシロリオの顔を見た。


「それで? そんなにモアミを見たいのか?」


 シロリオとノイアールは、肩を並べて監獄塔に足を向けた。


「ああ、それだ。明日まで待てなくてな」


「そんなにモアミに会いたいのか?」


「お前は、自分の女のような言い方するなぁ。罪人だぞ」


「容疑者だ」

 シロリオは、足を止めて言った。

「いいか。わざわざ来てくれたんだから、一応会わせるからな。ただし、モアミが嫌がったら、すぐに帰ってくれ」


 ノイアールは、シロリオの真剣な表情を見て、呆れた顔をした。

「俺は、どこぞの令嬢に会うんか?」


 シロリオとノイアールは、森の民に見詰められながらも監獄塔の堀を渡った。


「どうも、虫が好かんなぁ。あいつらに見られ続けるというのも」

 ノイアールも聖剣戦争で多くの知り合いを失っている。

「シロリオ。俺は、やっぱりあいつらが近くにいるのは我慢ならん。どうして、お前は、平気な顔をしてあいつらと付き合っているんだ?」


「……俺だって平気じゃないさ。もうひとつ言うと、森の民に命令されるのもムカついて来る。……だから、余計モアミを助けたくなるのかもな」


 それを聞いて、ノイアールが笑いながらシロリオの背中を叩いた。


「痛、痛っ。何だ、もお」


「安心したよ。お前が同じ考えでな。もしかしたら、あのジジイの言うがままに森の民と仲良くなってしまっているのかと思ってたわ」


「そんなに簡単に好きになれるもんか」


「その娘は簡単に好きになったのにか? はは。まあ、これで、どうして娘を助けようとするのか、三分の一くらいは納得したな」


「まだ、それだけかよ」


 ふたりは、その後も軽口を叩き合いながら西棟に向かった。

 西棟の入口では、王都警備隊の衛兵の検問を受けて中に入る。

 シロリオが先に立ち、監獄西棟の階段を上って行く。

 監獄は、窓が少ない為、昼間でも暗い。

 シロリオが持つ燭台がふたつの影を作る。


「この東棟に『アウレミウン』が閉じ込められているんだよな」

 ノイアールがシロリオの後ろから聞いた。


「ああ……」


 アウレミウンは、フィリア人の盗賊だ。

 義賊とも言われたアウレミウンは、大商人や貴族を狙い、貧民に気前良く分け前を与えたと言われる。

 最後には、街全体を巻き込んだ大捕り物の末に掴まった。

 下層民には、今も人気が高く。英雄として扱われている。


「あの大盗賊も聞こえは良いが、結局は金目の物は商人しか持ってないからそこを狙っただけだし、下町に隠れ住んでいたから、世話になっていた貧乏人に見返りをやっていただけだもんな。その証拠に、それを妬んだ他の貧乏人からの情報で捕まったからな。どうだ? ちょっと一度その義賊様の顔を拝んでみたいんだが、ついでに連れて行ってくれないか?」


 ノイアールの冗談半分の頼みの後、シロリオはぼそりと呟いた。

「もういないぞ」


「あ? 何でだ?」


「アウレミウンさ。もうここにはいない」


「捕まえたんだろ?」


 シロリオは、ひとつ溜め息をついた。

「フィリアの抵抗組織の情報を教える代わりに死刑を免れたんだ」

 元気無く答える。


「あ、成程ね」


「しかし、建前上、死刑は執行される。シェザールを悩ませた大盗賊をそんな事で逃がしてしまってはな。代りに、もうすぐ代役の罪人が処刑される事になっている」


 ノイアールは、軽く頷いた。そういう取引は、よくあるから驚くに値しない。

「その代わりの罪人って、何の罪で捕まえたんだ?」


「道で倒れていた浮浪者だ。この前、うちが拾って来たんだ」


「ふーん。他に適当な罪人がいなかったのかよ」


「まだ、再建途上だからな。罪人も少なくてな」


「成程。ここは、案外すっからかんなんだな。気付かなかった」

 ノイアールは、どうしてシロリオが投げ遣りな感じで返事するのか納得した。

 シロリオとしては、そういう他人を巻き込む事はしたくない。

 しかし、上からの命令に逆らう事の出来る身分では無い。雇われ者の悲しさである。

 だから、下っ端は嫌なんだよな。ノイアールは、シロリオの苦労を思い遣った。

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