捜索 その23
ノイアールに死妃の娘捜索を任せた後、シロリオは警備隊に戻りいつもの仕事を始めていた。
ただ、いつもの仕事に『追加の仕事』が上乗せされている為、昼飯ものんびり食べていられないくらい忙しかったが。
昼七つ。陽が傾き、影が自分の背よりも長く地面に伸びている。
取り敢えず、一日の仕事を終えたシロリオは、フォントーレスが泊まっている男爵邸に行って監獄塔に顔を出す事にした。
ネスターと会って、例の話がどうなったのか聞いてみたい。
シロリオは、逸る気持ちを抑えながら足早に聖剣門を潜った。
「何の用?」
男爵邸の玄関でフォルエナに見下ろされて、シロリオは緊張した。森の民はどうして皆こんなに冷たい目をしているのだろうか。
男爵邸を警備しているロクルーティ公爵の兵士に門の前で止められて、ネスターを呼んでもらうように頼んだのに、この森の民の女が出て来てしまった。ネスターは、留守なのだろうか。
「私は、国王警備隊の副長をしておりますシロリオ=ウイグニーと言います。昼間にネスター殿と約束させて頂きました事がありまして、その件で伺わせて頂きました」
「で?」
フォルエナは、無表情でシロリオを見ている。
シロリオは、この森の民がフォルエナという女だとは聞いていた。
初対面な為、どうしようかと思ったが、あまりにも冷淡な態度をされた事で挨拶する気も失せてしまっていた。
「ネスター殿はお留守でしょうか?」
「中にいるわ」
シロリオは、思わず耳を疑ってしまった。中にいるなら、会わせろよ。
「お話させて頂きたいのですが……」
「私が聞くわ。何の用なの?」
取り付く島も無い態度だった。
シロリオとしては、早いとこネスターに会って頼んでおいた件の結果を聞きたかったのだが。
もしかして……。
シロリオは、フォルエナに表情を見られないように友好的な笑みを浮かべたままで考えた。
ネスターの発言はあっさり却下されてしまい、その為に自分に会わせたくないのでは。そうだとしたら、もうネスターに接触出来無いのか……。
「実は、昼間にこの街を案内させて頂く約束をしていたのです。もし、よろしければ明日はいかがかと思いまして……」
「それだけ? 用事は」
「はい。そうです」
フォルエナは、玄関の扉を閉め始めた。
「分かったわ。ネスターに伝えておくわ」
「あ、あの。返事を聞かせて頂きたいのですが」
シロリオが慌てて言うと、フォルエナは手を止めた。
「返事は明日でもいいでしょう?」
「あ、そうですね。警備隊本部にいますので、そこに連絡を頂ければ……」
フォルエナの強い口調に気圧される。
「分かったわ」
最後は、フォルエナはシロリオの顔も見ていなかった。
シロリオの目の前で玄関の扉が勢い良く閉められてしまった。
「誰だった?」
長椅子の上でフォントーレスが寝そべりながらオーキーの遊び相手をしている。
オーキーは、フォントーレスが持っている胡桃を奪い取ろうとするのに一生懸命だ。
フォントーレスは、両手で胡桃を巧みに操り、オーキーの裏をかいている。
オーキーは、「キーキー」言いながらフォントーレスの両手両腕を行ったり来たりして楽しんでいるようだ。
「警備隊の副長とか言う男です」
「ウイグニー殿か?」
床の上で毛布やら座布団やらを掻き集めて横になって休んでいたネスターが身を起こした。
「シロリオ殿?」
「何と言っていた?」
フォントーレスが手を止めずに聞く。
「明日、ネスターに街を案内させたいという事です」
「ほんとか? 行くぞ、おいら」
ネスターが笑顔になって答えた。
「いいのですか?」
フォルエナは、ネスターの言葉を無視してフォントーレスに聞いた。
「どうしてだ?」
「あの男は、ネスターに例の話の結果を聞くつもりです。それを私達が拒絶したと知ってもいいのでしょうか?」
「いつかは、ばれる事だ。いいのではないか?」
フォルエナは、さらにフォントーレスに近付いて、ネスターに聞こえないように耳打ちした。
「あの男は、ネスターに近付こうとしています」
「何だぁ? 内緒の話かぁ? おいらにも聞こえるように言えよ」
フォルエナの行動を見て、ネスターが声を大きくした。
「大丈夫だ、ネスター。明日、早速ウイグニー殿の所に行って来い」
「あい。ほんとですか?」
ネスターは、フォントーレスに確認した。
フォントーレスがネスターに向かって頷くと、ネスターは「やったー」と両手を上げて喜んだ。
「心配するな。逆にネスターがあの男と仲の良い所を見せれば、人間達も少しは安心するだろう」
フォントーレスは、フォルエナに答えた。
「まあ、そうですね。それに、あの男も鈍そうでしたし、そんなに危険な相手でも無いでしょう」
フォルエナが喜ぶネスターを見ながら言うと、フォントーレスはフォルエナでも聞き取りにくいくらいの声で呟いた。
「そうでもない。あの男は、幼い頃から苦労している。苦労した者は、手強い……」




