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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その22

 シロリオと別れたノイアールは、国王大通りの自分の店に直行した。


 港に近い賑やかな場所に面しているその店は、『ベニスン商店』といい、香辛料の卸売りをしている。

 食材に欠かせない香辛料は、あらゆる料理店、飲み屋、食料品店で取り扱っている。

 そういう店には国内外、貴賤に問わず様々な人間が集まり、どこよりも早く多く情報が集まり易い。

 また、香辛料はほとんどが国外からの輸入品だ。その為、貿易商人との付き合いから世界各地の情報も収集出来るという利点もある。


 ただ、もちろん、この店は表向きの商売であり、ノイアールの本業である口利き屋の擬装ぎそうになっている。


 ノイアールは、店先で忙しそうに働いている店員達にひと通り声を掛けると、二階に上がった。

 店は二階建てになっており、一階は香辛料の保管倉庫や仕分け場所で、二階は商店の事務室と店長室のふた部屋になっている。

 ノイアールは、事務室にも顔を出して、そこにいる事務員達に声を掛け、店長室に向かった。


 店長室では、クーベが先にいて、仕事に取り掛かっていた。

 口利き屋としての仕事は、主にこの部屋で行っている。

 クーベは、店員や街中に散らばっている情報員達から集まる情報を取りまとめている。


「ウイグニーさんから依頼ですか?」

 クーベは、机の上に雑然と積み上げられている書類を片付けながら聞いた。


「ああ。死妃の娘を探して欲しいそうだ」


「は?」クーベはそこで手を止めた。「夕べ捕まえたんじゃないんですか?」


「あれは、死妃の娘じゃなかったそうだ。別の死の娘らしい」


「何だか、ややこしそうですね」


「それだけじゃないぞ。どうも、この件はきな臭い感じがしている」

 ノイアールは、自分の机に腰掛けるとクーベが整理して置いていた書類を手に取った。


「森の民やら異獣やらがこの街に入り込んでいるだけでも、とんでもない事ですからね。これ以上、何が起きても驚きませんよ」


「クオーキー伯爵殺害は、ロクルーティのジジイが命じた可能性がある」


「マジですか?」クーベは、驚きのあまり思わず顔を上げた。「どうして?」


「まだ、確定してはいないがな。俺としてはどうも怪しいんだ。ただ、シロリオは、死妃の娘さえ探し出せれば、謎が解決するんじゃないかと思っているようだ」


「違うんですか?」


「うーん。俺は、どうもそれとこれとは別に考えなくてはならないような気がしてるんだ」


「それで、今日から始めるんですか? その仕事」


 クーベは、今取り掛かっている口利きの仕事を頭に思い浮かべながら聞いた。もしそうなら、しばらく仕事を止めないといけない。

「いや。急ぎの分をまず今日片付けるようにする。明日、もう一度シロリオに会いに行こう」


「分かりました。では、手早く洗い出します」


「うん。頼む……」

 クーベは、渋い顔をしているノイアールを見て、これ以上口出ししないようにした。

 ノイアールは、何か考え込み始めると、いつも眉をひそめて黙り込んでしまう。そういう時は、邪魔をしない方が良い。


 それなのに、そこで部屋の戸を叩く音が聞こえた。


「はい」

 クーベが立ち上がり、戸を開けると、配送係の小僧が立っていた。

 あまり上がって来ない二階にいる為、落ち着かない様子だ。


「どうした?」

 クーベが聞くと、小僧はおずおずと折り畳まれた紙を差し出した。


「何だ?」


「あの……。さっき店先で若い女の人に渡されました」


「女?」

 ノイアールも小僧に近付き、紙を受け取ると中身を見た。


 『お前は見張られている。気を付けろ』


 ノイアールは険しい表情になり、紙から目を離さず小僧に聞いた。

「どんな女だった?」


 横から覗き込んだクーベも表情を変えた。

「これは……」


「えと……。僕と同じくらいの背で汚れた服を着ていて、顔に包帯を巻いてました……」

 それを聞いて、ノイアールが小僧に厳しい表情を向けた。


 ノイアールに睨まれて、小僧は体を凍り付かせて声を失った。


 包帯……。さっきの女乞食か。ノイアールは、改めて紙を見た。


 シェザールの文字で書かれている。

 達筆で綴りに間違いは無い。

 手で千切った古い羊皮紙に普通の墨を使っている。


 ノイアールは、鼻に紙を近付けた。

 羊皮紙の黴臭い臭いと新鮮な墨の匂い。

 そして、この微かな重々しい鼻に突く刺激……。


「その女は、まだいるのか?」


 クーベの質問に小僧は慌てた。

「いえ、紙を渡すとすぐにどこかに行っちゃいました。すみません……」


「だろうな……」ノイアールは、誰とも無く呟いた。


 小僧は、女を引き留めておかなかった事を怒られると思い、肩を竦めた。


「どういう事でしょう?」


 ノイアールは、クーベの言葉を聞いていなかった。

 顎に手を添え、例の渋い表情で紙を見詰め続けた。


 自分は、シロリオと別れてこの店に来るまで真っ直ぐ歩いて来た。

 それ程足は遅い方では無い。むしろ速いくらいだ。

 その間、自分を追い抜き……、いや、店の場所は知らない筈だ。となると、女はあの格好で自分を追跡していた事になる。

 全く気付かなかった……。


 ノイアールとて、仕事柄危険な目には何度も遭って来た。その為、いついかなる時も身辺については気を付けるようにしている。

 ちょっとやそっとの事では尾行に気付かない筈は無い。そう自信を持っていた。


 どうやら、簡単にはいかなさそうだ。


 何かが始まる予感がしていた。いや、既に始まっている。自分達の知らない所で何かが……。

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