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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その21

 シロリオとノイアールは、朝食を終えて小料理屋を出た。


「俺は、これから店に行くがどうする?」

 ノイアールには、これから仕事がある。シロリオに死妃の娘捜索を依頼されたとは言え、自分の仕事も疎かに出来無い。


 シロリオは、少し考えた。まだ、これから警備隊の仕事が溜まっている。

「いや、俺は本部に戻る事にする。お前に頼みたい事は全て言ったしな」


「そうか。取り敢えず、死妃の娘の件はやってみるが、仕事の段取りもつけないといけないしな。明日また連絡する」


「悪いな。でも、出来るだけ急いでくれ」


「分かった分かった」


「……『夕暮れ時』。店の名前か?」

 シロリオは、小料理屋の暖簾のれんに書いてある文字を指差した。


「そうさ。粋だろ?」


 シロリオは、もう一度暖簾を見た。

「そうかあ?」


「仕事帰りにちょっと一杯引っかけようって気になると思わないか?」


 ノイアールが酒を飲む仕草をして見せたが、やっぱりシロリオには分からない。

「相変わらず、お前の感性にはついていけそうに無いようだ」


 それを聞いて、ノイアールが愉快そうに笑った。


 ふたりは、貧乏地区の表通りに出た。

 時間が経った事もあってか、あちこちから賑やかな話し声が聞こえて来る。

 特に女性の声が多く、井戸の周りで洗濯しながら会話を楽しんだり、家の前で立ち話をしたりしている。

 男の姿が少ないのは、『仕事』に出ている為か、どこかに『遊び』に行ったのか。


 シロリオがその事をノイアールに言うと、ノイアールは含み笑いをしながらシロリオを見た。

「だからと言って、気を許すなよ。どこかの暗がりからお前を狙っていないとも限らないからな」


 シロリオも改めて周囲を見渡した。


「おいおい。そんなにあからさまに見る事無いだろ」

 ノイアールは、またシロリオを見て笑った。

「それに、剣を持って来てないのか?」


「ああ。この格好に剣は似合わないかと思ってな。短剣なら懐に入れてるんだが」


「見せるだけでも抑止力になる。この町に来る時は必ず剣は持って来な」

 ノイアールは、自分の腰に差している剣を軽く叩いた。

「剣を目当てに襲われる事もあるが、持たないまま身ぐるみ剝がされるよりはマシだ。それに、向こうだってそれなりの見返りが無い相手と命のやり取りをする程馬鹿じゃない」


「分かった」


 しばらく進むと、シロリオが子供に石を投げつけられた場所に差し掛かった。


「そう言えば、さっきここで子供に石を投げられたんだ」


「ひとりか?」


「いや、何人かいたな。危ないと思って、無視したんだけどな」


「どんな奴らだった? 覚えてるか?」


「いやあ、すぐに目を逸らしたからな。どんな子供だったかまでは分からないな~」


「そうか。この辺りなら俺の知ってるガキ共かもしれないな。もし、そうだったとしたら、相手しなくて正解だったぞ。あいつら、この前も他所の町のジジイをラトアスに突き落としていたからな」


「……そういう事を軽く言うなよ」


 ノイアールは、ふと寂し気な表情をした。

「俺達は幸せだよな。一日生きる為に目の色変えてゴミ漁りをしなくていいんだからな」


「……」


「真面目な話。俺はな、ここに来るまで人生ババ引いたなあーって思っていたんだが、ここに住み着く奴らを見ていると、人間の力ではどうしたって這い上がれない世界があって、一日生きる度に自分の命が削り取られて行くという感覚から逃げられない人間もいるんだなあって気付かされたんだ。貧乏貴族とは言え、やっぱり貴族という特権がいかに大きいか。お前はまだ気付いていないかもしれないが、その権威はお前が思っている以上に大きな武器になるんだ」


「おい。分かってるだろうが、俺は爵位を持ってないんだが」


「そんなの、あの公爵がわざわざ自分で育てたお前を無視する訳無いだろう。自分の派閥拡大に忙しいあの親父だぞ。……おっと、失礼。痩せても枯れてもお前の恩人だったな」ノイアールは、シロリオが渋い顔をしたのを見て、声の調子を下げた。「とにかく、あの公爵はその内お前の爵位を陛下に打診する筈さ。お前は、それを気長に待ってればいいんだよ」


 普通ならば、ノイアールの推測は当たるだろう。

 セーブリーが口利きをすれば高い確率で爵位が手に入る筈だ。

 しかし、当のシロリオは、その推測に疑問を持っていた。

 孤独の身であった自分を助け出してくれた育ての親になるが、そのセーブリーから親密な感情を受けた事が無い。

 そんな素振りを見た記憶が無いのだ。


「ああそう言えば話を戻すが、クオーキー伯爵は、反ロクルーティ派の筆頭だったな」


「『反』と言っても、単に公爵様の派閥を毛嫌いしている貴族達の集まりだろ」


 聖剣戦争前から、セーブリーの強引なやり方を許せないという者は多かった。


 何と言っても、ロクルーティ公爵家は、シェザール王統の本流を汲む一族である。

 前々ジフ王家も前マイハン王家も現ローゼンバル王家も、ロクルーティ家の持つ血統には敵わない。

 その事実は、どんな上級貴族をも黙らせる権威がある。

 セーブリーも、その血の権威を全面に押し出して、様々な無理を通して来た。

 その為、無念の涙を飲んだ政敵の数も多い。


 ノイアールは、足を止めてシロリオに注意した。

「あの公爵の悪い話を大袈裟にしないようにしたいのは分かるが、ここは冷静に考えてくれ」


「分かってる」


「いや、分かってない。いいか、俺にはクオーキー伯爵の死がそこに引っかかっているんだ。クオーキー伯爵は、貴族にも民にも人気が高かった方だ。先のタルテア女王は、この国を立て直してくれた偉大なお方だったが、如何せん、他所の人間を受け入れ過ぎた。せっかく、シェザールの復興が成ったのに、その内実はというと、フィリアの変人やレフルスの逃亡貴族やらを抱え込んだ多民族政権だ。しかも、シェザール貴族が押され気味だと来てる。これじゃあ、シェザールの国なのにシェザールでないみたいじゃないか。俺はそんなの別に構わないが、しかし、普通の感覚なら受け入れ難い人間の方が多いと思う。だから、みんなクオーキー伯爵に期待する所が大きかった。公爵の威光よりもクオーキー伯爵の人気が上回っていたのは事実だからな。その伯爵の人気を公爵が不愉快に見ていたとしても意外じゃないだろう? 俺が気にかかるのはその点なのさ。クオーキー伯爵の葬式の不可解さ、伯爵の死因を詳しく教えられない件。どうだ? 俺の言う事は間違ってるか?」


 それは、シロリオも気に掛かっていた所だった。

 ここまで、明快に言われると、ぐうの音も出ない。

 しかし、それでもシロリオはひとつだけ反論した。

「でもな。政府が多民族化しているのが嫌なら、どうして伯爵を殺したりするんだ? 幾ら気に入らないとは言え、シェザール貴族の勢力をわざわざ減らすような事までするかな? しかも、クオーキー伯爵は、聖剣戦争での功績が大きかったから、あの方の発言を誰も無視出来無かっただろ? 他民族出身の高官の発言に対抗出来る有力な存在だった方だぞ。ただ単に気に入らないからというだけで消すかぁ。それよりも公爵様なら、伯爵を味方につける方を先に考える人だ。そう思わないか?」


 ノイアールは、浮かない顔で頭を掻いた。

「うーん。そうなんだよなあ。そこがノイアール説の弱い所なんだよな」


「どっちにしろ、今は何も分からないから、考えても仕方無いぜ」


「いやいや、あらゆる可能性を考えないとな……」


「はは。お前が賢いのは認めるがな、あまり裏を読もうとすると、足をすくわれる事だってあるんだぜ」


「おい。偉そうに言うな」


 ふたりは、互いに小突き合いながら楽し気に笑った。


 その時、道の端で座り込む女の子の姿がシロリオの目に入って来た。


 泥濘ぬかるみの地面でボロボロの板切れに座り込み、目の粗い麻の服を頭から被っている。

 その麻布の下に見える顔は、左半分が包帯で隠され、生気の無い表情が見えている。


 まだ、十代の少女だろうか。シロリオは、その姿を見て、モアミの事を思い出した。


「おい」

 シロリオは、ノイアールが声を掛けるのも無視して少女に近付くと、その手に銀貨を握らせた。


「ありがとうございます……」

 少女は、擦れた声で軽く頭を下げた。


「怪我をしてるのか? 早く治して元気になりな」


 シロリオの言葉に、少女は頭を下げた。


 シロリオがノイアールの元に戻ると、ノイアールがシロリオに耳打ちした。

「やっぱり、駄目だなあ、お前は」


「何が駄目なんだよ」


「あの娘を見ろよ。それなりの服装をしているが、大して汚れてないし、手足も泥がついているが健康的な肉付きをしているじゃないか」


「じゃあ、あの子はそんなに困っていないというのか?」

 驚いて、シロリオは少女に振り向いた。


 少女と目が合い、もう一度少女は頭を下げた。


「困っていないとは言わないが、それ程切羽詰まって無いだろうな」

 ノイアールは、少女の右目が気になっていた。

 左目は包帯で隠されて見えなかったが、一瞬見えた右目の輝きは、乞食らしからぬ光を帯びているように感じた。


「良いじゃないか。とにかく、わざわざこの町で泥まみれになりながら乞食をしてるんだ。可哀相じゃないか」


「あ~、まあそうだな」

 ノイアールは、また頭を掻いた。シロリオのお人好し振りは今に始まった事じゃ無い。

「でも、銀貨は与え過ぎだぞ。この町の者が見てたら、あの娘、後で襲われてしまうぜ」


「だから、分からないように渡したんじゃないか。って、どうして銀貨って分かったんだ?」


「娘が思わず確認しただろ? 銅貨で驚く筈が無い。ましてや、幾らお前でも金貨は渡さないだろう。バレバレさ」


 成程ね。シロリオは、改めてノイアールの眼力に感心した。

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