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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その20

 ロレスは、饒舌なセーブリーの話を黙って聞いていた。


「そのシロリオがどうかしたのですか?」


「ああ。いえ、今回の捜索の責任者が適当な人物なのか、私は知らないものですので、どのような人物か聞いておこうと思っただけです」


「いやいや。心配ご無用ですぞ」セーブリーは、ロレスに向いて笑顔を見せた。「シロリオは、若い割に知的な所がありましてな。彼なら、夕べの失敗もしっかりと反省して、二度と同じような事は繰り返さないようにするでしょう」


「そうでしたら、よろしいのですが……」

 ロレスは、そう言いながら、表の院からの渡り廊下から自分に向かって手を振る人物がいる事に気付いた。


「総督様っ」

 その人物は、慌てたように小走りにふたりに向かって近付いて来た。


「王宮内で走るものでは無いぞっ。シェザールの風を何と心得るか」

 ロレスの影に隠れて見えなかったのだろうか。セーブリーに一喝されたその人物は、動揺して頭を下げた。

「これは……。大変申し訳ありませんでした」


 セーブリーは、その人物の服装を見て、再び顔をしかめた。


 目の前にいるのは、若くして副総督に抜擢されたラプトマッシャルだった。


 生粋のフィリア生まれで、世界各地の歴史、文化、芸術等の様々な情報に精通し、好奇心が過ぎて自らも各地を歩き回るという、言わば変人である。

 元は、フィリアの有力者の元で働いていたが、後にシェザールに身を移した。

 その博学知識振りは、ロレスに気に入られたようで、古今の文書宝物等を収集している白皇宮文庫の総館長も務めている。


 ただ、それは別に構わない。今の流れでは、優れた者は生まれに関係無く召し抱えられる世の中だ。

 セーブリーにとって気に入らない事は、ラプトマッシャルが両親ともフィリアの引いているにも関わらずにシェザール服を着ている事だった。

 王宮に働く者が全てシェザールの風俗を守るのが一番だが、実際にはそうなってはいない。

 だからと言って、フィリアの者が全てフィリア服を着ているのかと言えばそうでも無い。ロレスのように半分シェザールなのにフィリア服を着る者がいる一方、ラプトマッシャルのようにフィリアの人間なのにシェザール服を着る者がいる。

 要するに、バラバラなのだ。


 そこに、セーブリーは政府としての統一感の無さを感じるのである。


 ええい、ややこしい。

 セーブリーは、改めてロレスとラプトマッシャルを見て心で毒づいた。


「では、私はこの辺で」

 これ以上、一緒にいたくないセーブリーは、吐き捨てるようにひと言残すと、止められないように足早にふたりの元から去って行った。


「……怒っちゃいましたか?」

 ラプトマッシャルは、恐々とセーブリーの背中を見ながら言った。


「ああ。どうやら怒ってしまったようだな」


「申し訳ありません」


 ラプトマッシャルがロレスに頭を下げると、ロレスは微かに笑みを浮かべた。

「気にする事は無い。あの方はいつもああなのだ」ロレスは、ラプトマッシャルを慰めた。「それより、どうした? 公爵殿を怒らせてまで急いだ理由を聞かせてくれ」


 聞かれたラプトマッシャルは、すぐにセーブリーの事を忘れて自分の用件に入った。

「はい。夕べ、国王警備隊が死妃の娘を捕えたと聞きまして……」


「成程。もういい、言いたい事は分かった」

 ロレスは、手を上げて興奮気味のラプトマッシャルの言葉を遮った。


「は?」

 ラプトマッシャルは、腑に落ちない表情をした。


「お前の考えている事は分かる。どうしても娘に会いたいというのだろう?」


「はっ。その通りです」

 ラプトマッシャルは、顔を輝かせながら答えた。

「それなら話は早いですな。私は、ここは何としても死妃の娘の事を記録に残さなければならないと思うのです。これは、私自身の希望だけでは無く、ナパ=ルタの神の御意思に適うものだと思うのです」

 ラプトマッシャルは、興奮の余り、フィリアの大神の名を口にしていた。

 これをセーブリーが耳にしたら、また雷が落ちていた事だろう。

「総督閣下は、死妃の娘の存在価値にお気付きでしょうか。何と言っても、相手は数百年に一度現れるか現れないかという程の存在なのです。竜の血を受け継ぎ、尚且つ死者より生まれし人間が一体どのようなものなのか。何を考えているのか。はたまた、本当に人間なのか。人間の衣をまといし竜そのものなのか……」


 ロレスは、次第に赤みがかって来るラプトマッシャルの顔をじっと見詰めていた。

 相変わらず、この男は、自分の好奇心の対象を自分の尺度でしか測れない。


 ラプトマッシャルは、森の民がトラ=イハイムに入って来る事を聞いた時でも、森の民や異獣の生態を調査する為に、官吏としての仕事を半分ほっぽり出して聞き取りに夢中になっていた。

 こういう人間には、相手の気持ちを思い遣る計器というものが欠けているのだろう。ただ、記録し、後の世の為と評しながら己の満足が満たされるのを快感に思う。

 だが、それは、単なる独りよがりに過ぎず、周囲にも影響を及ぼしている。

 しかも、幾ら知識をと集めようとも、その満足が満たされて、好奇心が尽きる事は決して無い。

 己の死が訪れない限り、体の動く間は執念の固まりと化す。


 ロレスがラプトマッシャルを好んだのはそういう所ではあった。

 何と言っても、彼のような人間は手加減する事を知らない。

 何にでも全力で取り掛かり、昼も無く夜も無く自分の体調を崩してでも一心不乱に打ち込んで行く。

 この乱れた世の中で、ロレスが信用するのはそういう男達だった。己の身を顧ず、純粋な欲に突き進む者達。そこには妥協や打算といった人間が陥り易い落とし穴は存在しない。あるのは、自分の好奇心を満たさなければ気が済まないという切迫感のみ。

 そういう者達が持ち寄る物、生産物や情報には嘘偽りが無い。

 比較的安心して利用する事が出来る。

 ロレスは、それらの変人達を上手く使いこなすだけでいいのである。


「……森の民の悲劇を生んだきっかけがどこにあるのか、また、それは人間に対しても牙を剥くのか。もし、我々と死妃の娘が手を結ぶ事が出来得るのならば、それはいかなる方法によるのか……」


 ロレスは、しばらくラプトマッシャルの話すままに任せて、内庭の樹々をじっと見詰めていた。

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