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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その19

「お勤めご苦労様です」


 セーブリーがぼんやりと内庭を眺めていたら、声を掛ける者がいた。


 その穏やかな声質を聞いて、セーブリーは相手が誰かすぐに分かった。

「お勤めご苦労なのは、あなたですよ」セーブリーは、おもむろに相手に顔を向けた。「……内務卿殿」


 セーブリーの視線の先で、シェザール王国内務卿ロレス=フィクター=ラーエンスが笑みを湛えながら、少し頭を下げた。


 穏やかな青い目を持ち、赤みがかった長い髪をひとつにまとめ、艶のある豊かな顎鬚あごひげを蓄えている姿は、実際年齢よりも年上に感じさせる。父親からシェザールの血を引いている筈だが、歳を重ねる毎にフィリアの外見を色濃く表してきている。

 背の高い体を覆うのは、草木模様の入った一枚物の長い衣で、それを巧みに重ねつつ身にまとっている。フィリア古来の民族衣装で、当然、身軽には動き辛く、着崩れを避ける為に動きが緩慢にならざるを得ない。それが、冷静沈着を好む古フィリアの性に合っていたのだ。


 そのロレスを見て、セーブリーは心の中で舌打ちをした。


 前王タルテアの影響でシェザール政府内では異民族出身の官僚は出身の民族衣装を着る事が許されている。タルテア女王時代には、優秀な才能があれば出身民族関係無く高官に抜擢し、その後を継いだティアラフ女王もその原則を受け継いでいる為、現在も下位の官僚から高官に至るまでシェザール以外の者の姿が目立っている。


 人間というのは、変化に抵抗する傾向があるのは周知のとおりだ。

 セーブリーもご多分に漏れず、シェザール以外の人間が身近にいる事に慣れていない為、今の開放的な雰囲気には嫌悪感を覚えている。

 というか、異常にも他民族出身者が多過ぎる、と思っている。


 実際、政府の閣僚を占める他民族出身者は、半数近くを占めている。

 これでは、今まで続いていた『シェザールの政治』が行われるとは思えない。

 全く、あの女もとんでもない事をしてくれたものだ。


 セーブリーは、かつてタルテアとは統治方法や将兵の登用について何度も討論を交わした事がある。

 元々、シェザールは必要に迫られていたとは言え、閉鎖的な民族だった。それが、強い団結力を生み、他民族や森の民を跳ね返す原動力になっていた。


 弾圧された者同士の共感、同族意識、連帯感は、他民族の者に分かる筈が無い。

 それがシェザールのシェザールたる由縁であり、巨大な力になっていたのだ。

 シェザールが長い年月を使って育てて来た『シェザール魂』が崩壊の一途を辿っている。セーブリーは、そんな恐れに囚われていた。


「内務卿殿。あなたはフィリアの民では無いのですよ。そのような格好はどうかと思いますが……」

 ロレスには半分シェザールの血が入っている。

 セーブリーは、無理にフィリアの血筋を全面に出す必要は無いと言いたいのだ。


 だが、セーブリーの言葉にロレスは今更ながら初耳のような反応を見せた。

「そうは言いましても、私の母は、フィリアの民ですし、私を育ててくれたのは半分以上フィリアの人々でした。私が多少フィリアに近い気持ちを持つのも致し方無い所です」


「名は体を表すと言います。体もまた然り。シェザール王府の内務卿とあらば、その発言、行動、姿勢、全てがシェザールを表すと言っても過言ではありません。その人物が進んで己の国の習俗を打ち捨てるような事をされると、民人たみびとに何と言い訳が立ちましょうか」

 セーブリーは、昂ぶり気味な声を押さえながらロレスを見た。


 ロレスは、戦闘的なセーブリーを気にする風でも無く、穏やかに内庭を眺めている。

「それも昔の話でしょう。既にシェザールは生まれ変わり、新たに様々な才能を取り入れているのです。強大なレフルスや森の民相手に大いなる勝利を得る事が出来たのも、先代王より始まったその流れがあったればこそです。それを元に戻すのは感心出来かねますが……」


「レフルスは森の民の裏切りによって、勝手に瓦解したのだっ。しかも、戦いの先端において実際に多くの血を流したのはシェザールの兵だ」セーブリーは、思わず声を荒げた。「先代のやり方で成功したとは言えぬ」


 セーブリーの断固とした言い方に、ロレスはふと目を細めた。

「見解の相違ですな」

 ロレスの言葉は、あくまで柔らかく、それでいて芯の強さがあった。

「所で……」

 ロレスは、間髪を入れずに話題を変えた。

「昨夜の件なのですが……」


 セーブリーは、ロレスが声を低めたのを聞いて、反射的に警戒した。


「何やら、街で大変な騒ぎを起こしてしまったようですな」

 ロレスは、世間話でもするかのように話している。

「死妃の娘の件を公爵殿にお任せしましたのは、森の民が渡りをつけて来たのが公爵殿だったからに過ぎず、本来なら、各警備隊を指揮下に置く中央総督府に任されるべき案件なのです」


 セーブリーは、表情を読み取られないように込み上げる気持ちに蓋をした。


「もし、今後も昨夜のような騒ぎが起きるのなら、死妃の娘捜索の件は、私に預からせて頂く事にならざるを得ないのですが……」


 ロレスがわざわざ自分に近付いて来た理由は分かっていた。

 森の民と異獣をトラ=イハイムに入れる事自体、衝撃的な事件である。この事をロレスに承知させるだけでも大変だった。

 そして、当然ロレスは、条件を出した。もし、何か問題があれば死妃の娘捜索は即刻中止して、森の民を追い出す事。この条件が出て来るのはセーブリーも予期していた。まだ、若いシロリオに指揮を委ねるのは早いとも気付いていた。

 それでも、この件をシロリオに任せたのは、自分の息がかかっている人物が必要だったからだ。

 切り捨てても構わない人物で、一生剣命仕事をする真面目さを備えながら、鋭い頭脳を『持ち合わせていない』人物。

 セーブリーの周囲でそのような男はひとりしかいなかった。

 シロリオが森の民を押さえ切れないのは分かっていた事であり、そういうのを期待してもいたのだ。


「まあまあ、言いたい事は分かっています。私も今回の件は、大変反省しておる所です」

 セーブリーは、ロレスの気持ちを宥めるように両手を動かした。

「ですが、内務卿殿もお分かりの通り、森の民をこちらの思うままにするのは、至難の技でして……、これは例え百の騎馬武者を揃えたとしても難事業なのは理解して頂けると思います」


 セーブリーは、例えとして立国の百騎兵を出して来た。

 それ程、森の民を自分達の言う通りにさせるのは難事だと言いたいのだ。


「確かに、森の民は我々とは思考も行動も異なる生き物。公爵殿のご苦労も分からないでもありません」と、ロレスは軽く頭を下げた。「ですが、やはり事は小さくありません。貴族層は何とか押さえる事が出来るとしても、街に住む人々の動揺を無視する訳にはいきません。彼らが我々貴族層に少しでも疑いを持つような事があれば、それをきっかけとして国家が転覆してしまうような事にならないとも限りません」


「まあまあ、そこまで言わなくても……」セーブリーは、片手を上げてロレスの言葉を制した。「言いたい事は重々承知しております。私とて繰り返させるつもりは毛頭ありません。国王警備隊には強く言っておきますので、ここは、これまでにして頂きまして、もうしばらく猶予を頂きたく願います」


 ロレスは、セーブリーの口調を吟味するように集中して聞いていた。

「……では、もうしばらく様子を見る事にしましょう。ですが、今度同じような事があれば、その時こそは、総督府で預りますのでご承知おき下さい」


「まあ、仕方無いですな」

 セーブリーは、吐き捨てるように言った。早く、この会話を終わらせたいという感じだった。


「時に……」


 セーブリーがこの場を離れようとした時にロレスが口を開いた為、セーブリーは、不安定な体勢で足を止めざるを得なかった。

「何でしょう」


「その、死妃の娘捜索の担当をしている王都警備隊の副長ですが……。確か、公爵殿の……」


「ああ、シロリオ=ウイグニーと言います」一体、何が言いたいのだ、とばかりにセーブリーは、早口で言った。「聖剣戦争で家族を亡くしたので、私の所で育てていました。なかなか優秀な若者です」


「そうですか。確か、父親はウイグニー伯爵と聞きました。ウイグニー伯爵と言えば、レフルス軍の侵攻から逃げ出したと聞きますが、本当ですか?」

 ロレスは、構わず穏やかな口調を崩さない。


「それは本当です。方面軍を任される程、国王の信任厚かったのですが、その中身は腰抜けの何物でも無かったという事です。全く、シェザールの恥晒しですな」

 セーブリーは、険しい表情で語った。


「成程」


「もちろん。私は、伯爵とは長年の付き合いがありました。彼の為に便宜を図ってやった事も何度もありました。ですが、あそこまで指揮官としての能力に欠けているとは思いも寄りませんでしたな。その後の大戦では、私の執り成しで何とか軍に復帰させてやったのです。まあ、最後は森の民との戦いで戦死したのですが、本人も本望に思っているでしょう。その息子のシロリオを私が育てる事にしたのは、昔の付き合いもあったのですが、名を落としたウイグニー家の名を上げる機会を与えようという思いからなのです」

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