捜索 その17
「食べながらでいいから」と促されたシロリオは、まずクオーキー伯爵殺害事件から始まった今回の経緯を話した。
ロクルーティ公爵に呼ばれた事。
フォントーレスの話。
昨夜の追跡劇。
ネスターとの会話。
ノイアールは、途中で口を挟む事無く、黙って食事を進めながら聞いている。
「……これが、今朝までの事なんだ」
シロリオはひと通り話し終えると、ノイアールの質問を待った。
「まあ、気になる点は後で聞くとして……」
ノイアールは、冷茶をひと口飲んで両手を食卓に置いた。
「それで、俺に何を頼みたいんだ?」
シロリオは、単刀直入に言った。
「お前には、死妃の娘を探し出して欲しいんだ」
それを聞いて、ノイアールの顔が険しくなった。
「これは、俺の想像を越えていたな」と、次には笑みを見せるノイアール。
「俺としては、てっきり殺人事件の捜査を手伝ってくれと言われるかと思っていたんだが」
「確かにそれも頼めたらいいんだが……。それよりも、俺としては、まずモアミの命を助けてやりたいんだ」
「助けるも何も、その為には取り敢えずその娘を事件の容疑者から外す事が先決だろう」
「それが出来ると思っているなら先に頼むだろうに」
それを聞いて、ノイアールの表情が変わった。
「……出来無いと言いたいのか?」
シロリオは、塩餅を取りかけた手を止めた。
「……伯爵の死体は、既に埋葬されている。事件の二日後だ。俺が公爵に捜査の指示をされたのはその後だったから、死体を調べる事が出来無かった。それに、死体の検視結果を見ても、首に噛み傷があった事だけしか書いて無くて、争った形跡とかの詳しい情報が無かったんだ。死体を診た医者に聞いても、最初の発見者である近くの男爵邸の使用人に聞いても同じだった。公爵様もそれ程犯人探しについてうるさく言わないし、森の民も犯人は死妃の娘だって事で聞く耳無しさ」
「つまり、積極的に情報は出て来ないし、公爵は及び腰だし、森の民は論外だから、犯人探しは闇の中という事か」
「そうなんだ」
シロリオは、冷茶をひと口飲んで塩餅に手を出した。
「これは、高い確率で上級貴族が絡んでいる。でないと、第二区でクオーキー伯が殺されたんだぞ。こんな重大事件、無視できるか? だから、俺はその線から真犯人を探すのは難しいと思ったんだ」
「犯人を死妃の娘にさえしておけば、丸く収まるってか……」
ノイアールは、「ふーん」と大きく息を吐いた。
「確かに二日後に埋葬は早過ぎるな。伯爵くらいの人物なら、葬式の準備から手配だけでも二日はかかるぞ。それに、国葬にしてもおかしくないくらいだ。俺もあの時伯爵の葬式が簡単に終わったのを聞いて、意外に思ったからな」
「そう。それに伯爵の棺桶は厳重に蓋がされていて、誰も死に顔を見れずじまい。聞く所によると、家族でさえ首の傷を見れなかったらしい」
「そこで、お前は怪しいと睨んだ」
「誰だって思うだろう。だけど、それしか見ていない人間は、深く考えないものさ」
「実際に死の娘と接触したお前以外はな」
シロリオは、深く頷いた。
「お前は死妃の娘が犯人で無いと感付いた。その理由は、伯爵の死体を巡る不審な動きだけでは無かった。では、どうして死妃の娘犯人説をお前が疑うのか話してくれ」
ノイアールは、興味を持ち始めたのか、食事を止め、シロリオの話に集中し始めた。
「まずひとつは、伯爵が殺害された場所なんだ。森の民は、死妃の娘が隠れているのは第三区だと睨んでいる。まあ、隠れるには第三区だろうとは俺も思う。色んな人々が混在しているからな。それなのに、伯爵は内城壁の内側、つまり第二区で殺されたんだ。既におかしいだろ? 食料としてなら第三区の、しかも下層民を選べば大事にはならない。俺達警備隊だって、浮浪者の死体くらい毎日のように見付けている。わざわざ、伯爵を狙う事無いじゃないか」
ノイアールは、軽く頷いた。
「次に、モアミは俺の血を不味いと言った」
「はあ? お前、死の娘に血を吸わせたのか?」
ノイアールが仰け反って驚いた。
「いやいや。ちょっと舐められただけだ」
今度は、ノイアールは眉をひそめシロリオを見た。
「何か? それは掘り下げられたら不味い事か?」
「は?」シロリオは、ノイアールが秘め事的な事を考えていると気付いて、慌てて手を振った。「違う違う。ちょっと傷付けられただけだ。ほらここをな」と言って、喉の傷口をノイアールに見せた。
「ほお~。とにかく、被害者がふたりって事か」
「おいおい。被害者って何だよ。かすり傷だぜ。それに、モアミは犯人じゃないっ。ひとりも死の娘の被害者はいなかったんだっ」
シロリオは、思わず声高に主張した。
ノイアールは、そのシロリオの強弁を楽しく聞いていた。
「まあまあ、それじゃあ、その娘、モアミか? モアミが犯人じゃないと信じるに至った理由だな。言うてみい」
シロリオは、そんなノイアールを見て渋い顔をした。
「真面目に聞いてくれ」
「分かってる。俺はいつも真面目だ。知ってるだろ?」
確かに、ノイアールが相手の話を聞き逃したというのを聞いた事が無い。
それどころか、とんでもない地獄耳で情報通だ。
シロリオは、ノイアールのニヤケ顔を睨みながら話した。
「その、モアミが俺の血を舐めた時に言った言葉さ。『不味い』って言ったんだ」
「それが?」
思わずまたニヤけるノイアール。
「モアミは、異獣の血が濃厚で力が出ると話してもいた。という事は、暗に人間の血を飲むくらいなら異獣や動物の血の方を飲む、と言いたいんじゃないかと思ってな」
「成程。わざわざ高名な伯爵を殺害してまで人間の血を吸い取るような事はしない、と……」
「それが本当なら、モアミの仲間を探し出して真実を聞いてみた方が早いと思ってな」
「その仲間とやらが、お前の為にわざわざ姿を現して発言してくれるか~?」
ノイアールは、首を傾げながら言った。
「まだ、どんな相手かもしれないのに、それは博打だぞ」
「もちろん、その可能性は低いだろう。それよりも……」そこで、シロリオは声を低めた。「俺が手引きしてモアミを救い出してくれる可能性が高いと思う」
「ちょ、待った。突然だな、シロリオ君」ノイアールは、思わず身を起こした。「どうして、そこに飛躍する? 幾ら何でも、唐突過ぎるぞ。自分の身を危険にして、その娘を逃がす必要があるか? しかも、本当に無実なのか分からないんだぞ。それに、娘を逃がしたら、最初からやり直しだ。振り出しに戻ってどうする?」
「確かに、そうかもしれない。しかし、俺としてはどうもこの事件、裏があるとしか思えないんだ。このまま進んでも森の民の良いようにされてしまうだけだ。それなら、一度奴らを出し抜く事も有りかなと思ったんだ」
「つまり、森の民が主張する内容に疑いがあるという事か」
「森の民が死妃の娘に恨みがあるのは理解出来るとして、死妃の娘をダシにして何か企んでいると思うんだ。わざわざ、伯爵事件の犯人を死妃の娘と強弁する必要がな」
シロリオは、ノイアールを上目遣いに見た。
「モアミを逃がすのは飛躍があるかもしれないが、先に死妃の娘を探し出して話が出来れば、何か解決の糸口が掴めるかもしれない……」
「俺にそれを頼むのも事件の解決の為というだけで無く、もっと大きな事の為か」
ノイアールは、椅子に体を預けて腕を組んだ。
確かにシロリオの意見は一理ある。しかし、もうひとつ気になる事があった。
「その、モアミって娘はどんな娘だ?」
「ん? というと?」
ここで、シロリオが若干言葉を濁したのをノイアールは聞き逃さなかった。
「可愛いのか?」
ノイアールが食卓に肘をついて顔を近付けると、シロリオは思わず身を引いた。
「やっぱりな……」
「な、何がやっぱりだ。別にモアミが可愛い事とそれは関係無いだろ」
可愛い事は否定しないのか。ノイアールは微笑した。
「何が可笑しい?」
「お前は、本当に隠し事が苦手だな。特に恋愛の事はな」
モアミとやらが事件と関係無いと信じるに至ったのが恋愛感情によるものだとしたら、シロリオの言葉も幾らか割引して聞かなければならない。
「何が言いたいんだ?」
「いや、幾ら理屈を立てても、結局はその娘をお前がどう判断したかが問題なんだよ」
「分からん事言うなあ」
「恋は盲目って聞くだろ。つまり、一遍俺をその可愛い子ちゃんに会わせてみろって言ってるんだ」




