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死妃の娘  作者: はかはか
プロローグ
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プロローグ その3

 人間と森の民が大地の底で一大絵巻を繰り広げている、まさにその時。


 天を覆う分厚い闇の向こうから、雷鳴の如き無音の衝撃が彼らの意識下を雷電らいでんの如く鋭く貫いて行った。

 その一瞬、人間も森の民も異獣も全ての動きを停止し、全てのまなこが奥深い重厚な夜空の一点を見上げた。


 天の闇を打ち破るかのようにせんなる輝きを後に残して飛び込んで来たのは、炎の光を身に帯びた神竜しんりゅうだった。


 神竜。

 それは、この世にただ一頭の神聖にして最高の犯すべからざる存在。

 神の意思と共に生きるしかばね

 天地今昔てんちこんじゃくの世界の王。

 全てを見通し、全てを覚えず。天地の動向をまなこに収め、差配さはいの時には無知より行う。天にとどろき、地にかける。太陽神の守護者であり、漆黒の支配者。全生物の生き死にをつかさどり、無為な生を与えず、適時好機の死を第一等に置く。その姿、輝く祝祭であり、世に現われたる心の救済である。

 その有り様、しんであり、しんであり、しんである。


 全く、かほども偉大で神々(こうごう)たる光景があったであろうか。

 赤月が振り撒くくれないの光さえも弱々しく感じられる程、神竜が自ら放つ紅蓮ぐれんの輝きは、この地にうごめく生き物達の目には鮮烈に感じられた。

 鮮烈と言う言葉さえも寒々しい程に……。


 その尊厳が肌に響き、心に覆いかぶさって来る。

 神竜は、あらゆるものの注目を受け流しながら、ゆっくりとトラ=イハイムの上空をひと回りした。

 ゆっくりと……。下界を睥睨へいげいするかのように……。

 体長の倍はある翼は、上昇気流を全面で受け止め、一杯に弧を描いて膨らんでいる。

 体長の半分を占める尻尾は、繊細でしなやかな動きで飛行中の体勢を整えている。


 やがて、神竜はその細身の頭部を少し下に向け、徐々に高度を下げて行った。

 誰もが、まさか地上に下り立つまいと思っていた。


 竜族は、比較的体の小さい種類は、特に風の恩恵を受けなくても自ら飛び立つ事が出来るが、ある程度の巨体になって来ると、その体を浮遊させるべき気流の恩恵が無ければ、再び飛び上がる事は困難になる。

 ましてや、神竜程の巨竜になると、強い上昇気流の見込める山岳地帯や急峻きゅうしゅんな高地で無ければ、再飛行は不可能と言っていい。


 その神竜が見る見る内に落ちて来る。見ている者らは、これからどうなるのか片時も目を離す事が出来無かった。


 特に、森の民の動揺ぶりは、甚だしかった。

 森の民は、人間以上に竜をあがたてまつっている。それだけでは無く、同じ大自然にきょを定める者として非常に近しい気持ちを抱いている。

 竜を知り、自らを竜の下僕げぼくと称している。彼らに竜の無い生活は考えられない。


 その神竜がよもやこの地に降り立つつもりなのか。そんな事をして、神竜は無事で済まされるのだろうか。

 森の民達は、次第に視界に大きくなる神竜に向かって、両手を上げながら、これ以上の降下を止めるように、声を大にして祈り始めた。自らの命と引き換えるかのように、全身全霊で神竜に叫んだ。

 その、あまりのうろたえ振りは、レフルスの兵士が、後ろから横から、ましてや目の前から簡単に斬り倒せる程であった。


 しかし、神竜自身は、地上に降り立つつもりは全く無かった。

 神竜は、トラ=イハイムの各所に林立する塔の高さまで高度を下げると、方向を変え、真っ直ぐに宮殿に向かって滑空し始めた。

 もはや、地上から神竜の鱗ひとつひとつ確認出来る程低く飛んでいた。


 トラ=イハイムの王宮は、高い堅固な城壁によって守られており、ラトアス河の流れに切り取られた断崖を持つ丘の上に空高く築かれている。外壁に施された白い化粧石と優美で威容な姿から、『白皇宮はくおうきゅう』と呼ばれている。

 主に三つの高さの異なる塔で構成されている。塔は、基部から緩やかにそそり立ち、頂上は約百メタルの高さにも達する。

 その姿からは、脆弱ぜいじゃくな人間がこの世界に刻印した強烈な意思を感じ取れる。ある意味、気丈であり、健気けなげであり、不遜ふそんであり、不屈である。


 白皇宮は、上部に王族の住居、下部に執務室や謁見の間、大広間、食堂、衛兵の詰め所等が入っており、その周囲を貴族達の邸宅や白皇宮で働く人々の集合住居等が取り巻いている。


 神竜は、地上に風塵ふうじんを巻き起こす程の低空で白皇宮に近付くと、翼を一杯に広げながら減速をし、それでも白皇宮の壁面に多大なる衝撃を与えながら、王宮の壁に両手両足を突き刺して取り付いた。


 何と言っても、白皇宮の三分の一はあろうかという神竜の体格である。その瞬間、中の人間が倒れてしまう程の揺れが王宮を襲った。これが、白皇宮の頂上付近なら、塔のひとつやふたつは崩れ落ちてもおかしくは無かっただろう。


 神竜が低空で近付いた意味はそこにあったのである。

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