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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その13

 執務室の戸を叩く音がした。

 一回、二回、また一回。


「明るい内から姿を現すなんて珍しいな」

 セーブリーは、机の上の書類から目を離さずに声を掛けた。


 書類の端が微かに浮き上がり、部屋の空気が入れ替わる。


「お耳に入れておきたい事がありまして……」


 いつの間にか、長椅子の後ろに外套を頭から被った小柄な老人が立っていた。


「あまり時間は取れないぞ。これから王宮に上るのだからな」

 セーブリーは、書類から目を離さない。

 時間が無い上に、セーブリーは少々苛立っていた。

 自分の兵を第二区に押し込む目算が狂ってしまい、次の手を考えなければならない。

 問題は、王都警備隊の副長である。この男を抑え込む為の方法が必要だった。


「ご心配無く。それ程お時間を頂きません」

 老人は、身じろぎもせずに口だけ動かしている。

 窓から入る陽の光を避けて、影に身を置いている。

 深い外套の下に見える鼻と顎には深い皺と大きな切り傷が見えた。


「もう夏になるのに、いつまでその外套を着ているのだ」

 セーブリーがちらりと上目遣いに見た。


「年を取ると、寒暖に鈍くなりまして……」


「抜かせ」

 セーブリーは、ようやく書類を閉じ、老人を見据えながら両手を組んだ。


「言え」


 老人は、一度深く頭を下げた。

「公爵様の大切な若者の事でございます」


「シロリオか」


 老人は、もうひとつ軽く頭を下げた。


「お前の『影』が日向ひなたで何か発見したか?」


「これは……、面白い事を……」


 セーブリーは、いつも忍んで動き回る『影』が昼間から動き回っている事を冗談にした。

 それに反応してみせた老人だったが、いつも通りの乾いた返しに、セーブリーは、相変わらずだな、と言いたげな渋い表情をした。


 『影』。

 世の中に数ある闇に生きる集団のひとつ。

 シェザール王家が古くから使っている『影』を今ではロクルーティ公爵家が受け継いでいる。

 怪しい術を駆使するという者達で、頭のマグルブは、生と死の狭間を生きる屍と言われている。


 セーブリーは、長い付き合いであるものの、未だに目の前にいるマグルブの素顔を見た事が無い。

 というよりも、いつも姿を見せるこの者が本物のマグルブであるかも定かでは無い。

 誰にも真実の姿を見せないからこその『影』なのだ。


「で? シロリオがどうした?」

 セーブリーは、先を急がせた。


「は。先程、聖剣門にて若者が森の民の戦士と仲良く話している所が多数に目撃されております」


「シロリオが森の民とか? 誰だ? フォンバーリか?」


「いえ。ネスターという大男です」


「ネスター? ああ、新しく送られて来たとかいう奴か」


「左様で」


「ふむ……」

 セーブリーは、椅子にもたれると大きく息を吐いた。

「で? どうなる?」


「まず、貴族が森の民と付き合いがあるのではという疑惑を抱かれます」


 セーブリーは、軽く手を振った。

「既にこの街に森の民を入れているのだ。さほど問題でも無かろう」


「次に、若者が森の民の側につかれると多少厄介です」


「自分の母親と妹が目の前で異獣に殺されているんだ。そんな事は無かろう」


「三つ目、逆に若者が森の民を取り込む恐れがあります」


「そんな器量があるとは思えん」


「四つ目、若者と森の民が協力して、本当に死妃の娘を捕まえるかもしれません」


「捕まえても構わん。こちらの計画が上手く行っての事ならな」


「最後に、森の民の口から我々の計画を漏れるかも……」


「それは有り得ん。フォントーレスが口を割るような事はするまい」


 マグルブは、もう一度軽く頭を下げた。

「それならば、よろしいのですが……」


「このまま去るつもりか?」

 セーブリーの言葉に、マグルブは後ろに下がりかけた足を止めた。


「用件がそれだけとは言わさんぞ」


「これは……、公爵様には何も隠せませんな」


「下手な追従ついしょうはいい」

 セーブリーは、値踏みするような目でマグルブの半分見えない顔を見た。


「もし……」

 マグルブは、一歩前に進んで、陽の光の下に出た。

 やや半開きの唇がひび割れて乾き切っているのが分かる。

 まるで笑いかけるような開いた口。

 その口の中は、深淵の如く真っ暗で、光さえも侵入を許さない。

「早々と若者が我々の計画に気付くような事があったとしたら……」


「そこまで頭が働く奴とは思えんがな……」


「もしも、の話でございます」


「あいつの性格を考えても厄介な事になるのは目に見えておる」

 セーブリーは、迷う事無く言った。

蜥蜴とかげの尻尾切りだ。その時は躊躇ためらうな」


 マグルブは、それを聞いて深々と頭を下げた。

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