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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その12

「だから、あんたは馬鹿なんだよっ」

 フォルエナの声が部屋に響き渡る。


 そのフォルエナの横でネスターは、腹立たしい気持ちを必死で押さえながら座り込んでいた。

 いきなり馬鹿呼ばわりされ、行き場の無い思いで顔を真っ赤にしながら。


「もう少し、声を小さくしろ。外に聞こえるぞ」

 フォントーレスが椅子に寄り掛かりながらフォルエナに注意した。

 しかし、フォルエナを止めようとはしない。


「大丈夫です。私達の言葉を理解出来る人間はいません」

 フォルエナは、興奮気味の表情でフォントーレスに言った。


「声の大きさが問題だ。我々の雰囲気を人間に悟られたくない」


 言われたフォルエナは、少し声を低めに抑えて再びネスターを見た。

「どうして、そんな簡単に人間なんかに言いくるめられるんだい。私達が死妃の娘と仲良くなれるのなら、とうの昔にやってるよっ」


「そう言われても、おいらには分からんだ。どうして、死妃の娘と仲良くなる事が出来無いんだ? 昔の娘と今の娘は、全くの別人だよ。そんなに気にする事無いじゃないか」

 ネスターは、フォルエナに怯えながらも恐々(こわごわ)と反論した。


「まだ、そんな事言ってるのかい。いいかい、死の娘は、私達に匹敵するくらいの力を持ってるんだよ。あのバブリカを使わなくちゃいけないくらいだったんだよ。その娘がシェザールと手を結んでごらんよ。また、戦を仕掛けて来て、私達森の民にどれだけの災厄をもたらすかたまったもんじゃないよっ」


「だからあ。そのおいら達とシェザールが手を結んでいるんだ。それと同じような事が出来無い筈が無いじゃないか」


「だから、そんな事が出来る訳無いんだよ」


「分からんぞ。分からんぞ。おいらにはさっぱり分からんぞ」

 ネスターは、両手で頭を抱えて目を瞑りだした。

 例え、憎んでいる者同士でも話し合って理解し合えれば手を結べない事は無い筈だ。

 ネスターは、その考えを捨て去る事は出来無い。


「ネスター」

 フォルエナがネスターをどう言い負かそうか考えていると、フォントーレスが穏やかにネスターに声を掛けた。


 フォルエナは、仕方無くこの場をフォントーレスに任せた。


「お前は、昔の死妃の子供と今の死妃の娘は違うのだと言ったな」


 ネスターは、フォントーレスに対しては従順だ。短い首をさらに縮めて、「はい。そうですだ」と答えた。


「それは違うぞ」


 フォントーレスの断固とした言葉に、ネスターはただ小さくなるだけだった。


「いいか。よく考えるんだ。スーシェルは誰の子供だ?」


「それは……、テルファムの子供だ」


「そうだ。そして、テルファムはレフルスの王だ。分かるな?」


「あい」

 ネスターは、すっかり大人しくフォントーレスの言葉を聞いている。


「つまり、スーシェルはレフルスの正統な王位継承者になる。そして、今レフルスでは、あのイスニーが王位を空けて残党共を取りまとめている」


 イスニー=ファクト=スヴォサニアック。

 レフルス随一の名将の誉れ高い。

 王国再興を目指すシェザール軍の前に巨大な壁となって立ちはだかったのが西方遠征軍の軍団長イスニーだった。

 若いながらも視野が広い戦略と緻密な戦術、巧みな用兵と勇猛苛烈な攻撃力。

 世代が違う為、オーラの仲間には入らないが、テルファムに心酔し、その才能を見込まれて抜擢された。

 テルファム死後、レフルスに退いてからは、国王不在の難しい舵取りを引き受け、混乱した国内を短期間で立て直す事に成功している。

 シェザールが最も注意している人物だ。


「もし、スーシェルがレフルスに戻って見ろ。国民の生活の為と言いながら、レフルスにいる森の民を滅ぼそうとするぞ。それこそ、四百年前の繰り返しになる事は必定だ」

 そこで、フォントーレスは椅子から下りてネスターに近寄った。


 ネスターは、思わず体を引いていた。


「これはここだけの話だ」

 フォントーレスは、声を潜めて言った。

「テルファムは、それを狙ってわざと死の娘を作ったのかもしれないのだ」


「まさかっ」

 ネスターの代わりにフォルエナが驚いた。


 フォントーレスは、フォルエナにも聞こえるように顔を半分フォルエナに向けた。

「レフルスの国家としての完成。それは、レフルス地方の完全制圧だ。その為には、やはり我々森の民や異獣は邪魔な存在となる。しかし、レフルスで死の娘を作ると、すぐ我々にばれてしまう。そこで、シェザールを襲う名目で我々から離れ、最も遠いこの街で産ませた、と考えたらどうだ?」


 ネスターは、呆けた表情でフォントーレスを見ている。

 その話の内容が分かったような分からないような顔付きだ。


 そのすぐ横で、フォルエナも床に膝をつきながらフォントーレスの話を聞いている。


「そうなると、どうだ? このままスーシェルを生かしておく事が我々にとってどういう事になるのか、想像つくだろう?」


「いずれ、スーシェルはレフルスに戻り、女王として四百年前の悲劇を繰り返す……」

 フォルエナは、険しい表情で足元を見詰めている。


「私が恐れるのはまさにそれだ。森の民と死妃の娘が分かり合えるなどというのは、真実を知らない者だからこそ言える事だ」

 フォントーレスは、ネスターに分かるようにゆっくりと続けた。

「いいか、ネスター。私は、お前に怒っているのではない。それよりも、今までお前達に伝えてなかった私を許して欲しい。そして、今この時より、我々が気持ちを新たにして、死妃の娘の確保に専念していこうではないか」


 フォントーレスに肩を強く掴まれて、ネスターは驚いた。

 いつも冷静で、近寄る事もためらわれるフォントーレスがこんなにも熱く語りかけて来る事など無かったのである。

「お、おいらは、別に兄者を許すも許さないも、馬鹿なおいらは兄者について行くだけしか出来無いだ。だから、兄者がどうしても死妃の娘を捕まえるというなら、おいらは兄者の言う通りにするしかないだ」

 ネスターは、フォントーレスの熱意に戸惑いながらも、思っているままに口にした。自分がトラ=イハイムに来たのは、ただフォントーレスに誘われたが為だった。自分自身、何が正しいか分からない。

 常々、フォルエナに馬鹿呼ばわりされている為、ちょっとでも頭を使える所を見せようと思って、シロリオと約束した事を言ってみただけだった。


「そうだ。その通りだ。我々は、今シェザールの中心に入り込んでいる。いくら手を結んでいるとはいえ、未だシェザールは我々にとっては敵だ。決して心許してはならない相手だ。いいか、ネスター。あのシロリオもそうだぞ。我々森の民とシェザールは分かり合える仲では無いのだ。シェザールは、我々とは違い、欲望に溢れる汚い生き物だ。近寄る事さえも避けなければならない相手だ。いついかなる時に裏切るかも分からないのだ。今にもシェザールの兵が押し寄せて来て我々の命を奪い取らないとも限らないのだ。それを忘れてはいけないぞ」

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