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死妃の娘  作者: はかはか
プロローグ
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プロローグ その2

 そのシェザールにとって安息の場所であるトラ=イハイムが北方民族のレフルスにより奪い取られたのが七年前の事だった。


 突如、北壁のカムレイとカムアミの神々の峰をい、その足元に広がる、奥深く歩みも困難な《カムンゾの森》を乗り越えてフィリアの地に姿を現したレフルスの騎馬軍団は、疾風怒濤しっぷうどとうの勢いでラトアス河沿いに南下し、シェザールの各都市を短期間で陥落させ、その勢いのままに守りの定まらぬ王都トラ=イハイムを飲み込んだのであった。


 まさに向かう所敵無しのレフルス軍を止める事の出来たのは、ナパ=ルタの海だけだった。


 このレフルスの進軍に手助けしたのが森の民である。

 森の民は、長年に渡るシェザールの森林破壊に業を煮やしていた為、レフルスのシェザール侵攻を最大の機会と捉え、協力を申し出たのだ。


 両者の連合は、破壊的な力を誇っていた。

 元々、北方の強壮なレフルスの兵士と森の民の連合軍相手では、フィリア一の強国シェザールでも相手にならなかった。


 シェザールは、再び国を追われ、貴賤の隔たり無く、各地に四散して行った。

 シェザールが再度フィリアに大旗を翻すには、長い時と苦難の道程を越えなければならなかった。


 後に言う、『聖剣戦争』の始まりである。



 レフルスがシェザールをフィリアの地から追い払って数年。

 かつてのシェザールの支配地を平らげ、さらに膨張し続けるレフルス。

 その軍勢は、止まる所を知らず、このスカル世界はいよいよレフルスのものになるかと思われた矢先の事だった。


 この夜。

 シェプトアンヅマの第三夜。


 レフルスが占領するトラ=イハイムを、数千に及ぶ森の民と異獣の群れが包囲した。


 一種異様な雰囲気が漂うも、レフルスの兵士達は他人事だった。

 よもや、森の民が自分達を襲う事など想像だに出来無かった。

 その友軍が突然敵になり、レフルスに向かって刃を向けるまでは……。


 森の民が号令し、異獣が吠え声を上げ、城壁を駆け上る。

 戸惑うレフルスの兵士は次々と血祭りに上げられてしまった。


 トラ=イハイムを守るレフルス軍とて、強兵で鳴らした約一万の戦士だった。

 しかし、人間の数倍の筋力を誇る森の民と見上げる程の高さの城壁も軽々と乗り越える異獣にとっては敵では無かった。

 力と力の勝負では、人間に勝ち目は無い。

 それに、そもそも、レフルスの民は森の民に敵対しようなどと思う人々では無い。


 自然溢れる山々や大森林に囲まれた生活をして来たレフルスに、森の民を敵視する文化は育たなかった。

 レフルスの民は、森の民とも交流を持ち、異獣と生活圏を共にする日々を送って来た。

 溢れんばかりの山々を森の民と異獣に譲り、自らはほんの僅かな谷あいの住み辛い場所での貧しい生活を我慢して来た。

 耕作が可能な平野部は、猫の額程も無い。生きる為には山や森に実る果実や動物を手に入れなければならない。そうすると、異獣との接触で引き起こされる悲劇を覚悟しなければならなかった。森の民による警護を依頼する事も出来るが、警護をしてくれる森の民自体それ程多くいない。その為、ほとんどの場合、人間だけで森に入り込む事になる。


 それでも彼らは、森の民と異獣に反感を持つ事は無かった。それが当然の風景であった。

 自分達の支配地を拡大するよりも森の民を刺激しないように大人しく生き、乏しい食料にも耐え、異獣による被害を最小限に食い止める知恵を伝えて来た。異獣を敵視し嫌悪する事すら思い付く人々では無かった。


 そんな彼らがラメの香木の存在を知っていたとしても、他民族と同じで、とても異獣対策に使おうと思い付きもしなかった。

 トラ=イハイム占領後に早速始めたのが、ラメの香木の排除だったとしても当然である。


 そんな生き方をして来たからこそ、彼らレフルスの民にとって、森の民と戦う事など考えられなかった。

 それに、それまでの森の民と異獣との長い付き合いがあったればこそ、森の民が攻めて来るなんて想像だにしなかった。


 それが、何の前触れも無く、だまし討ちのような事態に突き落とされたのである。

 その衝撃は、計り知れなかった。



 この世界を『煉獄れんごくの世』と呼んだのは、《歴史家ラプトマッシャル》だが、似たような表現はあらゆる事物に残されている。重要なのは、ほとんどの者がその表現に激しく同意していたという事だ。

 ラプトマッシャルの書、『アリアリ』には、次の一文がある。


『……かくも理解に苦しみ、かくも希望に絶望するものであろうか。この世に生まれる事は、死を迎え入れる準備の為に生きるという事のみの出来事なのだろうか。ラトアスの飛び魚は、美しくも川面を走り、ナパ=ルタの大亀は、豊かな海に身を任せ、鳥は心地よくさえずり、獣達は広大な大地の上で溢れんばかりの生を謳歌おうかしているように見える。ひるがえって、我々はいかがや。病に倒れ、食に悩み、一日のかてを得る為に寝る間を惜しみ、息つく時は、祈る時か寝る時しか無い。いや、次の目覚めを迎えるまでは、寝る事さえも安心出来無い。寝ている間に異獣に襲われる事もしばしばである。これが煉獄の一生と言わずして何と言おうか……』


 この時代、死の安らぎに手を差し伸べてくれるのは、病死か餓死か強殺ごうさつか戦死だった。


 その絶望の世界に生きる人間達だったが、中には顔を上げて前を見据えて生きる者が生まれ落ちる事があった。その数少ないまれなる者達がこの世界に生きた証を刻み続けて来た刻印。それが人間の歴史である。



 低く垂れ込めた闇夜に覆われる広大なフィリアの大地。


 その大地を赤月が紅に染めていた。

 幾千年も続いた神々の魔術。


 ただ、煉獄の底で鈍く光る赤黒い大量の液体は、その天頂より降り注ぐ光源によって色付いている訳では無かった。それら赤黒いぬめりは、レフルスの兵士と森の民、異獣とが演じる闘争の果てに流された大量の血によってもたらされた現象だった。


 異獣を前にして絶望の底に落とされようとも、レフルスの兵士達は健気に己の仕事に没入して行く……。

 我よりも遥かに強靭きょうじんで俊敏なる相手に己のか細い肉体をぶち当て、城壁の代わりに自らの身をさらし、矢をつがえる仲間の僅かな時間を稼ぐ為に疲労困憊ひろうこんぱいの身を起こし、死にゆく友に最期の安らぎを与える為に剣を振り抜き、この地が朦朧もうろうと絶望に沈みゆく我が身の死に場所と覚悟する。


 レフルスの兵士達は、トラ=イハイムの内なり外なり、塔の中なり、愛馬の上なり、避難民の盾となり、迷い子の先手となり、各所において体力と気力の限界の先に見える死の入口を意識しながらも、我に相応しい死に場所を剣のひと振り毎に、ひと足の歩み毎に、切なるひと呼吸毎に力の続く限り形作っていった。


 その尋常ならざる個々の命の躍動ぶりは、限界を超えた人間という生き物の持つある種の驚異であった。

 人間が到達し得た最新最高の石造建築物の中で演じられる命と命のせめぎ合いは、煉獄にうごめく生き物達を興奮と恐怖に追い立てていた。


 ただ、これだけなら、単なる森の民と人間の殺戮劇さつりくげきに終わる所だったのだが……。


 シェプトアンヅマが仕掛けたからくりはこれだけでは終わらなかった。

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