捜索 その7
シロリオが本部の正門を出ると、部下ふたりが森の民と異獣を連れて死妃の娘の捜索に向かうのが見えた。
大半の森の民と異獣は、城外で待機するようにしている。
トラ=イハイムには、それだけの森の民を置いておく場所は無いし、何頭もの異獣がうろついては騒動になる恐れがある為だ。
その為、毎日担当の隊員が城外まで出て行って森の民と異獣を城内に引き連れて来る事にしている。
不倶戴天の敵とも言える森の民と異獣を我が街に引き入れて、住民の反感から守る役目である。
辛いな。
シロリオは、隊員の後ろ姿を見ながら、その気持ちを思い遣った。
シェザールの人間で、家族や一族が森の民や異獣の被害に遭わなかった者はいないのではないかと思われる程、聖剣戦争でのシェザールの被害は大きかった。
シロリオのように一家でひとりだけ生き残ったという話も珍しくない。
一家全滅は聞き飽きたくらいだ。
その為、シェザール貴族が積極的に孤児や働き手を失った人々を使用人として雇ったりした。
シロリオがロクルーティ公爵家の預かりになったのもその流れがあった為だ。
シロリオは、セーブリーからの命令がある為、まだ我慢が出来ているが、何も知らない庶民がトラ=イハイムの中で森の民や異獣の姿を目の当たりにするのである。
その反応が容易に察せられる為、隊員の気苦労も半端では無いだろう。
晩飯の一品増ぐらいでは間に合う訳が無い。俺なら机毎引っくり返すかもな。
この仕事が終わった時には、自分の懐を痛めてでも、隊員達を慰労してあげないといけないな、とシロリオは考えていた。
トラ=イハイムは、丘を利用して作られた都市だ。
白皇宮はその頂に位置し、周囲を貴族の邸宅や各種施設が取り巻いている。
この丘の部分が第一区と第二区になる。
第三区は、かつて低地に広がっていた湿地帯やラトアス河の三角州を埋め立てられて造られている。
シロリオは、人のすれ違いも難しい程狭い路地を抜け、『国王大通り』に出た。
大通りには、既に大勢の人がひしめき合い、一日の始まりを告げている。
そこには、いかにも下町といった感じで、シェザールだけで無くフィリアやエリレス、ジェニサの民やさらに遠くの国々から遥々やって来た人々の姿も垣間見え、さながら人種の坩堝といった様相を呈している。
特に、港に近いこの一画は商業地区に指定されており、物売りの喧騒が喧しい。
乾いた大地からは砂埃が舞い、目や口を襲う。
第一区や第二区は、石畳で覆われているが、第三区までは手が回っていない。
今日は、海風が強い。
シロリオは、袖で顔を覆いながら進んだ。
靄のように煙る中を人影が蠢いている。シロリオは、入れ替わり立ち代わり現れる様々な表情を流し見ていた。
シロリオの頭の中には、打ち負かされて大人しく座り込む少女の姿が残っている。
ネイフィのような丸い頬と瑞々(みずみず)しい手足。
あの子を守ってあげたい感情が胸中に生まれている。
それは、ひと晩寝ても消え去る事無く、シロリオの心を掴んでいた。
それは、自分が守り切れなかったネイフィの面影を追い求めている為だろうか。
単なる同情からだろうか。
シロリオ自身は、モアミが戦う所を見ていない。捕まった弱々しい姿しか印象に無い。
化け物のように巨大な猿獣に捕えられ、冷徹な森の民達に鎖で絡め取られた一羽の小鳥。
それが、モアミを守ってあげたいという気持ちを湧き起こしているのか。
今の状態だと、行く行くはモアミは森の民に殺されてしまう。監獄塔から逃げ出さない限り、それはほぼ決定している。
シロリオが意見しても、セーブリーが頼んでも無理だろう。
しかし、シロリオはどうしてもモアミを助けたいと思っていた。
モアミの避けがたい呪われた運命から、彼女を救い出したいと思っていた。
もし、死妃の娘が今日にでも捕まったら……。逃げ出す時間が無くなってしまう。
そう考えると、焦りが頭をもたげて来た。
何か良い方法は無いか。
周囲の喧騒も他所に、シロリオはその事だけを考えて歩いていた。
国王大通りは、トラ=イハイム最大の城門である『大城門』から王宮まで通じる王都の大動脈である。
軍の凱旋や閲兵、シェプトアンヅマの大祭等の大きな行事がある時は人の熱気が渦巻く。
普段も貴族や兵士、伝令等が頻繁に行き交ってはいるが、主に庶民の生活用道路として使われている。
左右に並ぶ二階建てや三階建ての建物群は、一階が商店として使われているものが多く、軒先には無数の物品や食料品等が積み上げられる。
シロリオは、相変わらず歩きにくい国王大通りを足早に進み、第二区の入口である『聖剣門』に向かった。
いつもなら、警備隊の制服を着て従者を従えている為、人々が率先して道を開けてくれるが、今日は、庶民と変わりない格好でいる為、皆遠慮無い。
シロリオは、人波を縫うのはこんなにも苦労するものかと思った。
大城門もその巨大さでは目を見張るものがあるが、聖剣門を彩る精緻で大胆な神像群もまた神の御業を思わせるものがある。
上部中央には、シエザレ教の主神である大き神がひと際大きく彫刻され、その両端には五大神と各有力神が並んでいる。
門の柱の部分は、左にシェザール再興の立役者のイハイム王と百騎兵、右にシェザール人民が最も幸福な時代を過ごしたとされるミネリア女王と名立たる将軍達のレリーフが彫り込まれている。
いずれも当代随一の名工の手に仕上げられ、人々の感嘆を集めている。
その出来は、あのテルファムさえも唸らせた。
常識では、敵の芸術品など破壊の限りを尽くしても文句の言われない所、テルファムは、この門をひと目見ただけで、「私は、これを破壊する事に名を残すより、名が残らずとも、我々の時代が極めた技を後世に伝える事を選ぶ」と語らせた程だった。
レフルスによるトラ=イハイム陥落で各地に落ち延びて行ったシェザールの人々は、この聖剣門の御業を思い出し、再びこの目にまみえんと、『聖剣門を目指せ』を合言葉に奮起したのだった。
それが『聖剣戦争』の名の由来となった。
門では、王都警備隊の隊員十数名が門の警備にあたっている。
門を行き来する者は、意外と多い。
第二区や王宮で毎日消費される食料品や日用品を運び入れる商人、仕事で出入りする貴族や兵士達、周辺民族からシェザール国王に接見に来た各団体等、様々な人々が行き交うだけに警備隊も大わらわで対応に追われている。




