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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その6

 国王警備隊の朝稽古の声が窓から聞こえて来る。

 シロリオが眠りから覚めて薄目を開けると、既に窓の隙間から朝日が幾筋か差し込んでいた。


 強い陽射しがシロリオの顔を襲う。


 シロリオは、板張りの寝台の上で一日の始まりに対して無駄にあらがっていた。

 前夜の追跡劇の疲れが取れず、体のあちこちに倦怠感が残っている。

 宿舎に戻ったのが明け方近くになった為、当然満足に睡眠が取れていない。


 シロリオは布団から身を起こすと、しばらく眠気が取れるまで目を瞑ったまま項垂うなだれていた。


 夏の暑さが部屋を覆い、じんわりと浮き上がる汗を服が吸い取っている。


 フィリア地方は、どちらかと言えば乾燥地帯に入る。

 ナパ=ルタの水蒸気を飲み込んだ海風は、フィリアを通り過ぎ北方の山岳地帯にぶつかる。

 そこで大量の雨を降らせる。

 イーア山嶺からカムレイ、カムアミ山脈にかけて大森林が広がるのはその為だ。


 例外は、フィリアとフィエリレスの境に広がるヨニの森だ。

 ここは、広大な低湿地帯になっており、軟弱な大地に細い樹々が密集している。

 その為、森の民でも体格の小さい特別な種族が住み着いているという。

 ただ、場所柄人間も近寄り難い場所な為、その実態は謎に包まれている。


 シロリオは、首を曲げたり手を動かしたりして肩の凝りをほぐすと、ようやく寝台から重い体を引き剥がした。


 夕べ、帰って来た時、アイバスには従者を使いにやって簡単に状況を説明している。

 さぞかし、その内容に驚いているだろう。

 ロクルーティ家の私兵が増派される事に賛成する隊員などひとりもいない。


 シロリオは、朝食を抜いて下町に出掛ける事にした。

 のんびりしていると、ロクルーティ公爵の私兵の件に納得いかないアイバスが飛んで来かねない。

 全く働かない頭で言い訳を考えたくなかった。


 シロリオは、急いで着替えた。

 但し、いつもの警備隊の制服では無く、街中でも目立たないように質の悪い麻布の貫頭衣かんとういを着て、荒縄で腰を縛った。

 この格好で剣をぶら下げる事は出来無いが、さすがに剣無しでは落ち着かない為、服の内側に短剣を隠し持つ事にした。


「お早い目覚めですね」

 どうやら、読まれていたらしい。

 副長室の前の壁にアイバスが背もたれながらシロリオを待っていた。


 まだ起き抜けの頭が現状を飲み込めていない。


「その姿、まるで下層民ですね。どこにお遊びに行こうとしているのですか」


「言いたい事があるなら、さっさと言ってくれ。まだ冗談について行ける程頭が働かないんだ」


 アイバスがシロリオの表情を覗き込みながら言った。

「お分かりでしょう。公爵の私兵の事です。どうして、第二区の警備に回すのですか。先程王都警備隊から強硬な抗議の使者が送られて来ていたんです」


「レイトーチ伯爵の兵の件か。それもあったな。監獄塔の守りに付かせるらしい。そんなに邪魔にはならないだろうにな」


「いいえ、違います。ロクルーティ公爵の私兵の件です。副長の話では、我々の方に入れるという事でしたが、公爵の私兵は、第三区を通り過ぎて第二区に入っているという連絡があったのです」


「は?」

 シロリオは、思わずアイバスを見た。

「公爵の兵が第二区に回されたと?」


「そうです。ご存知無かったのですか?」


「ああ。俺は、公爵の兵はうちに回すとしか聞いてないんだが……」


 アイバスは、軽く肩をすくめた。

「では、その後方針が変わったのでしょうか」


「そういう事になるな……」

 シロリオは、もう一度セーブリーとの会話を思い出そうとした。

 確かに、死妃の娘の捜索の為に公爵の私兵を増強すると言っていた筈だが。

「それにしても、夕べの今朝だぞ。早いな」


 公爵がシロリオに伝えた後、考えを変えたのは別に構わない。

 そういう事は時々ある。

 ただ、それにしても気が変わるのが早い。

 あの後何かあったのか……。


「あの公爵は、それ程頭の回転が早かったでしょうか? 珍しい。雪でも降るんじゃないですか」

 アイバスが笑いながら言った。


 シロリオも苦笑する。


「気を付けろ。俺が聞き流すからと安心しても、誰が聞いているか分からんからな」

 苦笑しながらも、シロリオは注意する事を忘れていなかった。


 いらん事を言ってしまった事で上級貴族に睨まれてしまい、将来の出世を棒に振った例はいくらでもある。


 しかし、アイバスはシロリオの注意も気にしない。

「私みたいな貧乏貴族の次男坊を陥れてどうなるものでも無いでしょう」


「貧乏でも貴族は貴族だ。俺みたいに身ぐるみ剥がされては将来が無くなるぞ」


 シロリオは、どう言葉を返そうか考えているアイバスの肩を軽く叩いて、歩き始めた。


「これから、どちらへ行かれるのですか?」

 結局、アイバスは話題を逸らす事しか出来無かった。


「一旦監獄塔に出向いてから、ちょっと街に行って来る。昼前には戻るつもりだ」


「その格好で聖剣門の衛兵が通してくれますか?」


「大丈夫だ。王都警備隊には何回も顔を出した事がある。非番の日には、隊員と飲みに行ったりしてるからな。俺を知らない奴はいないよ」


「そうなんですか」

 シロリオが度々王都警備隊に出向いている事はアイバスも知っているが、そこまで関係を築いているとは思ってもいなかった。


 ふたりは、宿舎から中庭に出た。

 太陽神の放つ熱波がふたりを襲う。


「今日も暑いな」


「雲ひとつありません。良い天気ですよ。農家にとっては困りものですが」


「そうか。最近雨も少ないからな」

 シロリオは、空を仰ぎ見た。真っ青で一点の白も視界に入らない。


 国王警備隊本部は、第三区を貫く中央水路の側にある。

 宿舎や稽古場、食堂等の建物が防壁代わりに広い中庭を囲い、守備兵がその上を行き来している。

 水路際には船着き場があり、警備隊の必要物資はそこで荷揚げされたり、行商人から仕入れたりしている。

 目の端に監視塔が入る。

 木造の高層建築で、高さは二十メタル程もある。

 最上階から街全体を見渡せる為、火事や騒乱等の変化をいち早く察知する事が可能だ。


 中庭で朝稽古をしている隊員は十数人くらいしかいない。

 死妃の娘の捜索と監獄塔の監視に人数を割いている為、本部に残っている隊員はいつもの半分になっている。

 これでは、万が一の事があっても満足に本部を守る事も出来無い。


「隊長が来たら何と言いましょう?」


「隊長? 来るか?」


「さあ?」

 アイバスは、皮肉っぽく笑みを見せた。


 どうせ、隊長が来る可能性は低い。

 名ばかりの地位の為、月に一度程しか訪れないし、来ても大した事をする訳でも無い。


 シロリオは、軽く手を振りながら言った。

「何でも良い。捜索の指揮の為、街に出ているとでも言っておいてくれ」


「分かりました」


「ああ、それと。死妃の娘捜索の追加資金を公爵からもらえる事になった。夕べの慰労がてら、今夜の晩飯の品数を一品増やしてやってくれ」


「それは助かります。結構忙しくて、みんな不満たらたらでしたので」


「悪いな。全て任せてしまって。ただ、一品で足りるか?」


「それが仕事です。構いませんよ。何とか取り繕って酒でも振る舞います」


 シロリオは、頼む、とばかりにアイバスに向かって手を挙げた。

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