捜索 その5
「眠れないのですか?」
暗闇の中、燭台を片手に窓の外を伺うレニーの背中に執事のオーウェンが声を掛けた。
オーウェンがシロリオを送り出してから、屋敷の中を見回っている途中の事だった。
玄関の戸の前に、静かに佇んでいるレニーの姿があった。
「ええ。ちょっと……」
レニーは振り返る事無く、寂し気な表情で戸から目を離さない。
「もう、シロリオ様はお帰りになられましたよ」
「ええ……」
レニーは軽く頷くと、視線を下に落とした。
部屋で寝ている時にシロリオの雰囲気を感じ取ったレニーは、急いで部屋を出て来たのであろう。
寝間着の上に何もかけず、素足のまま。
髪は起き抜けで乱れ、少し息が荒い。
レニーがシロリオを見る目が変わったのはいつ頃だっただろうか。
それまでは、優しい兄と慕ってシロリオの背を追いかけていたレニーが、いつしかその背に特別な感情を持ち始めたのはいつだったのか。
レニーの父も母も子供達に目をかける事の無い生活を送っていた。
己の地位と名誉と保身に汲々とし、己の美と若さにしか目がいかず、毎晩のように舞踏会に出席しては、己の派閥を広げる事に執着し、己の輝きをひけらかす事に夢中になっていた。
トラ=イハイム陥落以後は、余計に酷かった。
自分達の命を守る事に必死で、一度は子供達の乗った馬車がレフルス兵の手にかかりそうになっても気を回す事すら無かった。
ウイグニー伯爵が手持ちの兵だけで、死を賭けて助け出さなければ最悪の事態になっていただろう。
両親の愛情を知らない小さな体がシロリオの優しさにどれだけ助けられたか。
寂し気な表情に落胆が見て取れるレニーに、オーウェンは掛ける言葉が無かった。
「オーウェン……」
静かな途切れそうな声だった。
「はい」
「次にシロリオ様が来られたら、必ず声を掛けてね」
「かしこまりました」
オーウェンは、レニーの孤独な背中に向かって頭を下げた。
◇
レニーは、目を伏せながら自分の部屋に向かい始めた。
胸を締め付けられる痛みに耐えながら歩いて行く。
シロリオがこの屋敷を出て、もう一年。
それまでは、辛い事や寂しい事が起きても、シロリオが側にいてくれたから我慢出来ていた。
しかし、今はひとりぼっち。
何でも頼って来たシロリオを失った今、自分で考え行動する事が重荷になっている。
レニーは、これまでの人生の選択肢をほとんどシロリオに任せて来た。
レニーが全てを任せて安住出来る宿り木はシロリオしかなかった。
レニーももう十九歳である。
貴族の娘としては、既に結婚相手が決まっていておかしくないし、大体は嫁いでいるのが現状だ。
明日にも結婚相手が決まってもおかしくない。
レニーとして、早くシロリオが出世して自分を迎えに来てくれる事だけが夢だった。




