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死妃の娘  作者: はかはか
第三章 捜索
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捜索 その3

 フォントーレスは、第二区の西端に位置している貴族宅を宿泊所としてあてられていた。


 元々は、ロクルーティ一門の男爵邸だったが、セーブリーの指示により、男爵一家は一時的に住まいを移している。


 また、この男爵宅が含まれる一画は、ロクルーティ家の私兵により、厳重に警備されていた。

 シェザールの誰かが、森の民への恨みで屋敷に襲い掛かる事の無いようにとの配慮だった。

 四メタル間隔で兵士が立ち並び、さらに西南角に置かれた詰め所では、警備責任者を始め、数十人の兵士がたむろしている。

 夜になると、篝火かがりびが一帯を煌々(こうこう)と照らし、猫一匹の侵入も見落とさない程の厳重さを誇っていた。


「全く、あいつらが外でうろちょろ動き回っていては落ち着いて休めないな~」

 その男爵家の居間で、森の民にしては珍しい太った大男が、これまた珍しい顎鬚あごひげを触りながら、大柄な体を色とりどりの絨毯の上に横たえながらぼやいていた。


「良く言うね。さっきまで高鼾たかいびきかいていたくせに」

 大男から離れた所には女性の森の民が細身の体を壁にもたれかけながら腕組みをしている。


「だから、あいつらのせいで起きてしまったんだよ」


「文句あるなら、奥の部屋に引っ込めばいいさ。こんな所で寝なくてもね」


「それはおいらの勝手じゃないか。おいらはここで寝るのがいいんだよ」


「そのデカい図体を転がしてもらっては、邪魔なのさ。体力使う以外役に立たないんだから、大人しくしてな」


「何い? おいらが何も考えてないと言うのかいな」


「じゃあ、少しでも頭を使っているというのかい?」


 ふたりの言い合いが白熱して来た所で、フォントーレスが口を開いた。

「まあ、いいではないか。ふたり共エアラの森から着いたばかりだ。お前だって疲れているだろう。休んでいていいのだぞ。おお、良い子だ」

 長椅子に腰掛けながら、まだ幼い猿獣に生肉の切れ端を与えている。


「兄者。その猿、さっきおいらに噛み付こうとしてたよ。しつけ悪いんじゃないかい」

 大男が寝たまま顔をのけ反らせながら笑っている。


「猿では無い。オーキーだ」

 フォントーレスは、オーキーと呼ぶ猿獣の頭を優しく撫で始めた。

「仕方無い。この子は、まだ我々に慣れてないんだ。昼間はずっと檻の中に入っているからな」

 と言うと、フォントーレスは、笑みを浮かべながらオーキーに顔を近付けた。

 オーキーは無邪気にフォントーレスの顔を触りながら喜んでいる。

「よーしよし。いいか。その内、一緒に外に連れて行ってやるからな」


「フォン族は、どうして猿獣が好きなんだろうね。虎獣の方がかっこ良くて強いのに」

 大男は、姿勢を変えると、葦の座布団を折り曲げ枕代わりにした。


「お前と一緒だ。頭が悪い奴は、使い勝手も悪い」

 横から女が口を出した。勝気な性格が顔に出ている。

「虎獣のように突き進む事しか知らない生き物は、単純な奴に任せておくのが良い」


 大男は、女が口悪く言うのも聞き流して鼻をほじった。

「へへ。猿はひと噛みでおしまいだよ」


 居間の入口では、フォンバーリが緊張した面持ちで三人のやり取りを見ていた。

 気配を殺して、三人の邪魔をしないように注意している。


 三人は、森の民の戦士である。

 フォンバーリは、まだフォントーレスの見習いで戦士では無いが、行く行くは自分も戦士になるつもりでいる。


 森の民では、戦士は一族から外れて自分達の集団で生活をしている。

 普段は、広範な一族の縄張りを巡回するだけの役目だが、いざ戦いの時には、指揮官として森の民を率いる。

 常に先頭に立ち、戦死する確率も高い。自らの命を一族に捧げる勇敢なる者達。

 勝てば大いなる栄誉に預かり、負ければ命を失う事も辞さない。


 戦士は、森の民の中では尊敬の対象である。

 まだ、フォントーレスの付き人でしかないフォンバーリにとっても、軽々しく口を聞くのもはばかれる程の面子である。


 だらしなげに寝そべっている大男は、ネスターと言う。

 丸顔で丸い体付きをしていて、人懐こい性格をしている。

 力が強く、さすがのフォントーレスでも相手にならない。巨大な岩をも軽々と持ち上げ、槍を持てば十人を一度に吹き飛ばす。

 年齢は、フォンバーリより少し上で、人間であれば二十代の半ば程だ。

 食べる事が好きで、食事には大鍋を軽く平らげる。


 名前に一族名がついてないのは、拾われた子供だからという話を聞いた。

 森の奥の泉のほとりで泣き叫んでいたのをフィリアの農夫が見付け、自分の子供達と一緒にしばらく育てたという。

 後に森の民との物々交換の取引の日に森の民に返された。

 太っているのは、人間の食べ物を口にした為、体質が変わったのだと言われている。


 そのネスターに憎まれ口を叩いているのは、フォルエナと言う。

 フォル一族は、フォン一族と肩を並べる程の大きな部族で、フォルエナは、その中でも文武に優れた若手として注目されている。


 森の民は、男も女も鍛えさえすれば同じような力を身に付ける事が出来る。

 人間のように男女の差がそれ程大きくない。女性が主導権を握っている一族さえある。


 フォルエナは、歳はネスターと同じくらいで、部族は違うがフォントーレスに心酔している。

 フォルエナと同じようにフォントーレスを憧れる若者は多い。

 フォントーレスは、カムンゾの森では他部族からも一目置かれている程の人物で、何か問題があれば彼に任せておけば安心だ、と噂に高い。

 その頼りがいのある雰囲気が内外の部族の若者を呼び寄せるのか、常日頃彼らに取り囲まれている。

 フォントーレス自身も、優秀な若者を教育する事に力を入れており、自分の仕事場にまでその若者達を連れて行く事がある。


「いいか。何をするにも頭が大切なんだ。力だけでは何にも解決しない。今回みたいに難しい仕事で、本能のままに生きるお前がここにいる事も本来なら有り得ないんだ。有難く思え」

 フォルエナがネスターに向かって責め立てるように言う。


 フォルエナは、虎獣の話をネスター自身とすり替えていた。

 フォルエナにとって、フォントーレスが今回のトラ=イハイム行に自分を同行させた事は、最上の喜びだったが、腕力しか取り柄の無いネスターが一緒にいるのが不満でならなかった。

 自分がネスターと同じに見られているのか、と疑ってしまう。


「フォルエナ、それ以上言うな。ネスターにはネスターにしか無い才能があるのだ」


 馬鹿力がね。

 フォルエナは、フォントーレスに注意されながらも口を閉じる気は無かった。

「力しか能が無い奴です。それなら、どうして死の娘を捕まえる時にバブリカを連れて行かずにこいつに任せなかったんですか」


「こいつぅ?」

 ネスターが聞こえるように言う。


 バブリカとは、モアミを最後に押さえ付けた猿獣の事だ。

 猿獣の中では力が強い方だが、いささか性格に難がある。

 フォルエナ自身は、そのバブリカを連れて来る事に最後まで同意していなかった。

 森の民でも言う事を聞かないバブリカだ。不測の事態を起こし易いと心配していたのだ。


「この街であの子を使う危険性を考えるなら、こいつをやった方が良かったと思いますが」

 フォルエナは、今夜自分達がトラ=イハイムで動き回った事に対する影響を心配していた。

 街中で森の民や異獣が走り回った上、四方に吠え声を撒き散らしながらバブリカが現れたのである。

 明日には街中の噂になっているだろう。

 シェザールからの強い反発が予想される。


 ネスターは、フォルエナの言葉を聞きながら、憮然とした表情をしていたが、口が達者なフォルエナに言い返しても、さらに重ねて言い負かされるのが落ちだと分かっている為、無言を貫いた。

 ネスターとしては、フォルエナが口を開いている間、そっぽを向いて話を聞いて無い振りをするのがせいぜいの抵抗だった。

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