【導入部】
ささやかながらも、遥か広がる砂の平原の中に泉の園を見付ける事が出来たのは、シエザの一族にとって幸運以外の何物でも無かった。
しかし、それでも、《ペルセの泉》が絶対安全な場所であるとは言えなかった。
昼は強い砂塵に襲われ、家は飛ばされ砂に埋められ、夜は砂漠の異獣の餌にされ、ひと時も休まる事が出来無かった。
そんな時に、少女ラメに神の託宣が告げられた。
さらに西の砂漠の彼方に一族を救う宝が待ち受けていると。
だが、ラメの言葉に賛同する者は少なかった。
シエザの古地を捨て、神々の峰を這い回り、ようやくにして見付けた場所もただ死を待つだけの仮の住処。
もはや、人々に砂の大地を乗り越える力は残っていなかった。
ひとりでも行くと言うラメについて行くのは、婚約者のホルトとふたりの家族だけだった。
砂漠の横断は、困難極まりなかった。
暑さに倒れる者、異獣に襲われる者、神を恨み死を招いた者。
それでも、ラメは神の言葉を信じ、ホルトはラメを信じた。
やがて、ふたりと僅かに従う者達は、砂の山々を縫う大河に迎え入れられる。
喜んで大河に向かうと、河の中から大きな魚が彼らに向かって飛び跳ね、自ら彼らの命を繋ぎ、岸には家の材料になる斬り倒し易い木々が彼らを待っていた。
まさに一族は楽園に辿り着いたのである。
しかし、ラメはまだ旅を続けた。
神に与えられし宝を手に入れてないと。
今度は、さすがにラメに続く者はいなかった。ホルトを除いては。
ふたりだけの旅が再開した。
昼と無く、夜と無く歩き続けた。
その内にラメは病に倒れ、ホルトに言葉を残す。
「あらゆる生き物に嫌われている宝を探すべし」
ホルトのひとり旅が始まった。
再び昼と無く、夜と無く足を進めた。
手にラメの髪をひと房持ち、当てど無い日々を辿る。
もはや、時間が何の用も成さなくなった時。
ホルトの目に飛び込んで来た情景があった。
一本の木が孤立し、その周りだけ砂地が円を描くように囲んでいた。
まるで、植物達から嫌われているようにその木の周りだけ緑が絶えていた。
夜になると、周囲の樹々を異獣達が彷徨い歩いているというのに、ただの一頭たりともホルトとその木に近付く異獣はいなかった。
ホルトは、気付いた。これが神の宝だ、と。
シエザの民を悩ませに悩ませた異獣を近寄せない唯一の木。
神の宝とは、この木の事だったのだ。
こうして、《ラメの香木》はシエザの民の手に収まったのである。
ただ、ホルトとその家族達は、ラメの香木の恩恵に預かる事は無かった。
シエザの民がラメの香木を再発見するまでには、さらに二十年の歳月が必要になるのであった。




