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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 追跡
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追跡 その13

 猿獣の吠え声と共に倉庫の柱が一本ぶち割れる音がした。

 倉庫の真ん中程の屋根が波打ち、木が軋む音が耳に届く。


「大丈夫ですか」


 シロリオがフォンバーリに聞くと、フォンバーリは強く言い返した。

「猿獣の力と勝負しても勝てる者はおりません。娘は、何刻なんときも我々を相手にしていて、疲労は頂点に達しているでしょう。もう終わりますよ」


 というか、あんな化け物相手では死んでもおかしくない。

 シロリオは、一応確認してみた。

「生け捕りにするんですよね」


「大丈夫です。猿獣は、扱いは難しいですが、こちらの言う事は良く聞きますよ」


 そんなやり取りをしていると、ふいに物音が消え、倉庫の中から森の民の叫び声が聞こえて来た。


「ほら、捕まえました。行きましょう」

 フォンバーリは、怪我の手当てもそのままに、上半身裸のまま倉庫に向かって歩き始めた。


 やっと終わったか……。シロリオはほっとした。

 トラ=イハイムをひと回りしてもおかしくないくらいの騒ぎだった。

 後始末の事を考えると、ぞっとする。


 シロリオがフォンバーリに続いて倉庫の入口を潜ると、既に入っていた森の民達が掲げる松明の灯りに照らされて、巨大な猿獣の姿が見えた。


 猿獣は激しい戦闘に疲れたのか、呼吸音が激しい。


 その手の下にいたのは……。


「子供?」

 一緒に付いて来たアイバスがシロリオの驚きを代弁した。


 猿獣の大きな毛むくじゃらの手に、首と体を押さえられていたのは、見た目まだ十代半ばの少女だった。


「ちょっと待った」

 シロリオは、慌てて猿獣の側に駆け寄り、フォンバーリに振り向いた。

「人間の女の子じゃないか」


 少女は、黒地に赤の縁取りをした薄汚れた服をまとい、長い黒髪を赤い組みひもで簡単にまとめている。

 まだ、幼女の雰囲気を残した顔は、ふくよかな頬と大きな瞳が特徴的で愛らしい表情をしている。


「ネイフィ……」

 シロリオは、少女の顔を見て思わず呟いた。それをアイバスが横目で見た。


 いや、違う。ネイフィはもういない。

 シロリオは少女を見て、既に今はいない小さな妹を思い出していた。


「そうだよ、お兄さん。痛いよ。離してよ」

 少女は、苦し気な表情でシロリオに訴えかけた。


 これがあの竜の血を受け継ぐ娘かと意外に思う程に、幼さを感じる高い声だった。

 鋭い爪が少女の背中に食い込み、今にも体が押し潰されそうだった。

 それにしても、森の民を恐れさせる死妃の娘がこんなあどけない少女だと言うのか。


「大丈夫か」

 アイバスが少女の脇に走り寄ろうとすると、猿獣が唸り声を上げて、アイバスを近寄せないようにした。


「これは、何かの間違いじゃないか」


 シロリオがフォンバーリに言うと、フォンバーリは、側にいた森の民から松明を受け取った。


「あなた方は、この化け物と戦っていないので、想像がつかないのでしょうね」

 フォンバーリは、シロリオが向ける厳しい視線を無視して、松明を持ったまま少女の前に片膝をついた。

「死の女には、いくつかの特長があります。常識を超えた腕力、獣に勝る脚力、無慈悲な凶暴性、無類の残虐性と、そして……」

 フォンバーリは、松明をそのまま少女の顔に押し付けた。


「何をするんだ!」

 思わず駆け寄ろうとしたシロリオは、近くの森の民に取り押さえられた。


「熱い、熱い! 熱いよっ。お兄さん、助けて!」

 少女が絶叫にも近い叫び声でシロリオに助けを求めた。

 首をねじ曲げ、出来るだけ松明から逃げようとしている。


 さすがに火に弱い猿獣も、鼻面を松明の煙から遠ざけ、思わず少女の首を押さえていた手を離した。


「止めろ! その子を殺す気か!」


 シロリオとアイバスが森の民に動きを封じられながらも抵抗していると、フォンバーリが含み笑いをしながら、ふたりに振り返った。

「まあ、見て下さい」

 しばらくして、フォンバーリが少女から松明を離した。


 シロリオは、松明に押し付けられていた少女の頬を凝視した。

 大人でも焼けただれていてもおかしくない。


 しかし、意外にも、そこにはただ炭で黒ずんだだけの白い肌が見えるだけだった。


「……」

 シロリオは、何度か瞬きをして出来るだけ顔を前に突き出し、松明の火が激しく破壊したであろう少女の顔を見詰めた。


「どうですか」

 フォンバーリは、少女の頬を手でこすった。


 アイバスも目の前の現象を見て怪訝な表情になった。


 フォンバーリは、それを見て再び少女の顔に松明を押し付けた。


 今度は、少女も叫ぶ事はせず、冷ややかな目でフォンバーリを見返している。

 頬に食い込む程突き付けられた松明が赤々と燃えているにも関わらず、今度は、少女は涼しい顔をしてフォンバーリを睨んでいた。


「どういう事だ……」

 シロリオは、有り得ない現実に頭が混乱していた。


 もう一度、フォンバーリが松明を離すと、そこにはやはり白い肌が傷付きもせず残っていた。

 フォンバーリは立ち上がると、シロリオに向いて少女を指差した。

「これこそ、竜の血がもたらした最大の武器です。この娘は、どんな炎でも命を失う事は無い上に、かすり傷ひとつ受ける事はありません。火に強い竜の性質がこの娘にも受け継がれているのです」

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