追跡 その11
猿獣が倉庫に入って行ったと同時に、中で指揮を執っていた若い森の民が崩れ落ちそうな入口から姿を現した。
「フォンバーリ殿」
シロリオが手を挙げると、それに気付いたフォンバーリが小走りに近付いて来た。
よく見ると、革製の防具があちこちで破れまくり、肩や腹部等から鮮血が滴り落ちている。
フォンバーリは、フォントーレスの甥に当たる者で、現場の森の民を指揮する事とフォントーレスとシロリオとの連絡係を命じられた。
森の民は、名前の頭に所属する一族を表す言葉を置くのが一般的で、フォントーレスとフォンバーリの一族では、『フォン』がそれに当たる。
フォンバーリは、まだ森の民としては成人をしたばかりの若者で、フォントーレスの元で将来の指導者としての訓練を受けている。
しっかりと躾けられている為か、若さ故か、シェザールの民であるシロリオに対して、礼を失する態度を見せる事無く、実に友好的な態度で接してくれる。
「大丈夫ですか?」
シロリオは、フォンバーリの様子を見て、思わず体を支えようとした。
フォンバーリは、足元が覚束なく、真っ直ぐ歩くのも難しそうだった。
そんなフォンバーリを見て、森の民が数人駆け寄り、フォンバーリの防具を外し始めた。
革の防具は、死妃の娘相手では役に立たなかったようで、出血だけで無く、体のあちこちにどす黒い痣が広がっていた。
フォンバーリは、その間にも他の森の民に向かって指示を出していた。
ある命令を受けた森の民達は、巨大な牛の異獣に運ばせた太い鎖を手分けして担ぎ始めた。
「もうすぐケリがつきます。さすがの『娘』も猿獣には敵いっこありませんよ」
フォンバーリが激しく息をしながらシロリオに笑みを見せた。
「あの鎖はどうするのですか」
「娘を生け捕りにするんです。あれで縛り上げます」
生け捕りは、最初からの目的だった。
シェザール側では、本当に死妃の娘が犯人なのか、本人に尋問する必要がある。
ただ、それは建前だとシロリオは感じていた。
今までもあらゆる事件の容疑者が容疑者のまま命を奪われ、真犯人として葬り去られた事が幾らでもある。
誰もが明らかな犯人が大手を振りながら、別の人間が犯人として命を落とすのがまかり通っている。
つまり、シェザールとしては、森の民でも手こずる死妃の娘という存在が自分達の新たな武器になりはしないかと見定めたいのである。
もし、味方に出来るなら、これ程心強いものは無い。
憎き森の民がこれ程まで恐れているのである。試してみない手は無い。
それに対して、森の民の側の狙いが見えない。
これだけ抵抗される相手である。さらに難しい生け捕りにするよりもさっさと殺した方が良いに決まっている。
大体、森の民としては生かしておいても何の益にもならない筈だ。
生きている間は、四百年前の再現が消えない筈なのに。
シロリオの疑問に気付いたのか、フォンバーリは言葉を付け足した。
「娘の仲間を探さないといけません。今後も続いて死の娘が生まれる可能性を除去する為には、ここで娘を生け捕りにして洗いざらい吐かせるのです」
確かに、シロリオもその事に思い至らなかった。
死の女は、自然に出来る訳では無い。
子供を産む事が出来る死の女を作るのは人間だ。
その人間を押さえないと、同じ事が繰り返される恐れがある。
逆に、その人間をシェザールが押さえてしまえば……。
いや。シロリオは、頭を振った。
これ程森の民を苦しめる相手だ。シェザールに牙を剥いてしまったら、国そのものが傾きかねない危険性がある。
余計な謀は、逆に己の身を滅ぼす事になりかねない。
例え僅かでも、澄んだ水に泥水を混ぜてしまえば、それは元の水にあらず。
数千年に渡って追い立てられて来ても、シェザールが今もシェザールであるのは、他者の手助けを一切求めず、シェザールの人間だけで戦って来たからではないのか。
下手に欲深く死妃の娘を取り入れてしまうと、シェザールの道を誤ってしまいかねない。
 




