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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 追跡
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追跡 その9

 セーブリーは、シロリオとフォントーレスの会話を妨げようとしなかった。

 ただ、静かに、存在を消すかのように両手を合わせて座り込んだままだった。


「まず、死の女がどのように作られたのかをお話します。問題は、全てそこにある為です」


 シロリオは、黙って頷いた。


「死の女が生まれた場所は、レフルス西部の山奥です。レフルスの西にはカムレイ山脈があります。その山脈の頂には竜の巣があり、レフルスの民の信仰を集めています」


 それは、誰でも知っている。

 竜族は、スカル内外の世界にいくつかの巣を作っているという。そのひとつがカムレイの峰にある竜の巣だ。

 山岳地帯に竜が住む洞窟が蟻の巣のように入り組み、その周辺に竜騎士の住居が点在している。

 神竜を始めとする竜族は、この竜の巣を中心に、スカル世界を飛び回って、下界に異変が起きてないか見回っているという。

 竜は、森の民や人間達全ての生き物にとって、最も神聖な存在であり、神と同義の意味を持つ。

 竜の巣は、レフルスだけで無く、スカル世界全体の求心的な存在になっているのだ。


「特に、竜の巣の近くにいる部族にとっては、頻繁に頭上を竜族が飛び交っている訳ですので、信仰の対象でありながら、生々しい存在として体感していました。あなた方にとっては、雀が飛び回るのにも等しいものなのです」


「そういう風に言われたら、確かに我々には全く分からない世界ですね」


「そうです。そして、神の化身である竜族が側にいる部族にとって、その竜族に役に立つ事をしたいと思うのは当然の事でした。その部族は、いつからか竜の巣を獣や他の人間の侵入から守るための役目を負うようになっていました。しかし、そうは言っても話は簡単ではありません。竜の巣は、人間が行動するには困難な場所にあります。天にそそり立つカムレイ山脈の上で、その周囲は険しく深い。一年のほとんどを雪が覆い、凶暴な獣がのさばり、空気も薄い場所でした。初めは、選ばれた一族の男達が竜の巣の警備をしていましたが、あまりにも厳しい環境の為に多くの者が死にました。このままでは、一族は全滅してしまう。その為、彼らは、ある技を生み出します。竜の血を使い、どんな場所でも行動出来る死の兵士、《死兵しへい》を作り、死兵に竜の巣の警備する役目を負わせたのです」


 死兵の話は、シェザールの子供なら誰でも知っている話だ。

 竜を守る戦士であり、情け容赦無い恐怖の亡者。

 手の負えない悪餓鬼達を大人しくさせる方法として、「言う事を聞かないと死兵がやって来るぞ」という脅し文句は定番であり、これを口にしない親はいないだろう。


「死兵なら、どんな場所でも行動出来るからですね」


「しかも、病気にならないし、怪我も苦になりません。必要なのは、男の死体と竜の血だけ」


「その、竜の血でどうやって死兵が作れるのですか?」


「元々は、竜の血は、竜の巣を守る役目で被害を追った兵士の薬として使われていました。竜の血には強い再生能力がある為です。その竜の血を使っている内に何らかのきっかけで死兵が作られたのです」


 言われて、シロリオは思い出した。

「聞いた事あります。竜は不死身の生物と言われる程、病や怪我に強い。熱さも感じない。手や足を引きちぎられたくらいなら、再び体にくっ付いて回復すると……」


「そうです。竜の血は、あらゆる生き物の中でも最も肉体の再生能力を引き出してくれます。その血を使う事で死者の体を蘇らせる事が出来るのです」


 シロリオは、寒気がした。自分が知らない遠い場所で人の生き死にが操られている。


「竜の血の再生能力は強力でした。死体に竜の血を取り込むと、竜の血が体に刺激を与え、死者を蘇らせるのです。蘇った死者は、竜族に献上され、体がボロボロになるまで使役されます」


 死兵は男達に代わって、竜の巣を守る役目を背負った。

 死しても竜族を守り続ける。それは、部族の誇りにもなった。


「その技を使って、死の女を作るようになったのですね」


「そうです。竜の血を使う内に様々な技が生み出されました。死の女を生み出す技もそのひとつでした」

 蝋燭の揺らめく火がフォントーレスの表情の上で怪しげに波立った。


「死兵を作る技と死の女を作る技は違うのですか?」


「誰もがそう思うでしょうね。ですが、死の女と死兵は似ているようで違います。そのひとつには、死の女には瑞々(みずみず)しさが必要だという所です」


「成程……」

 両者の違いは、誰の元に仕えるかの違いになる。


 死兵は、険しい山の上で人々と接触する事があまりない。

 竜は、死兵を目にしても驚く事が無い。

 それに対して、死の女は、男と接触する事を目的に作られる。

 男に仕えるのに、死者の体を使う訳にはいかない。


「死兵は、死者に直接竜の血を入れましたが、死の女は、まず生きている女に竜の血を入れます。その竜の血の強い刺激によって女は一度息を止めます。人間の体が竜の血に拒否反応を起こすのです。しかし、竜の血には再生の能力があります。息を止めた体は、その力によって再び蘇るのです。息を止めたと言っても、ほんの少しの間なので、体は生きた時と同じ状態を保っています。見た目は全く生者と変わる所がありません。ただし、一度死んでいるので、最早感情も記憶も判断色も失った抜け殻のような体でしかありませんが……」


 シロリオは、険しい表情で首を振った。

「そのような方法で人間の生き死にを操作しているのですか……。私には想像も出来ません」


 人が人の命を操っているのだ。

 それは神の所業であり、想像の範疇を超えている。その事実が許されいる事自体が恐ろしい。


「無理もありません。私とて、実際に死妃を見た事は無いのです。現実味がありません。ましてや死の娘は限られた人間でしか目にしていません」

 フォントーレスは、そこで一旦言葉を切り、どこかうなだれたような体勢で軽く息を吐いた。

「とにかく、死の女を作るだけなら、何も問題がありませんでした。単に部族内部の問題を解決しただけですので。それがある時、何故か死妃に子供が生まれます。決して生まれてはならなかった子供でした」


「そんなに問題だったのですか?」


「そうです。その子供が普通の子供だったら良かったのですが……。外見は確かに普通の子供と同じでした。ですが、中身は全く普通ではありませんでした。有り得ない事に、生まれて来た子供は竜の血を受け継いでいたのです」


「それは……、竜の力を持つという事ですか」


 フォントーレスは、ゆっくりと頷いた。

「誰も予想がつかない事でした。死の子供は、人間よりも竜に近い力を身に付けていたのです。異獣を倒す程の力と凶暴性と人間が持つ欲深さ……。失礼。ただ、その手に負えない破壊力は、我々森の民でさえも押さえがたいものでした。そして、貧しい部族に生まれた子供が己の力に目覚めた時、恐ろしい発想が芽生えたのです」


「発想?」


「彼の目の前には、貧しさに苦しんでいる人々がいました。どうです? 森に囲まれ、畑を耕す土地はほんの僅かの平地だけ、生まれて来る子供の半分以上は飢えと病で死に、運良く育ったとしても満足にお腹を満たす事の出来無い生活、しかも、やっと死ぬ事が出来ても死兵として死後も酷使されなければならない。そういう風に仲の良い人々が苦しんでいるさまを目にするとどうします?」


「彼は……、仲間を助けようと思いますね」


「そうです。端的に言えば、部族にとって邪魔なものを排除しようとしました」


「確かに、それだけ強いと、自分の力で何とか出来ると思ってしまいますね。ですが、邪魔者とは言っても……」

 四百年前だと、レフルスの各部族同士で大きな争いは無かっただろう。それよりも各部族がその日を生き抜くだけで精一杯だった筈だ。お互いに戦う余裕は無い。

「部族の前に立ちはだかった障害といえば……」

 深く広い森に住み、足を踏み入れた人間を食らう獣達。

 シロリオは、フォントーレスを見た。

「異獣とそれを操る森の民……」


「その通りです」


 家族や仲間を救う為に戦う感情は、どこでも誰でも変わりない。全ては、悲惨な運命から逃れる為。

 自分の家族は、森のすぐ側で生活している。しかし、森の民の許可が無ければ簡単に入り込めない。

 森を恐れる大きな理由は異獣にある。

 異獣さえいなければ、仲間は安心して生活出来る。

 二度と異獣に襲われる心配は無い。

 つまり、森の民と異獣さえいなければ、広大な森を思いのままに使う事が出来る。

 深い森の木の実は取り放題、動物達は狩り放題だ。


「さらに、この竜の血は大変な力を意味しました。竜の力を受け継ぐだけではありません。大体の民族では、血族は、血の結束を意味します。ということは、竜の血を持つ者は……」


「竜の血族になるという事ですね」


「恐ろしい事です」


「それは、死兵も同じですか」


「そうです。竜族は、竜の血を受け継ぐ死の子供を敵視しません。何故なら、曲がりなりにも自分達の血を受け継ぐ血族だからです。また、死兵は、竜の命令を聞きます。という事は、竜の血を持つ子供の命令も聞くという事」


 ひとりの人間が己の運命に気付く。

 自分は、竜の血を持ち竜と繋がっている。

 竜より受け継がれた力は、森の民はおろか異獣をも凌駕する。


 そして、無敵の死兵が自分の思いのままに動くという現実。


 死兵に号令を掛け、森の民や異獣を掃討する。

 自分は、竜の血族でもある為、竜の怒りには触れないという自信がある。


「その子供は立ち上がります。彼の元では死兵の群れがうごめいていました。何度倒しても立ち上がって来る不死の軍勢です」


 例え、森の民や異獣が強くても、命には限りがある。

 対するは、多少の怪我では立ち止まらない死兵の群れ。しかも、剣を振るい、弓矢を使って来る。


「惨劇でした。一方的な殺戮が始まったのです」

 フォントーレスは、苦い表情で唇を噛み締めていた。

「我々森の民は、竜族に救いを求めました。長年に渡り、竜の森を守り、竜の巣を守って、竜の生活を守って来た我々の願いを聞き届けない筈はありません。しかし、相手は竜の血族です。竜は、決して血で繋がった者を手に掛ける事はありません。竜族は、我々の願いを聞き入れてはくれませんでした。その内にレフルスの森から森の民は駆逐されてしまいました」


 後にレフルスが統一された遠因がここにある。

 森の民がいなくなり、同じく異獣がいなくなると、レフルスの人々は森の恵みを受ける事が出来る。人口が増え、部族間同士の交流が盛んになる。

 これが、後にザッケによるレフルス統一に結び付いたのである。


「その子供は、レフルスから異獣を除いた後、どうしました? 山を越えたのですか?」


 レフルスで敵がいなくなれば、バレーノ峠を越えてカムンゾの森に向かう可能性がある。


「いえ、子供はあくまで自分の部族の事を考えていました。レフルスに敵がいなくなると、次に部族にとって邪魔者になる存在を始末する事にしたのです」


「次に?」


 フォントーレスは、ひとつ間を置いて続けた。

「竜族そのものです」


 シロリオは驚いた。

 その発想は、発想と呼べるようなものでは無い。

 この世界に住む者にとって、竜は敵では無い。それは、『竜という存在』にしか過ぎない。

「ですが、竜族がその部族にとってどんな害をもたらすというのですか?」


「死兵です」


「死兵は、死体を使うだけでしょう。別に生きた人間を死兵にする訳では無いのですから、実害は無いじゃないですか」


「いいえ、違います。いいですか。死兵になるのは、つい先日亡くなった祖父であり、叔父であり、父であるのです。仲の良い親戚かもしれない、あるいは友人そのものかもしれない。彼らは、土の下で安らかに眠る事を許されないのです。身をボロボロにしながらも、死して尚竜族の為に働かないといけないのです。その姿を目の当たりにして、平常でいられる者はいるでしょうか。実際、私とてそのような状況に心安らかにする事は難しいでしょう」


 シロリオは、何も言えなかった。自分の一族が死んでも厳しい山岳地帯で彷徨さまよい続けている。

 この世で命を削りながら苦しんだ後もあの世で酷使される続ける。


「子供は、竜を倒せると思っていたのですか」


「それは、分かりません。何故なら、実際に死の子供が竜の巣に向かう事は無かったのです。この事は、さすがに竜族の怒りに触れました。竜族は、子供の計画を知ると、大挙してレフルスに降り立ち、部族を殲滅せんめつし、子供をさらって行ったのです。同じ血族として、子供を殺す事が出来無い為、さらうしかありませんでした。また、子供さえいなくなれば、死兵は再び竜の命令に従います」


 自業自得と言うべきか……。


「この事件は、我々にとって悪夢でした。被害はレフルスだけに止まりません。レフルスの仲間を助ける為にカムンゾの森やエアラの森等から多数の仲間が応援に向かい、そして死んでいきました。森の民は、大きく人口を減らしてしまい、少なくなった部族同士がそれまでの土地を捨て、集まらなくてはならなかった程です」


 これもまた、スカル世界の力関係を激変させるきっかけになった。

 森の民が引き払った場所に人間達が移り住み、生活範囲を広げ、フィリアを中心とする平野部は、人間にとって住み易い環境に変わった。

 それを狙って、さらに他の部族も流入し戦乱が絶え間無く続いた。


 やがて、シェザールの侵入に至るのである。


「この事件は、我々森の民を深く傷付けました。それと同時に、もう二度とこのような事は起こしてはならないという教訓になったのです」

 次第にフォントーレスの口調は強くなっていった。

「決して、決して……、同じ事は繰り返させない」


 フォントーレスは、長椅子の背を両手で強く掴んでいた。

 その仕草に、彼の決意が見て取れた。


「……それが繰り返されたのですね。また、死の女が子供を産んだ」


 シロリオの静かな言葉に、フォントーレスは視線を上げた。

「そうです。事は重大です。我々は、四百年の時を越えて、再び存亡の危機を迎えたのです。そして、今度はあなた方シェザールの中に潜んでいます。下手をすれば、あなた方を巻き込む騒動になりかねないのです」


 『レフルスの悪夢』の再来。

 四百年前の悪夢が繰り返される。

 森の民を襲う悲劇は、シェザールにとっても無関係ではいられない。

 もしかしたら、その矛先がシェザールに向かい、国を揺るがす事態にもなりかねない。


 シロリオは、前かがみになると、両手を握った。

 自分に何が出来るか分からないが、シェザールを再び戦乱に巻き込む訳にはいかない。

「伺いましょう」

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