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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 追跡
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追跡 その6

 森の民と異獣が我が物顔で街中を走り回っているのだ。周囲の注意を引かない方がおかしい。

 表の騒々しさに我慢出来ずに、家々の窓から顔を出す者がちらほら見える。


 普通なら、街のほとんどは眠りについている時間だ。

 元々から油は高価な為、金持ちや貴族以外の人々は、日が暮れると床につくのが一般的になっている。

 また、以前のように豊かとは言えない現状では、その金持ちや貴族でも油を多く手に入れる事が難しい。

 かつては、夜遅くまで賑わいを見せていた飲み屋街も売り上げと油の値段とが釣り合わず、陽が暮れると時を置かずに店じまいする所が多い。

 現在では、空を闇が覆う頃には、トラ=イハイムのほとんどが静寂に包まれ、虫の音が街を支配している状況だ。


 だが、森の民独特の雄叫おたけびのような掛け声がひっきりなしに聞こえる中で、寝ろと言われてもそれは難しいだろう。

 地響きのような異獣の足音と合わせて、人々は何が起こっているのか家から顔を出さざるを得ない。

 一応、死妃の娘捜索が続いている間は、夜間の外出を控え、家の戸締りは怠る事の無いよう、そして陽の昇るまで家から顔を出さないよう、各町会に申し送りし、布告も出している。

 それでも、この異様な状況に不安を感じて、確認せずにはいられない気持ちも分からないでも無い。


 死妃の娘捜索を始めてからこの数日。森の民と異獣が数組に分かれて、警備隊の担当者と共に街中を歩いてはいるが、それはあくまで昼間だけの事であり、夜間の捜索はしないように頼んでいる。

 明るい内なら、まだ遠巻きに怯えるだけで収まるが、闇夜のすぐ向こう側に森の民がいると知ってしまうと、怯えどころか恐怖におののいてしまうのは必定である。 


 シロリオも、その危惧を前以て抱いていた。

 その為、夜勤に入っていなかった部下から三十人程選抜し、森の民の通った道筋の家々を監視させる役を命じているのだ。

 各所で警備隊が不要に恐れないように注意して回る。

 ある時は高圧的に、ある時は腰を低く。大事になる前に対処する。

 森の民や異獣に恐れ、人々に恐慌を起こされては、死妃の娘どころでは無くなってしまう為だ。


 これ程の大事になるなら、三十人では少なかったかもしれない。

 シロリオは、初めて森の民の狩りの仕方を見て、そう思った。


 森の民は、お互いの位置、獲物の状態等の情報を甲高い叫び声で伝え合う。

 その叫び声は、長音と短音の組み合わせで意味を表している。

 姿の見えない者同士が遠くにいても意思疎通出来るようになっているのだが、トラ=イハイムの街では、その声があちこちで響き渡り、建物の間をこだましながら遠くまで飛んで行っている。


 対応する範囲を予想し間違えたな。シロリオは、遠くの家々に点々と灯りが点くのをみて、深く反省していた。


 怪しい人物が現れたとの情報が届いたのは、陽が落ちかける《昼六つ》の事であった。

 最初に発見した森の民と異獣を叩きのめして逃げて行ったとの知らせに、今日の捜索を打ち切ろうとしていた森の民が止める間も無く一気に身を翻して現場に向かったのだった。

 夜間の追跡は、警備隊に任せるように伝えてあったのだが、そんな取り決めもお構いなしで彼らは憎き標的の影を追い始めたのだ。


 標的が再度姿を現した頃には、大勢の森の民と異獣が動員されていて、結局大騒ぎの捕り物劇になってしまったのである。


 シロリオの馬が石畳に足を滑らせ、大きく横に振れてしまった。

 危うく落馬する所をシロリオは何とか踏ん張って体勢を整え直した。


 足元を見ると、石畳が一枚めくれて土の地面が顔を覗かせていた。


 さらに周囲に目をやると、道のあちこちでは異獣の重さに耐えかねたのか、石畳の石が所々で角度がついたり、めくれたりしているのが見えた。


「これは……、また補修をしなければならないですね」

 シロリオの視線を辿った部下のひとり、アイバス=スタニバルクが、シロリオの気持ちを代弁するかのように口にした。そして、「冗談じゃないよ……」と呟いて、大きく溜め息をついた。


 アイバスは、仲間内ではアイビーと呼ばれている気さくな若者で、シロリオよりも三歳年上の二十六歳になる。

 アイバスも他の隊員と同じように下級貴族の生まれで、日々の暮らしに苦しんでいる貧乏男爵の息子である。

 絵に描いたような苦労人で、少し皮肉屋の面がある。

 話が上手く、機転が利き、警備隊では腫れ物扱いにされているシロリオにも親しく接してくれる為、シロリオにとって数少ない信頼のおける隊員になっている。


「そうだな……」

 シロリオは、元気無く返した。


 王都再建の現在、全体的に資金が逼迫している状況で、新たな出費を求めるのは覚悟がいる。

 支出の目的、将来的な効果、その支出が妥当かどうか、担当者の実績、評価、人柄までも調べ尽くされて判断材料にされる。

 無論、流用する積もりは無いので、何も後ろめたくないのだが、何を言っても現場の声は軽んじられる事が多い。

 警備隊の事務費や食費にまで難癖をつけられる事は日常茶飯事である。


 トラ=イハイムの道の補修は、本来王都総督府の管轄になるが、今回は警備隊主導による死妃の娘追跡で破壊されている為、警備隊が総督府に依頼しなければならない。

 そうなると、総督府で働く上級貴族の聞きたくも無い嫌味を拝聴する事になる。


 気が重い。シロリオは、心に靄がかかるのを感じた。


 アイバスも日頃から鬱憤うっぷんが溜まっているだけに、吐き捨てるような口調になるのも当然だ。


 シロリオは、副長だけにアイバスと調子を合わせる訳にはいかない。

「大丈夫だ。俺から、上に具申しておく」

 シロリオは、そう言うと馬に鞭を入れた。森の民の先頭は大分先に行っている筈だ。

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