追跡 その4
松明に照らされた異獣は異様だった。
異様というか威容だった。
三メタル程の巨大な熊だった。
大きく尖った犬歯、耳元まで広がる口、三角形の耳、鋭い鉤型の爪はさらに荒々しさを感じさせた。
それが小山のような体を横倒しにして、死を目前にしている。
喉笛を深く引き裂かれ、そこから真っ赤な血が噴き出て石畳を赤く濡らしている。
口を半開きに開け、赤黒い舌を出しながら、ヒュー、ヒューとかすれた呼吸音を響かせている。
馬上からも鼻を突く血の臭いが嗅ぎ取れた。
異獣の放つ獣臭に馬が落ち着かない。
異獣の脇に座り込んでいる森の民は、この異獣の飼い主だろうか。
ゆっくりと労わるように異獣の体をさすっていた。
背後からで表情は分からないが、異獣の変わり果てた姿に気落ちしているようだ。
シロリオ達は、その光景を目の当たりにして、心中穏やかならぬものを感じていた。
今、自分達が追いかけている標的は、人間が何十人かかっても抑え切れない異獣さえも簡単に死に至らしめる程の力を持っているのだ。
とてもまともには立ち向かえない存在であり、下手をすれば命を落とす事は避けられないだろう。
異獣をさすっていた森の民は、右手を額に当て、何か呪文のようなものを呟くと、おもむろに腰の短刀を抜いた。
側に立っていた仲間の森の民は、まるで神聖な儀式の邪魔をしてはならないとでもいうかのように、シロリオ達を急き立てながらその場を離れ始めた。
シロリオも後に続いた。
大切な友との別れに、いらぬ同情は欲しくない。
シロリオにもその気持ちは痛い程良く分かる。
シロリオとて、レフルスとの大戦で幾多の別れを経験して来たのだ。
それにしても、異獣の喉の傷は、剣で斬られたものでは無かった。まるで、皮膚を掴んで引き千切ったような感じだった。
一体、どれ程の力を備えている相手なのだろう。
フォントーレスは、標的の外見については普通の人間だとしか言ってなかったが、仮にも三メタルの大きさの異獣をひとりで倒しているのだ。
化け物並の相手だという事は覚悟しておかないといけないだろう。