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死妃の娘  作者: はかはか
第二章 雨中の戦い
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雨中の戦い その20

 この時代、太陽が西のに落ちてから外を移動する事の危険さは誰もが身に染みて感じている。

 暗闇の向こうから何が襲って来るのか分からない世界である。

 それは、獣かもしれないし、人間かもしれない。

 まさに生き馬の目を抜く事が常識な上に、弱者は弱者とは思われず、強者から見れば格好の獲物以外の何物でも無い。

 同情した自分が、いつ同情される側に落ちるか分からない世界だった。


 村から村、町から町を結ぶ馬車もそうである。

 旅は、昼間移動するのが鉄則である。

 夜、これ見よがしに街道を動く者は高い確率で賊の餌食になった。

 それで被害を受けても同情されたりはしない。自業自得として白い目で見られるだけである。

 しかし、途中で車輪が損傷して時間を食ってしまった場合は事情が異なる。特に、低級の料賃が安い無蓋馬車むがいばしゃは、素人目に見てもいつ壊れてもおかしく無いと思われるものばかりである。

 彼らが怪しい峠を越えるのが月夜の晩になったのは、不可抗力でしか無かった。


「てりゃーーーーー!!!」

 夜空を突き破るような叫び声を上げて白美神を背後に浮かび上がるは、武の神ヤグニスマか死の復讐者ダミエルーテか。

 月の光に煌めく剣を大きく振り被って、そのひと振りで三、四人の山賊が凪ぎ飛ばされる。

 悲鳴を上げるのは常に山賊の側であって、馬車に乗っている人々では無かった。


 荷台で山賊に襲われる恐怖に突き落とされていた娘の目には、信じられない景色が映っていた。

 誰もが恐れる荒くれ者達がまるで石ころのように跳ね飛ばされている。

 それも小柄で可愛らしい女の子に。


 娘が馬車に乗り込んだ時には、隅でうずくまって誰とも目を合わせなかった少女だった。

焦点の合わない目を宙に漂わせ、連れの女性達の問い掛けにも生返事で返す程、心ここにあらずの状態だった。小さく、か弱く、憔悴し切った様子でひとり静かに座っていた。


 それが今、馬車を襲って来た恐ろしい山賊共を相手に一歩も引かない所か、圧倒的な破壊力を見せている。

 片手でひと振りするだけで山賊の剣は真っ二つに折れ、地面をひと蹴りするだけで軽く五メタルは宙に飛ぶ。

 しかも、山賊の剣を掌で受け止め、山賊の鎧兜よろいかぶとを素手で引き千切る。

 これが現実とは思われない奇怪な現象だった。


 さらに、馬車のすぐ横では、あちこちに走り回りながら近付く山賊達を斬り伏せている別の少女。

 また、馬車の上では、連れの女性の上に仁王立ちになって、馬車に上がって来ようとする山賊達を五メタル程の長槍で叩きのめしているこれまた別の若い女性。

 そして、まるで何事も無いように落ち着いて身を横たえている女性。


 一体、この女連れは何者だろうか。


「みなさん、伏せていて下さい!」


 しかし、四人の正体に思いを巡らせている暇も無かった。

 双方が繰り出す剣や弓矢に被害を受けないように、他の旅人達は恐怖に頭を押さえ身を縮めながら、ひたすら無事に事が終わるのを祈っていた。



 再び、周囲が元の静けさに戻った時には、辺り一面を濃い血の臭いと死臭が漂っていた。


 娘が顔を上げると、すぐ前をあの少女が横切っていた。

 無表情で、それでいながら少し上気した顔に幾筋もの返り血が飛んでいる。

 娘は、その姿に心奪われてしまった。

 この少女は、自分達の為に天から遣わされた戦士なのだろうか。そうと考えなければ、この出来事は娘の理解の範疇はんちゅうを越えていた。


 年長の若い女性が山賊達の死体を道から片付けると、怪我をした御者に代わって御者台に乗り込んだ。

「ユイちゃん、行くわよ」


「ちょっと待って」


 ユイと呼ばれたもうひとりの少女は、山賊から取り上げた両手一杯の剣を馬車の荷台に放り投げた。


「それどうするつもりなの?」

 御者台の若い女性が聞く。


「町で売るのよ。もう少し待って」


 山賊の懐から貨幣袋を取り出す音が聞こえる。


 それを見て、あの少女も同じように死体の間にうずくまって剣や金を集め始めた。


 しばらく時間が掛かると思ったのだろう。若い女性は荷台に座り込む御者に近付き、山賊に受けた傷に新しい布を巻き直し始めた。

「他に怪我をした方はいませんか?」


 女性の言葉に、旅人達は怯えながら首を振るだけだった。

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