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死妃の娘  作者: はかはか
第二章 雨中の戦い
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雨中の戦い その19

 迷い道の村の村長の息子は、相変わらず締まりの無い顔をして立っていた。


「大丈夫だったのですか? 村が……」

 スーシェルはそこまで言ったが、後が続かなかった。


「知っていたのかい……」

 バイユは、意外そうな表情で言った。まさか、スーシェルが杉の木に登って村が燃えていたのを見たとは想像すら出来無い。

「うん。そうなんだ。夕べ、突然森の民と異獣に襲われてね」

 バイユは、そこで渋い表情を見せて唇を噛んだ。

「……村の半数が死んだよ」


 スーシェルは、思わず両手で口を覆った。

 体が硬直し、心臓が高鳴るのを感じた。


「うちも父が犠牲になったんだ。母と妹は何とか家の床下に隠れて無事だったんだけどね。俺と父さんは、みんなを守らなくてはならなかったから村を走り回って手分けして指示を出していたんだ」


 ユイナは、その話をしている間も注意深くバイユを観察していた。

 また、この男が魔術師に乗っ取られていないとも限らないからだ。

 しかし、見た所、そういう様子は見受けられなかった。

 大丈夫だろう。

 ユイナは、音を出さないように剣を鞘に戻した。


「父は、異獣に襲われて死んだよ。俺は、運良くラメの木の下に潜り込んで助かったんだ。みんなを助けようとしたけど、結局自分が逃げ延びるのに精一杯でね」

 バイユは、辛そうに溜め息をひとつついた。

「森の民が去った後、夜通し村の状況を確認していたんだ。そして、君達の事が心配になってね。やっと、手が空いたから来てみたんだよ」


「ごめんなさい。私達のせいで……」

 スーシェルは、何とも言えない表情をしている。

「わざわざ来られなくても良かったんです……」


「……君達のせい?」

 バイユは、怪訝そうな顔をした。


「そうなんです。実は……」


 ユイナは、スーシェルの背中に向けて鋭い視線を送った。

 一体、スーシェルは何を言い出すつもりなのか。


「……あの森の民は、私達を追って来たのです。私達がここに来なければ、こんな事にはならなかったのです」

 スーシェルは、頭を垂れて話していた。


「ちょ……。それはどういう事なんだい?」


「申し訳無いけれど、そんな事あなたに関係無いわ」

 これ以上、スーシェルが下手な事を言い出さない内にユイナが後ろから口を挟んだ。

 さすがに、只の村人に自分達の正体を明かす訳にはいかない。

 例え、自分達を追って来た森の民に被害を受けたとしても、その事で負い目を感じるのと事実を吐露するのとは一緒にするものでは無い。

「確かに、私達のせいであなたの村が襲われたのは事実よ。でも、その理由を伝えてもあなたにとって何の意味も成さないわ。間接的にあなた達に被害を与えた事に対しては謝らせていただくけど、それ以上詮索は止めにして欲しいわ」


 ユイナの断固とした言葉だった。

 バイユも厳しい表情をして自分を見詰めるユイナに動揺して視線を逸らせた。

 村が襲われた事実と自分達の存在を結び付けるという事は、スーシェル達が森の民に追われているというのを認めた事になる。

 森の民に追われる女性達。そんな存在は、滅多にいるものでは無い。その理由が知りたく無い筈は無い。ましてや、そのせいで村が襲われ、父親が死んでしまった身である。

 しかし、森の民に追われているという事は、自分が想像出来無いくらいの苦難を繰り返して来ている筈だ。一度や二度では無い筈。肉体的はもちろんの事、精神的にも追い込まれてばかりの日々であろう事は予想出来る。

 それに比べて、自分の不幸は釣り合いの取れるものだろうか。

 始終森の民に追われる人生と只一度だけ森の民に襲われたひと晩の恐怖。比較出来るものでは無い。

 ここは、ユイナの言う通り、何も聞かなかった事にしよう。

 バイユは、そこまで考えられる程頭の回転が早く、そしてお人好しだった。


「ちょっと、ユイちゃん。そんな言い方は失礼でしょ」


 スーシェルがユイナを振り返りながら注意したが、バイユはそのスーシェルを止めた。

「いや、いいんだよ。確かにユイナさんの言う通りだ」


「いいえ。そんな事無いですわ。バイユさんは、私達のせいでお父上を亡くされたのです。どんなに辛い思いをされているか……」

 そこで、ユイナがスーシェルの背中を小突いた。

 何もそこまで言う事無い、という合図だった。

 スーシェルも慌てて口に手を置いて頭を下げた。

「ごめんなさいっ」


「いやいや、気にしないで」

 勢い良く頭を下げたスーシェルにバイユが手を振る。

「これも運命だったのさ。こういう田舎に住んでいたら、森の民や異獣でなくても他の獣に襲われたり、飢饉や事故で死ぬ事も普通にあるからね。今まで無事だったのは運が良かっただけなのさ」


 バイユの心遣いに、スーシェルは再び頭を下げた。

「そう言っていただけると有難いのですが……」


「うん。確かに、俺には分からないけど、本当に村を森の民が襲った理由の一端に君達が絡んでいるのなら、そう簡単に気持ちを切り替える事は出来無いよ。でもね、本当に気にしないで欲しいのは本心なんだ。俺達シェザールの民は、大き神に与えられし器の中で生きているんだ。大き神により与えられし命の器が砕けた時に魂は只自然に変えるだけなのさ。その砕ける理由が何であれ、シェザールの民は運命を受け入れるだけなんだ。仕方無いよ」


 自分達なら、運命の狐神に身を委ねるのと同じなのか。

 ユイナは、スーシェルの後ろで聞いていながら舌打ちをした。

 いや。自分やモアミならそんな事はしない。この身に力のある限り自力で運命を切り開く。それが、この世に生を受けた者の使命だ。

 弱い。弱過ぎる考えだ。そんな弱い教えが広がっているシェザールなのに、どうして、あんなに打たれ強い民なのだろうか。運命を受け入れるどころか、運命を打ち破り続けている。


「所で、メルさんは病気なのかい?」


 突然、会話が飛んだ。

 意外な質問にスーシェルは驚いてしまった。

「あ、その……、はあ……」

 スーシェルは少し頷く。

 やはり、聞かれていたのか。

 バイユがどこまで自分達の話を聞いていたのかは知らないが、メルの体調が良くない事を教えたとしても悪い事にはならないだろう。


「魔術師がどうとか言ってたみたいだけど……」

 バイユもスーシェルとユイナの顔を探りながら囁くように聞いてみた。


 その言葉を聞いて、スーシェルは正直に顔の表情で答えてしまった。

「それは、その……。何でも無いんです」


 その表情から、何でも無い筈は無いと見抜いたバイユ。

 普通の人生で魔術師絡みの事件なんて起きる可能性は限り無く低い。

 それだけ、この女の子達は只ならぬ事に巻き込まれているのだと、改めて気付かされた。

「聞くつもりは無かったんだ。入口を探していたら、君達の声が聞こえてね」

 バイユもスーシェルをなだめるように優しく言った。


「それじゃあ、聞かなかった事にしてくれませんか? 私達も色々と忙しいので……」

 後ろでふたりの話を苛々しながら聞いていたユイナがスーシェルの前に出た。

「あなたもこれから大変でしょうから、もう村に戻った方がいいのではないですか?」


「あ、ああ。そうなんだが……」

 バイユは、ユイナの勢いに押されるように言った。


「では、ごきげんよう。さようなら」

 ユイナは鋭い視線を投げ掛け、気持ちでバイユを押さえ込んだ。

 スーシェルの体の向きを変えて無理矢理押し始める。


「ちょっと、待ってくれっ」

 そうやって強引に話を終わらせ、ユイナがスーシェルの手を取り、家の方に向かい始めると、慌ててバイユが両手で茂みを掻き分けながら叫ぶように言った。

「魔術師のいる場所を知ってるんだっ。もしかしたら、役に立つかもしれないっ」


 その瞬間、スーシェルとユイナは信じられない顔をして振り向いた。


「そのメルさんの病が魔術師によるものだとすれば、その病を治す事が出来るのは同じ魔術師だけ。そうだろ?」


 バイユ目掛けて、ユイナが足早に近付いた。

「それ、本当なの? 嘘はついて無いよね」

 まるで、掴み掛らんばかりの勢いだった。ユイナは、片手で生け垣の一部を一気に押し退けた。


「ああ、本当だ。嘘はついてない」

 バイユは、自分でも押し分けるのに苦労した生け垣があっさりと広がったのを見て驚いた。


「教えて頂けるのですか? お願いです。その魔術師がどこにいるか是非教えて下さいっ」

 スーシェルもユイナのすぐ後ろまで来ていた。ユイナの肩越しにバイユを見る。


 バイユは、スーシェルに視線を向けて口を開いた。

「これは、二ヶ月前に出入りの商人から聞いた話なんだけど、王都トラ=イハイムにひとり腕の立つ魔術師が住んでいるらしいんだ。勿論、魔術師だから、自分の存在を隠しながら生活している。この情報を手にしたのも、たまたまその商人が魔術師と付き合いがあったからなんだ」


 それを聞いてユイナの表情が険しくなった。

「街のどこに住んでいるのかは分からないし、今も住んでいるのかも分からない訳ね」


「そうなんだ。俺が話を聞いたのが二ヶ月前だから、実際にはそれ以上前の情報さ。それに、その商人も魔術師の居場所までは教えられてないからな。君達がトラ=イハイムに行ったとしても探し出せるかは分からない」


「その情報は、本当ね」

 ユイナが念を押した。


「ああ。本当だ。嘘はつかない」

 バイユも正面からユイナを見据えて頷いた。


 ユイナは、じっとバイユの表情を読んだ。

 その雰囲気からは、嘘をついているようには見えなかった。

 ユイナは、スーシェルを振り返った。

 スーシェルも不安気な表情を浮かべてはいるが、考えている事は同じだろう。

 必ず魔術師を探し出せるという確たる証拠は無い。

 この情報自体、正しいとは限らない。


「分かったわ」

 ユイナはバイユに視線を戻すと、初めて優し気な表情になった。

「……有難う」


 諦めない。

 最後まで諦めるつもりは無い。

 何よりも、敵の言う通りになる気はさらさら無かった。

 身の内に流れる竜の血がそんな事を許す筈が無かった。

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