表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死妃の娘  作者: はかはか
第二章 雨中の戦い
144/151

雨中の戦い その18

 そのまま、何も起こらずに朝を迎えた。

 夕べの嵐が嘘のように晴れ上がり、真っ青な空がどこまでも広がっている。

 只、パオモ山の方は、異獣達の死霊が彷徨さまよい苦悩しているのか、全体的に重々しい雰囲気が漂っていた。

 薄く漂う朝靄に紛れて、悲しみと苦しみにただれた魂がこの世から去り難く足元重くその身を消化している。


 スーシェル、ユイナ、モアミの三人は、家の裏に掘った大きな穴の前に佇んでいた。

 穴の底にはスケープの巨体が横たわっている。三人はスケープとの最後の別れを惜しんでいた。

 メルは、フォンカイナグにかけられた病により気分を悪くしてしまい、家の中で寝込んでいる。


 近くで摘み取った花でほとんど埋め尽くされたスケープの姿は、送る者の愛情の深さを垣間見せている。

 穴の縁にはモアミがしゃがみ込み、さっきからじっとスケープの横顔を眺めてながら、さらに両手一杯の花を丁寧にかけ続けていた。

 涙はもう出尽くしたのか、その瞳には潤いが絶えていたが、溢れんばかりの悲しみを湛えた表情で口を真一文字に引き締め、下唇を噛んだまま必死に何かを耐えようともがいていた。

 スーシェルとユイナはその後ろに立ってモアミの姿を見詰めていた。

 ふたりは、モアミに掛ける言葉も無く、只側にいてあげる事で気持ちを明らかにしている。


「スーねえ、これからどうするの?」

 ユイナがモアミを見ながら小声でスーシェルに聞いた。


 主語が無くとも質問の意味は理解出来る。この後、本当に森の民にこうべを下げなければならないのか。最早、打つ手は無いのか。

 聞かれたスーシェルも悩んでいた。

 ここまで逃れて来たものをむざむざと捕まりたくは無い。しかし、メルの事を考えるとそう選択肢がある訳でも無い。

 術を解く方法があれば、無条件でそれにすがるのだが……。

魔術師の術である、簡単に解けるものでは無い。


スーシェルが視線で合図を送ると、ふたりはモアミから離れて、家を囲む生け垣の側を歩き始めた。


「その、以前会った事がある魔術師は? もしかしたら、治せるかもしれないよ」

 ユイナは、モアミを振り返りながら言った。


 しかし、ユイナの言葉にスーシェルは首を振った。

「考えたけど、その魔術師も旅の途中だったのよ。今となっては、どこにいるか分からないわ」


 魔術師が俗世界と接触を保つ事はほとんど無いと言っていい。

 魔力は扱いが難しい。少し間違うだけで周囲に大きな影響を与えかねないし、精神を乱すと自分が魔力に冒されかねない。

 その為、ほとんどの魔術師は、人目につかない辺境に居を定めたり、自分が魔術師だとばれないように生活をしている。

 簡単に探し出せるものでは無い。

 実際、各地を転々と生活して来たスーシェル達でさえも魔術師に会ったのはその一回だけなのだ。


「それに、メルがどのくらい保つか分からないわ。あの魔術師の話だと、ある程度の余裕はあるとは思うけれど、それでも一から探す時間は無いわ。今から魔術師を探していたら間に合わなくなるわ」

 メルと移動させながら魔術師を探すとなるとかなりの手間になる。かと言って、別行動を取るのも不安が残る。またいつ夕べのように森の民が襲って来ないとも限らない。これからは、四人が常に一緒にいないといけない。


 ユイナは、やり切れない表情をしている。

 自分達のせいでメルが命を失おうとしている。

「……行かないといけないのかな」


 落ち込むユイナの肩にスーシェルが手を置く。

「まだ、答えを出すのは早いわよ。メルの状態だって、今の所それ程悪くないんだから」


「でも、メルが苦しむ姿は見たくないよ。私達のせいで死なせたくないよ……」

 ユイナは、涙目でスーシェルを見上げた。

 スケープの死にメルの病。ひと晩の内にこの事態は、ユイナに大きな衝撃を与えたようだ。

 これまでは、強気でみんなを引っ張って来たユイナが、すっかり気落ちしている。


 スーシェルは、ユイナを抱いて優しく頭を撫でてやった。

 モアミは、スケープを失った悲しみに落ち込んでいる。ユイナは冷静な思考状態では無い。メルは当然の事、今までのようにはいかない。

 ここは、自分がみんなを支えないといけない。

 スーシェルは、自分の肩に大きな責任が覆いかぶさるのを感じていた。


 パキッ。


 ふたりの足が止まった。


 聞き取れない程の小さな音だったが、スーシェルとユイナは確かに枝が踏み締められる微かな音を耳にした。

 ふたりは、互いに顔を見合わせて、気のせいでは無いか確認した。


 音がしたのはそれ程離れていない生け垣の外だ。

 ユイナが目線で合図をする。

 ふたりは、足音を忍ばせながらそちらに近付いて行った。


 ユイナがスーシェルを見ながら、音を出さずに剣を持ち上げる。

 スーシェルは剣を持っていない為、ユイナの邪魔にならないように体を横に避けながら生け垣の隙間から外を覗き見た。

 森の民や異獣なら、相手に先手を打たせてはならない。

 背中からユイナの緊張が伝わって来る。


「……あら」

 生け垣の外を見て、スーシェルは拍子抜けしたような声を出した。


 そんなスーシェルの警戒無い声にユイナの剣が下がる。


「バイユさんだわ」

 スーシェルがユイナを振り返って言った。


 ユイナも用心の為、剣を手に持ちながら、スーシェルの肩越しに生垣の外を見る。


「やあ」

 密集した枝と葉の隙間から、人の良い若者の顔が見えた。

 バイユは、ユイナに向かって手を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ