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死妃の娘  作者: はかはか
第二章 雨中の戦い
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雨中の戦い その16

 その怪し気な妖気に最初に気付いたのはスーシェルだった。

 スケープの亡骸を中心に四人が消沈していた時、家の外から泡玉が沸き立つような不思議な空気の変化を感じた。

 何かしら……。

 スーシェルが静かに立ち上がると、ユイナも同じように眉をひそめて耳を澄ませた。


「……」

 ユイナもその感覚に気付いて立ち上がる。


「何? 森の民?」

 スーシェルが剣を持ったのに気付いたメルが小声で聞いた。

 幾ら、モアミが多くの異獣を追い払ったとは言え、それで諦める森の民とは思えない。例え、異獣の被害がとんでもないものだとしても……。

 ふたりの只ならぬ様子を感じて、メルも立ち上がった。


 ひとり、モアミは三人の動きに注意を払う事無く、只スケープに寄り添っている。

 スケープの体は既に硬直しており、体中を覆った血は固まり、体毛は弾力を失っている。血の臭いが家中に充満しているが、その臭いで異獣を呼び寄せてはならない為、窓は締め切ったままだった。

 それでも、モアミはスケープにしっかりと抱き付いてひと時も離れようとしない。

 まるで、強い血の臭いと死臭をも全て受け止めるかのように体をスケープに預けている。


 スーシェルとユイナは、互いに目で合図をすると、物音を立てずに入口の戸の側に移動した。

 剣を手に取り、外の様子を確認する。


 ユイナは、スーシェルの動きから目を離さない。

 こういう時のスーシェルの感覚は信頼出来る。三人の中では最も鋭敏で冷静だ。


 そのスーシェルに対して、ユイナが無言で確認すると、スーシェルは困惑顔で首をひねった。


 それを見て、ユイナは怪訝な表情をした。

 スーシェルでさえも悩ませる程、実体が見えない存在があるだろうか。


 スーシェルは、扉に頭をこすり付けるようにしながら外を『見る』。

 外から感じる感覚は、いつもの森の民や異獣のそれとは異なっている。かと言って、只の野生動物が迷い込んでいるというものでも無さそうだ。

 第一、小屋の羊達が騒いでいない。草食動物も感覚が鋭い。異獣や狼等の肉食獣が近付くと、必ず騒ぎ立てるものだ。


 それをユイナも感じているのだろう。珍しく不安気な様子でスーシェルを見た。

 例え、体調が戻っていたとしても、再び大量の異獣を相手にするとなると不安が拭えない。ひと晩全力で戦った後だ。もし、自分とモアミが満足に戦えなかったら、今度はスーシェルひとりが相手をしなければならない。スーシェルの戦闘力に疑いは無いが、メルを守りながらの戦いとなると勝手が違う。

 モアミの時のように相手に集中出来る状況では無いのだ。


 スーシェルは、そんなユイナを笑顔で見返した。

 ユイナは、いつもスーシェルの笑顔に救われて来た。

 どんなに辛い時でも、スーシェルは笑顔を絶やさず、みんなを支えて来た。いつも気を張り詰め気味なユイナにとって、スーシェルの笑顔は冷えた心を溶かしてくれる温もりだった。

 ユイナが、準備完了と軽く頷くと、スーシェルは、指で『自分は右、ユイナは左』と指示を送る。


 ユイナももう一度頷いて、剣を握り直す。


 次の瞬間、スーシェルが戸を開けて先に出た。

 間髪入れずにその後をユイナが走り出て行く。

 ふたりは剣を両手に構え、油断無く周囲を見回した。月明かりで全く見通せない事は無いが、見落としが無いように隈なく確認する。


 樹々の梢が風に揺れ、雨水を地面に落とす。

 嵐に吹き飛ばされた葉がかき鳴らす音が耳に震える。

 何かを探すには不利な状況だが、スーシェルとユイナの感覚には、何も届かなかった。


「……誰もいないわね」

 スーシェルが呟くが、ふたりは気を緩める事無く警戒を続けた。


「あの感覚は何だったのかしら」

 ユイナも拍子抜けしたように言う。


「どちらにしても、普通では無い雰囲気だったわ。気を付けましょう」

 スーシェルは、ユイナを見ずに警戒を続ける。


「ええ……」


「ユイちゃん。先に入って……」

 スーシェルは、家に入るようにユイナを促した。


「きゃー!」

 その時だった。ふたりの耳にメルの叫び声が聞こえて来た。


「メル!」

 スーシェルが一歩早く家に飛び込むと、メルが床に倒れ、その向こうに背の低い老人のような森の民が立っているのが見えた。


「この野郎!」

 今、気付いたのか、モアミがその森の民に飛び掛かろうとしていた。


「モアちゃん、待ってっ」

 スーシェルは、辛うじてモアミを後ろから掴まえた。


「だって、あいつがメルをっ」

 モアミがスーシェルの手を振りほどこうとする。


 ユイナも剣を構えて斬りかかろうとしていたが、スーシェルを見て躊躇した。


「駄目よっ。あれは、魔術師だわっ」


 その言葉にユイナもモアミも驚いた。


「魔術師?」

 ユイナが剣を構えながら聞き直す。


「そうよ。下手に近付いたら、何をされるか分からないわよ」

 スーシェルは、大人しくなったモアミを放して、魔術師に相対した。

 モアミをその場に座らせ、ユイナは片手で制していた。

 油断してはいけない。隙を見せてしまえば、いつ術を掛けられるか分からない。

 かと言って、魔術師相手に戦った事が無い為にそのかわし方も知らないのだが……。

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