追跡 その3
シロリオは、驚きの余り、二、三歩後ずさった。
「初めてお目にかかります」
相手は、シロリオに頭を下げた。
穏やかだが意思の強さを感じさせる男性の声。
森の民に慣れていないシロリオは、返事が出来ずに見詰めるばかりだった。
森の民は、透き通るような手を差し出して握手をして来た。
思わず身を引いてしまったが拒否する事も出来ず、シロリオはおずおずと手を差し出した。
森の民は、微笑を湛えながら、大きな手でシロリオの手を包むように掴んだ。
滑らかで、少し冷たさを感じる。
白い手には、緑色の筋が何本か重なり合いながら伸びている。これが人間でいう血管であり、血の色である。
人間で言えば、見た目三十歳程だろうか。
森の民の寿命は、基本的に人間の倍はあると言われているので、実際はまだ上だろう。
森の民は、前かがみになってシロリオと目を合わせている。
こちらも緑がかった瞳をしており、凹凸の少ない顔の数少ない特徴のひとつになっている。
長い髪の毛がひと房顔にかかっている。こちらもやや緑がかって、しかも所々赤や黄色に反射している。
森の民の髪の毛は艶があり、含まれている色素によって様々な色に細かく光り輝くのだ。
その髪の毛を長く伸ばし、男女共に編み込んだり、花や色鮮やかな髪留めで飾ったりしている。
この森の民は、背中まで届く豊かな黒髪を簡単に後ろで束ねている。その髪を束ねているのが、まだ緑の瑞々しさを保っている繊維状の植物の茎だった。
植物の茎を葉だけ取り除き、一メタル程の長いまま髪をまとめ、残りの茎は切り取らず、ぶら下がるままにしている。
シロリオの鼻にその植物の青臭い臭いが届く。
森の民は、深い森の中を、目や耳だけで無く動物のように鼻を効かせながら移動するという。
こんなに臭いの強いものを身に付けていて、鼻が使えるのだろうか。
シロリオは、単純にそんな疑問を抱いた。
「こちらは、フォントーレス殿だ。これから、お前の捜査に協力してもらう事になっておる」
セーブリーの言葉にシロリオは戸惑いを隠せなかった。
捜査に協力……。
シロリオは、落ち着かずセーブリーとフォントーレスの顔を交互に見るばかりだった。
どうして、森の民がここにいるのか。どうして、森の民が捜査に加わるのか。
シロリオは混乱が収まらなかった。
そんなシロリオの表情に気付いたフォントーレスがセーブリーを片手で制しながら言った。
「まあまあ、突然言われてもシロリオ殿も困惑するだけでしょう」
言いながら、フォントーレスは、シロリオに向いた。
「何故、ここに、私がいるのか。まずは、それから理解して頂かないと始まらないでしょう。そうすれば、私がここにいる理由、我々が捜査に協力する意味も分かって頂けます」
「このわしにそのような時間は無いのだがな……」
フォントーレスに言われて、セーブリーは渋々ながらも自分の椅子に戻った。
「いいだろう」
セーブリーに促されると、フォントーレスはシロリオに向き直り、手近の椅子を勧めた。
「多少、複雑な話になります。どうぞ楽にして下さい」