雨中の戦い その10
全身を自らの血で覆われ、歩くのがやっとの状況だった。
スケープは、よたよたと斜面をふら付きながら、ゆっくりと下りている。
視界は薄ぼんやりと不明瞭で、周囲に注意を向ける余裕は無い。
大きな口は半開きで、長い舌が力無さげにぶら下がっている。
体から飛び出た弓が樹々に引っ掛かる度に激痛が走り、足を止めざるを得ない。
それでも、スケープは歩みを止めなかった。
再びモアミに会う為、その一心で動き続けていたのである。
もし、倒れてしまったら、二度と起き上がれないかもしれない。その恐れがある。
歩くのもやっとという状態。
正直、動くのは辛い。だが、止まる訳にはいかない。
スケープにとって、モアミは安らぎを与えてくれる存在であった。
楽しい時も苦しい時も常に側に寄り添ってくれた。
スケープが体調を崩した時は、誰よりも最初に気付いてくれて四六時中看病に当たってくれた。
スケープが元気な時は、誰よりも嬉しそうにしてくれた。
早くモアミに会いたかった。
いつものモアミの元気な顔を見たかった。そうすれば、この痛みもどうにかしてくれるかもしれない。
鬱蒼とした森を通り抜けていた時の事だった。
隠れの泉の近くに差し掛かっていた。
喉が乾き切っていたスケープは、泉に足を向けていた。
水を飲めば、少しは体力も戻るかもしれない。
スケープは、我慢しながら藪を掻き分け、泉に辿り着いた。
雨も止んで、泉の水面はいつもの静けさを取り戻していた。
風に舞い散った木の葉がそこかしこで揺れている。
月の光が水面を照らし、眩いばかりの反射光がスケープを襲った。
スケープの体から滴り落ちる血の量は、スケープの歩いた後に赤い筋のような線を残している。
スケープから流れ出た血は確実にスケープの体力を奪い、四本の脚では体を支え切れなくなっている。
泉の縁に着くと、スケープはたまらず腹這いになり、夢中で水を飲み始めた。
スケープが水を飲み終えた時には、既に起き上がる力も残っていなかった。
スケープは、何とか脚に力を入れて動こうとするが、一度地面に伏した体は全く言う事を聞いてくれない。
スケープは顔を垂れ、「ヒュー、ヒュー」と苦し気な呼吸をし始めていた。
意識も白濁し、自分が何をしているのかさえも朧げになっていた。
今にも意識が遠退きそうになる中、只、モアミへの思いだけが自らを奮い立たせていた。
頭ではこのままではいけないと分かっている。
それでも、スケープは気付かない内に頭も地面に落としていた。
視界が曇り、頭も混乱している為、自分がどういう体勢になっているかも気付いていない。
顔をくすぐる草の葉が心地良い。
その時、スーシェルの鼻にモアミの微かな匂いが漂って来た。
空気の流れに乗って、モアミの甘い匂いがスケープを一瞬正気付かせた。
その匂いがする方へ長い鼻を向ける。
すると、鼻先にいつもの心地良い匂いが密着した。
モアミが側にいるのだろうか。
すっかり、目が見えなくなったスケープは、必死で五体を動かし、モアミに訴えかけた。
早く首筋に頬ずりして欲しい、優しく体を撫でて欲しい、いつものように元気良く名前を呼んで欲しい……。
「クゥー……」
スケープは見えないモアミに対して、おねだりの声を上げていた。