雨中の戦い その9
不自然に盛り上がった小山が出来ていた。
それは、異獣の死体で作り上げられた山だった。
ひとつひとつの巨体の中には、まだ息をしているものもいたが、抵抗する力は失われていた。
ようやく、雨は上がり、厚く垂れ込めていた黒雲は、風に流されて星の背景を覗かせている。
その雲の切れ間から差し込んで来た月の光が辺りをぼんやりと照らし出すと、小山の頂上でのっそりと動く影を明らかにした。
その影は、自分に圧し掛かっていた狼獣を一頭押し退けながら、重たい体をゆっくりと持ち上げた。
頭から足の先まで、大量の異獣の血を体に浴びたモアミは、片手に折れた剣を下げたまま冷たい視線を離れて立ち尽くす森の民に投げ掛けた。
「これで全部かしら? やっとあんたの番が来たようね」
フォントーレスは、竜の子の恐ろしさを身に染みて感じていた。
百頭の異獣を失った言い訳も、百頭の異獣を提供してくれた仲間への反省も、命を失った百頭の異獣への謝辞も頭に無かった。全てが吹き飛ばされていた。
只々、竜の子の破格の力に対する恐怖しか覚えてなかった。
モアミは、表情を変えずにいるフォントーレスに向かって折れた剣を突き付けた。
「時間が掛かったけどね。高みの見物の時間ももうお終いだよ」
モアミは、激しく息を喘がせながら話している。
「可愛いワンちゃん達には死なせておいて、自分はこのまま逃げるなんて無いよね。今日、今夜、この場所であたしの命を奪うつもりで来たんでしょ? 残念ながら、あたしはまだここに立っているわよ。まだこの……剣というか、剣だったものを振り回す力は残っているからね。安心して掛かって来なさい。……さあ、ほら。どうした?」
フォントーレスは、ここに来て唇を噛み締め、モアミを睨み付けた。
「そんなに怖い顔しても、睨んだだけではあたしは死なないよ」
そう言って、モアミは歯の間に引っ掛かっていた異獣の皮を口から吐き出した。
「さすがに百頭相手にすると疲れたけどね、戦いながらたっぷりと血を頂いたから、お腹ははち切れそうよ」
モアミは、片手で軽く腹を叩いて見せた。
「体を動かしながら、ご飯を食べれるなんて、便利な体だわ」
「……化け物め」
フォントーレスが吐き出すように呟いた。
「あ? 何て言った?」
完全に聞こえた筈なのに、モアミはわざと耳に手を添えた。
「もう一度言ってくれないかなー」
モアミは、足元にまとわり付く異獣の死体を蹴り出した。
疲労が溜まり、油断すると体がふら付きそうになる。気力を張り続けるだけでも大変だが、相手に弱みは見せられない。
フォントーレスは、両手を握り締め、感情を押し殺しながら言う。
「お前達は、この世界にいてはならない存在なのだ。それが分からないのかっ」
モアミは、目を細めてフォントーレスを見下ろしている。
「分からないよ。大体、そんな事言われてもあたしはここにいるんだからね。あたしがここにいるという事は、別にこの世界にいてもいいという事でしょ?」
「違う! お前達は、誤って生み出された存在だ。その証拠が、常識外れのその力なのだ。いいか、この世界は、竜族を頂点に構成されている。竜族は、この世界を支配する傘だ。その下で、我々森の民が竜族を守り、汚れた人間を近寄せない調整役になっている。決して、人間が我々を超える事は無いし、そんな事は有り得ない。例え竜の血を貰っているとはいえ、お前達は人間でもあるのだ。決して、我々を越えてはいけないのだっ」
モアミは、フォントーレスに呆れた表情を見せた。
「言っとくけどね。その人間達に押されて森に引きこもってしまっているのが今のあんた達なんじゃないの? 何が調整役よ。今は、あたし達を追い掛けるのもシェザールの目を避けなければいけないじゃない。それに、あたしはここにいる。あたしがここにいる事が、あたしがこの世界のひとりだっていう証拠じゃない。いい? この世界以外、他の世界は無いのよ。この世界を司るのが竜族だって言うのは理解してあげるけど、あたしがここにいる限り、あたしはこの世界の住人なのよ」
「ふ……」フォントーレスは、少し俯くと溜め息をついた。「これだけは、教えてやろう」
「あ?」
フォントーレスの態度の変化にモアミは眉をひそめた。
「世界は、ひとつでは無い」
「……何言ってんの?」
「この世には、お前達が知らない世界があるのだ」
「寝ぼけてる?」
モアミは、怪訝な表情で首を傾げた。
「ふふ……」
フォントーレスは、モアミを見上げて笑みを見せた。笑みとは言っても、自分の思い通りにならない自虐的な感情が表に出たものだった。
「我々がお前達を始末出来無い時は、その別の世界の力を使う事になっているのだよ」
「は?」
「だから、お前達はここで死ななければならなかったのだ。でないと、お前達を殺すのには、この世界の生き物では不可能だという事になってしまう」
フォントーレスの表情はいつしか苦し気なものになっていた。
「よく分からないね。何なのさ」
「だから、お前達は最早この世界の生き物では殺せない事が明らかになってしまったのだっ」フォントーレスは、苦々しげにモアミを睨み付けた。「もう終わりなのだよ……。この世界は崩壊してしまうのだ。魔の生き物達によって踏みしだかれてしまうのだよ……」
「魔の生き物……?」
「そう。もう我々の手を離れてしまったのだよ……」




