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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 追跡
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追跡 その2

 シロリオは、責任者として今夜の追跡劇を監督していた。


 このトラ=イハイムに、森の民はおろか、異獣までもが入城を許され、さらには街の中、快速を飛ばして走り回っているのである。

 前代未聞の状況である。これを見られたら、街の住民にいらぬ恐怖感を与えてしまい、大騒動に発展しかねない。


 その為、シロリオは国王警備隊の責任として、森の民らの街中での行動を指揮監督する役目を負わされていた。


 正直、荷が重い。

 もし、これで森の民は無いとしても、異獣の暴走で住民に被害が出てしまったら、シロリオひとりの罪では済まされない。

 自分を推してくれた公爵にも責任が及んでしまう。


 シロリオも副長の地位が困難なものになると覚悟はしていたが、まさかこのような事態にになるとは思ってもいなかった。



 森の民から、ロクルーティ公爵に話が来たのが数日前の事だという。


 当時、王宮では、ひとつの事件が話題に上がっていた。

 ある夜、内城壁のすぐ内側の路上で、クオーキー伯爵が死体となって発見されたのだ。


 この件は、貴族層に衝撃を与えた。

 クオーキー伯爵は、名将とは言い難かったが、常に前線に立つ猛将として活躍した。

 相手がレフルスだろうと、森の民だろうと、異獣だろうと臆する事無く部下の尻を叩き、自ら剣を振り回す姿は、『シェザールの虎』と呼ばれる程勇猛だった。

 聖剣戦争でのその活躍振りに、シェザールの兵士はもちろんの事、庶民に至るまで人気は高く、次の大将軍の座は間違い無いと目されていた程の重要人物だった。


 そのクオーキー伯爵が路上で亡くなっていたのである。しかも、供の者を連れず。

 自然死で無いのは明らかだった。


 この事件は、本来ならば第二区を管轄する王都警備隊に任されるものだった。


 しかし、何故か直接国王警備隊に犯人捜索の命令が下された。


 誰もが「押し付けられた」と思ったのは当然である。

 事が事だけに、簡単には解決しない案件だという事は誰の目にも明らかだった。

 第二区の中で起こった事件だけに下層民や他民族のものによる犯罪だというのは難しい。

 第二区に通じる城門は夜には閉鎖される上、昼夜分かたず警備隊が見回っている為、不審者がいたとしたら逃げ場は無い。

 となると、身を隠せる場所を提供してくれる誰かの存在が必要となる。

 それが出来るのは、第二区に住んでいる大商人か上級貴族くらいしか思い当たらない。

 そうなると、様々な妨害が予測される。


 解決には困難が付きまとうだろう事は予想がついた。


 王都警備隊は、国王警備隊とは違って、上級貴族の子弟が勤めている。

 もしかしたら、犯罪者をかばう可能性がある。あるいは、手心を加えるかもしれない。


 あまり、関係が無さそうな国王警備隊に回されるのは、シロリオも理解出来た。

 だが、命令を受けたシロリオは心中穏やかならなかった。

 もし、上級貴族が絡んでいるとしたら、かえって貴族でも無い自分に何が出来ようか。

 まだ、若造で何の足掛かりも無い自分に何が出来るのか。

 それを考えた上での命令なのか。


 この命令には、余計な仕事が増えてしまう警備隊の面々も憤りを隠せなかった。


 取り敢えず、何もしない訳にはいかない。

 シロリオは、事件の捜索を始めようと思ったが、最初からつまづいてしまい頭を悩ませていた。

 殺害されたクオーキー伯爵の死体が埋葬されて、被害状況の確認が取れなかったのだ。


 シロリオとしては、クオーキー伯爵の死体を自分の目で調べて死因を確定したかったのだが、命令を受けた時点で既に葬儀は済んでしまっていた。

 また、死体を医者に見せずに正式な死亡診断をしてなかった為に、はっきりとした死因が分からなかったのだ。


 どうして、そんな手抜かりが行われてしまったのか。

 シロリオは、呆れるやら腹立たしいやらで半分投げやりになっていた。


 そんな時にロクルーティ公爵から呼び出しを受けたのだ。


 恐らく今回の事件の事だな、とは感じていた。

 今度は、どんな無理を言って来るのやら。

 シロリオは、浮かない気持ちで公爵家に向かっていた。


 国王警備隊の副長になってからは、公爵家を出て第三区にある警備隊の本部で寝泊まりをしている。

 その間、公爵家を訪ねた事は数回しか無く、公爵の人々からはほぼ忘れ去られた状態になっていた。

 元々、居候の身であったのだ。居心地が良かった事は一度も無かった。

 余計な人間がいなくなって、公爵家もせいせいしているのでは無いか。あるいは、元から相手にもされてなかった為、何も変わらないか。


 夜遅い事もあってか、久し振りの公爵邸は昼間以上の威圧感を醸し出していた。

 貴族邸が並ぶ第二区とはいえ、限られた区画を分け合っている為、それ程大邸宅が並んでいるとはいえない。

 ただ、それでも公爵邸は周囲の屋敷よりも広い敷地を占めている。

 当然だ。ロクルーティ家は、前マイハン王朝の流れを汲む家柄を誇り、現ローゼンバル王家が途絶えると、王位継承権を受け継ぐ聖なる血筋を保持している。

 それにしても、贅を尽くした豪壮な造りを見せている。


 そのロクルーティ公爵と戦場で肩を並べていた程だから、当時のシロリオの父の権威、推して計るべしである。


 中に入ると、シロリオは公爵の執務室に通された。

 邸宅の一番奥にあり、公爵は一日のほとんどをそこで過ごしている。


 シロリオは、驚いていた。

 その部屋は、公爵の息子達でさえ近付かせなかった程の場所で、シロリオはもちろん今まで一度も入った事が無い。

 シロリオは、公爵がよくこの部屋に籠っていた事を覚えている。余程の大切な客人でないと足を踏み入れさせなかった。


 廊下を進むにつれて、全体的に重々しい感覚がのしかかって来たのは、その記憶が精神的に影響しているのか。


 以前は、建築材が剥き出しの状態だったが、今では、床一面に絨毯が敷き詰められ、所々にフィリア風の優美な彫刻や家具が置かれ、雰囲気を一変させている。


 突き当たりの小さな窓から見えるのは暗黒の闇。

 すでに陽は落ち、今夜は月も厚い雲に隠されている。

 その様が今の精神状態と妙に似合って、さらに気持ちをえさせる。


 シロリオの前を進む執事のオーウェンは、心なしか以前よりも小さく感じられた。

 それ程自分が成長したのかもしれない。そう言えば、前回訪れた時よりも白髪も増えているような。

 自分にとっては辛い思い出しか無い子供時代だったが、寡黙で実直なオーウェンは、自分にも常に礼儀正しく接してくれていた。

 親しく話した事は無かったが、オーウェンが側にいると、少し不安が軽くなった事を覚えている。


 オーウェンは、重厚な造りの扉の前まで案内すると、シロリオに軽く一礼して下がって行った。


 シロリオが扉を軽く叩くと、中からくぐもった声で返事が聞こえた。

 きしむ音を響かせながら重い扉を開けて入ると、そこには、セーブリー=ロクルーティ公爵が大きな樫の机に座り込んでいた。

 机はまだ真新しく、細部に渡ってフィリア風の柔らかな彫刻が施されている。

 良く見ると机だけでは無い。部屋に置かれている家具や置物の大半が新しく購入された高そうな品ばかりだった。


 シロリオがこの邸宅で住んでいた時は、全く目にしなかったものばかり。

 廊下を見てもそうだが、かなり金を注ぎ込んでいる事が明らかだ。

 まだ、街の再建も途中なのに、このような贅沢な事に意識を向けているとは。

 公爵が自分勝手な性格をしているのは分かっていた事だが、こうもあからさまだと軽蔑さえ覚える。

 シロリオは、日頃から目にしているシェザールの民の苦しい生活状況を思い、辛い気持ちになった。


「お呼びでしょうか」

 シロリオは、自分の気持ちを悟られないように表情を隠していた。


「うむ。よく来てくれた」

 セーブリーは、机に両手をつくとゆっくりと立ち上がった。

 よわい五十を過ぎ、長く現役から離れているとはいえ、かつて愛馬を駆っていた頃の引き締まった体型は既に見る影も無い。


 トラ=イハイムを奪還して以来、王都から一歩も出る事の無い生活をして来たツケがだらしない腹部に現われている。

 武威の人と呼ばれ、部下を厳しく指導する事、つとに有名だったが、シロリオの父親とは違い、常に後方での指揮に終始した。

 本人は、『国王の守護兵』を自任していたが、数回と無く起きた国王危機の折りには、一度も戦闘に参加している所を見られていない。

 厳しく育てた部下は、自分の周囲の警備から手放さず、常に厳重な守りの中に身を置いていた。

 そんな公爵を、シェザールの兵士達は、『かごの鳥将軍』と揶揄やゆしていた。


 シロリオの父親と仲が良かったというのも、有名な将軍の名を借りて、自らの本性を隠そうとしていたのではないか、という噂もある。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 セーブリーは、深い皺に刻まれた笑顔を見せながら、親密に話し掛けた。


「はい。おかげさまで」

 かつて、そのような態度を見せられた事が無かった為、シロリオは内心驚いていた。

「公爵様もお変わり無く……」と頭を下げる。


 シロリオが頭を下げたまま常套句を並べると、セーブリーは、片手で腹をさすり、口をねじ曲げながら自嘲気味に言った。

「はっはっは。ここは日に日に変わっているがな」と二度三度太鼓腹を叩く。


 ここは、調子良く突っ込むべきか、それとも一緒に笑うか。

 正解を即答出来る程、シロリオは勘の働く方では無かった。


 困惑気味にシロリオが返答出来ずに頭を下げたままでいると、セーブリーは真顔に戻り、シロリオの背後に視線を向けた。

「実はな、呼んだのは他でも無い」


 その時初めて、シロリオはこの部屋に第三者が存在する事に気付いた。


「紹介しよう」

 頭を上げたシロリオに言うと、セーブリーは片手を上げて奥を示した。


 シロリオもその手に導かれるように後ろを振り向いた。


 全くの不意打ちだった。


 シロリオは口を半ば開けたまま、その目に見えるものを凝視した。

 凝視したというか、その存在から目を離す事が出来無かった。


 有り得ない……。

 シロリオの頭が混乱した。

 この街で、この場所で、この屋敷の中で見てはならないものを見てしまった為だった。

 シロリオの全身が恐怖と恨みと怒りで満ち溢れる。

 腰に掛けた剣に手を置いた所で、公爵の前だからと辛うじて柄に手をやるのを控える。

 シロリオは、突然の事で、一気に心拍数が跳ね上がるのを感じていた。


 振り返ったシロリオの目の前。

 蝋燭ろうそくの灯りが届かない暗がりから二歩三歩と姿を現したのは、シロリオよりも頭ふたつ分は背が高い、紛れも無い森の民の姿だった。

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