雨中の戦い その2
異獣に気付かれないように裏の窓から家を出たユイナとモアミは、音も立てずに森の中に入り込むと、静かに異獣の群れに近付いて行った。
そのふたりの後ろに、スケープが忍び足でついて来る。
竜の血を受け継いでいるだけあって、多少の暗闇でもユイナとモアミは困る事は無い。
この夜は雲が多く、月の光も断続的にしか地上まで届かないが、その状況でもふたりは異獣の数と場所を的確に把握していた。
ユイナは手近の木に背を預けると、モアミに向かって手招きをした。
「あいつらを家から引き離すわ。『広場』まで誘導するわよ」
モアミは頷いた。
『広場』とは、山頂近くにある開けた場所の事だ。
登り口以外は崖に囲まれていて、岩肌剥き出しの草地が広がって見通しが良い。
ユイナは、相手の全体像を把握し易く、足元が確かなそこが自分達にとって有利な場所だと判断したのだ。
モアミの反応と同時にユイナは飛び出した。
異獣の群れの真ん中を突っ切って、山に向かう。
モアミとスケープも異獣達が動き出す前にユイナの後を追った。
あまりの素早さに異獣達もすぐに反応出来無かったが、追い掛け始めると早かった。
後ろから異獣の足音が感じられる。重々しく地面を蹴り上げる振動が響く。異獣とは思えない荒々しさだ。
その数は五頭や十頭どころでは無かった。樹々に隠れて姿は見えないが、多くの異獣がふたりを狙って併走している。
木の枝を振り払う音、草木を踏み締める音、闇夜に響く唸り声。なりふり構わない追跡。
モアミは、走りながら闇の向こうから届く刃のように鋭い殺気を全身に浴びていた。
普通の反応では無い。やはり、自分達の存在が森の民に気付かれていたのだ。
モアミは、先を走るユイナの背中を見た。ユイナも同じように気付いている筈だ。
モアミは、戦いたい欲求を押さえながら走っていた。逃げるのは、モアミの性に合わない。今ここで立ち止まって、追って来る異獣を全部相手にしてもいい。
しかし、それはユイナが許さない。
ユイナは、敵の全体像が分からない内に戦う事を認めないのだ。まずは、相手の実情を把握した上で計画的に戦わないと無駄に体力を消費するか、数の多い異獣達対手に力を使い尽くしてしまいかねない、と。
異獣達も今はまだユイナとモアミに手を出す様子は無い。体勢を整えてからふたりを襲うつもりだ。
ユイナはそれが分かっているのか、異獣に気を取られる事無く、一直線に山頂に向かっていた。無防備に背中を見せながら、警戒せずにひたすら走り抜く。自分達の有利な状況を冷静に選び取る思考力と相手の思惑をも見抜く判断力が際立っている。
モアミは、そんなユイナの姿を追い掛けながら、何故か微笑んでいた。
ユイナと自分が力を合わせれば、どんな相手にも負ける事は無い。そんな自信が身の内から溢れて来るのを感じていた。
ユイナとモアミ、スケープ、そして異獣達をもってすれば、山頂まで駆け上がるのは造作も無い山である。
やがて、樹々の背が低くなり、密集度合いも薄くなり、そして、雲間から差し込む月光に照らし出された広場が彼女達を迎え入れた。




