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死妃の娘  作者: はかはか
第二章 雨中の戦い
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雨中の戦い その1

「眠れないの?」


 夜中、みんなが寝静まった後、スーシェルは食卓でひとり髪飾りを手に座っていた。

 窓から月明かりが入り、近付くメルの姿を露わにしている。


「うん。ちょっとね……」

 スーシェルは、メルを見上げた。

「これ、ありがとう。とても素敵だわ」

 スーシェルが髪飾りを眺めながら言う。

「私、こんなの貰えるなんて思ってなかったから、嬉しくて眠れなくて……」


「あらあら」

 メルもスーシェルの前の椅子に腰掛けた。

「そんなに喜んでくれるなんて、私の方が嬉しいわ」


 やっぱり、スーシェルも普通の女の子と同じなんだ。メルは、ある意味安心した。

 ユイナとモアミの前では、いつもお姉さんとして意識している為か、自分から欲求を表に出すような事は滅多にしないスーシェルである。そんなに気に入ってくれるとは思っていなかった。


「だって……。いつも追い掛けられてばかりで、こういうのに気を留めるなんてなかったからね」


「いつも、スーちゃんには助けられているからね」

 メルは、スーシェルの手を優しく叩いた。


 殺伐とした生活の中でも、三人は出来るだけ楽しく生きて行こうと前向きにいてくれている。それは、スーシェルの気遣いによるものが大きい。ともすれば、感情の起伏が大きいモアミは分かるとして、冷静で落ち着いているユイナも深く心を塞ぐ事がある。そんな時、必ずと言って良い程、スーシェルがふたりの話し相手になってくれている。

 スーシェルが三人の雰囲気を良い具合に保ってくれている為、先の見えない四人の生活を楽しい感じに持って行く事が出来ているのだ。


「そんな事……。私の方がみんなに助けられているのに……」

 スーシェルとしては、三人の中で一番自分がお荷物だと思っていた。

 ユイナ程、みんなを導いていない。

 モアミ程、みんなを守っていない。

 メル程、みんなを支えていない。

 みんなの後ろについて足手纏あしでまといになっているだけ。


「いいえ、みんなスーちゃんには感謝しているわよ。スーちゃんがそれに気付いてないだけ。心配する事無いわよ」

 メルは、スーシェルに優しく微笑んだ。


「ありがとう……」

 スーシェルも同じくにこやかに微笑んだ。


 そこへ、ユイナが足音を忍ばせながら顔を覗かせた。


「あ、ごめんなさい。起こしちゃったかしら?」


 メルが腰を浮かしながら言うと、ユイナは真剣な表情で首を振った。

「聞こえない?」

 と、人差し指を口の前に立てながら言う。


 言われて耳を澄ませたスーシェルがすぐに気付いた。

「狼?」


「そうだと良いんだけど……」

 ユイナは、眉をひそめながらその場を離れた。


 家の戸に向かったユイナの後をスーシェルとメルが追う。


 スーシェルとユイナなら、人間の耳には聞こえない音や振動も感じて、外の様子を窺い知る事が出来る。


「大きな体の動物が向こうの林をうろついているわ」

 戸の側でしゃがみ込むスーシェルがメルに囁いた。


「異獣なの?」


 メルの言葉でユイナがスーシェルを見た。


「そうみたい」

 ユイナの代わりにスーシェルがメルに囁く。


「ああ、ごめんなさい。こんな事になるとは……」

 メルが深刻な表情で頭を抱えた。昼間の行商人がこんな事態を引き起こすとは。


「でも、ほんの数頭よ。単に迷い込んで来ただけなのかもしれない」

 スーシェルがメルを慰めながら言った。


 確かに、異獣がここにいる理由が分からない。昼間の行商人とは無関係なのかもしれないのだ。

 しかし、最悪の状況を覚悟するのが四人の鉄則になっていた。状況を楽観的に考えてしまうと、万一の際には対処出来無い。


「モアを起こしてくる」

 ユイナが音を立てずに寝室に向かった。


「このまま、どこかに逃げましょうか?」


 メルがスーシェルに聞いたが、スーシェルは首を振った。

「今は駄目。夜の間は向こうが有利だわ。ここは、家の中で朝まで待った方がいいわ」


「でも、襲って来たら、こんな家、ひとたまりも無いわよ」


「外よりもマシよ。家の中なら、異獣の動きが鈍るわ」

 スーシェルは、そう自分にも言い聞かせていた。メルを守りながらでも、相手が数頭ならまだ戦える。

 十頭以上ならば難しいが。その時は、メルを背負って逃げるか? それも難しい。異獣相手にひと晩戦い抜かなくてはならないのだ。第一、メルの体力が持たない。

 まずは、メルの安全を考えるのが先だ。


 ユイナも同じ事を考えていたのだろう。

 モアミを連れて戻って来ると、「私とモアであいつらを誘い出すわ」と言った。

「本当に異獣が数頭だけならいいけど、森の民が指揮を執っているなら、そいつを家から離さないと。スーちゃんは、ここでメルを守って上げて」


「わあ、ほんとだ。奴らがうようよいる」

 外の状況を感じ取って、モアミが嬉しそうに言った。


「モア。遊びじゃ無いのよ」


 ユイナが注意しても、モアミは笑顔を消さない。

「早く行こうよ。最近、こういう事が無いから体がなまっちゃって……」


 そう言うモアミにスーシェルは呆れた。しかし、ふたりなら、信頼出来る。

 ユイナとモアミのふたりなら息もぴったり合う。こういう突発的な時は、その方が良い。

「分かったわ。でも、無理しないでね。いざという時は私もいるんだからね」

 スーシェルは、ユイナに確かめるように言った。

 ユイナとモアミなら多少の無理はしてでも、スーシェルの負担を避けようとするのが予想出来る。

 しかし、異獣の群れを相手にしたら、無事で済む筈が無い。相手が少数である事を祈るだけだ。


 剣を腰に差しながら、ユイナはスーシェルに頷いた。


 モアミは、鼻歌を歌いながら両腰に剣を二本差した。

「ほら。こっちおいで」

と、スケープを側に招き寄せる。


 生まれた時から逃亡と潜伏と戦いの連続だった。

 性格的に大人しくしていられないモアミは、戦いを待ち焦がれる少女に育っていた。

 剣の二本差しもモアミの好みだ。攻め寄せる異獣達を斬り倒すには一本よりも二本が効率が良いし、見た目も格好良いしという事で使っている。


「スケープ連れて行くの? 大丈夫?」

 スーシェルがモアミに聞いた。

 スケープをつれて異獣とまともに戦うのは今回が初めてでは無いが、今まではスケープもまだ子供だった為、戦わせなかっただけだ。

 スケープは、普通の単なる異獣なだけに、スーシェル達のようにはいかない。


「大丈夫よ。スケープとあたしは一心同体なんだから。簡単にはやられないわ」


 モアミが自信持って言うのを見ながらも、スーシェルは心配だった。


「スーねえ。私もいるから」

 モアミは、こうと決めたらなかなか言う事を聞かない。今は時間が惜しい。ユイナは、スーシェルに目配せした。


「モアちゃん。本当に無茶は駄目よ」

 嫌な予感がするスーシェルは、モアミの肩に手を置きながら言った。


 それに対して、モアミは満面の笑顔を見せるばかりだった。

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