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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 知られずの四人
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知られずの四人 その16

「ほんとですよ。後悔する人はいないんですよ」

 その声は、薄暗い洞窟の中で寒々と響くだけだった。

「ほんとなのに……」


 体全体をきらびやかな装飾品で覆い、足元にまで届く長い髪を引きずった背の低い森の民が低い声で呟いている。

 まだ若い男の筈だが、既に腰は曲がり、老人のように深い皺を顔に刻み、思慮深い表情を表に張り付けている。


 その森の民は、洞窟の壁に向かって思考を飛ばしていた。

 心を解き放ち、深い思索の奥に強く引き込まれそうな大いなる力の源泉が沈んでいる。

 その大いなる力を利用して、空間を超えて意識を飛ばしているのだ。


 今、迷い道の村にいる行商人は、この森の民に操られていた。

 行商人が見た風景は、全てこの森の民の脳裏に刻まれ、行商人が話した事は、全てこの森の民が話した事だった。

 数少ない森の民の魔術師が身に付けた技の内のひとつ。

 森の民では呪術師が普通で、魔術師は少ない。

 自然の力と一体化する呪術と異なり、魔術は他者への働きかけを主とする。そういう他人へ影響を及ぼす技に対する抵抗が森の民に根強いのだ。


「もう、いい」

 心臓に突き刺さるように響く声だった。


 後ろから遮られて、魔術師が振り向く。


「それで? フォンカイナグ。その女は、死妃の娘なのか?」


 フォンカイナグと呼ばれたその魔術師は、声を掛けて来た長老フォンデルラに深々と頭を下げた。

 たったひと言話し掛けられるだけでも恐怖に似た威圧感を感じてしまう。

 森の民の長老ともなれば、身の内に溜め込んだ自然界の気が全身からほとばしり、周囲にいる者を頭の先から足の先まで支配してしまう。

「は。顔を半分覆っている娘ならば、この女はカスケード=ユイナと思われます。また、メルという女が三人の娘と隠れるように住んでいる事自体、ここにシーラー=スーシェルがいる事を物語っているのではないでしょうか」

 その長老の圧力に体は震え、声が落ち着かない。


「よろしい」

 長老フォンデルラは、長身を直立させたまま優雅に身を四分の一回転させて、後ろに控えるフォントーレスを見た。

「では、用意はいいか?」


「はっ」

 フォントーレスは、片膝をついて深く頭を垂れている。

 若手の中でも期待されている英才であるフォントーレスも長老の前では全身が石のように動きを封じられてしまう。


「お前の役目は地固めだ。まずは、死の娘達の力を露わにするがいい」


「畏まりました」

 フォントーレスは、命令を受けるしか出来無い。


「では、行け」


「はっ」

 フォントーレスは、地面すれすれまで頭を下げると、足早に去って行った。


「あの……。また、あの四人を追い回すお積もりですか?」

 魔術師フォンカイナグが長老フォンデルラの後ろから聞いた。

 本来、まともに口を効く事も出来無い相手である。質問をするだけでもかなりの努力が必要になる。


「そうだ。我々フォン一族の全力をもって死の娘を叩く」

 長老フォンデルラは、フォンカイナグを見ずに答えた。

 仕方無く返事をしてやっているのだ、とばかりの対応。


「……お言葉ですが、そのような事をされずとも、もっと簡単に四人を捕まえる方法がありますが……」

 それにも負けずに魔術師フォンデルラは続けた。


「どのような?」

 長老フォンデルラがおもむろに振り向いた。


「メルです。あの女をさらえば、自ずと三人はこちらに向かって来るに違いありません。奴らを森におびき寄せさせすれば、もうこっちのものです」


 フォンカイナグは、自信持って提案したが、長老フォンデルラは、その提案に興味が無さそうだった。

「それでは駄目なのだ」


「は?」


「お前は知らなくていい事だが、それでは我らの森で戦う事になる。それでは、いけないのだ」


「どうしてですか? 異獣を奴らに襲わせてもなかなか仕留められないのはお分かりでしょう? 逆に追い散らされて、またどこかに逃げられてしまいかねません」


 そこで、初めて長老フォンデルラの表情に変化が見えた。

「それは、分かっている」


「は。お分かりで?」


「分かっているのだ。だから、向こうで戦うのだ」


「……」


 長老フォンデルラは、そこで僅かに表情を崩したように見えた。

 まるで、何かを楽しむように……。

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