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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 知られずの四人
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知られずの四人 その15

 隣り村に続く山あいの道を進み、大きな杉の木のたもとから枝分かれしている獣道を林の中に向かう。

 やがて、小さな小川にぶつかる為、その小川沿いの小道を遡った途中の橋を渡る。

 すると、藪に囲まれたささやかな石造りの家が隠されているようにあった。


「ほんとだ……」

 行商人は、石垣を覆うように生える藪の隙間から緑に埋もれる小さな家を見付けた。

 首を左右に振って見るが、人気は無さそうだった。

「さて、入口はどこかいな?」

 行商人は、背中の荷物を背負い直して、敷地に入る入口を探した。

 しかし、その方向は森に阻まれて行き止まりになってしまった。

 それじゃあ、と回れ右をして逆の方向に進んだが、そちらも森に阻まれてしまった。

「どういう事だ?」

 行商人は、再び、今度は慎重に藪を確認しながら歩いた。

 すると、藪の一画に下草が少ない所があった。

 その辺りの地面が踏み固められているのにも気付いた。

 行商人がその部分を掻き分けると、藪で覆われた木戸があるのを見付けた。

「成程……」

 他人が無断で入って来ないように巧妙に隠されている。これでは、何も知らない人では、林の一部だと思って、家がある事に気付かないだろう。

 村では、変わった家族だから、と注意されてきたが、これは本物だな、と行商人は思った。


 ここまで、存在を隠さざるを得ない状況とは何なのだろうか。

 ここに住む四人は、一体どういう人間なんだろうか。

 この生活は、本人達にとって本意なのだろうか。

 各地を移動しているだけに、行商人も多少の変わり者は見て来ている。その中でも、ここに住む四人は、別の意味でも特筆すべき変わり者と言えよう。


 行商人は、藪に手を突っ込み、木戸を持ち上げ、手前に動かした。

 藪の木の枝が手や腕に引っ掛かる。

 藪を取り除いた行商人の目に入って来たのは、家の前に広がる緑鮮やかな草花生え渡るこじんまりとした庭だった。

「ほお」


 庭の隅には井戸があり、その向こうに家畜小屋と柵が緑に埋もれている。

 普通、手入れをしていない敷地は、雑草の海に覆われて見苦しくなるものだが、この家ではわざとしているのか、雑草も秩序立った高さで揃っていて、逆に住む者の美的感覚を感じさせる。

「いや。これはこれは……」

 行商人は、感心しながら一歩足を踏み入れた。


「何しに来たんだい?」


 行商人は、飛び上がらんばかりに驚いてしまった。

 いつの間にか、木戸の側にひとりの女の子が腕組みしながら立っていた。

 さっき藪の隙間から見た時には確かに誰の姿も見なかった筈なのに。


「勝手に人の家に入っていいなんて決まりは聞いた事無いよ」


 随分と不満気な表情を湛え、厳しい言葉を投げ掛けているが、声は透き通っていて耳障りが良い。妙な程頭巾を深く被っているが、輝くばかりの艶やかな黒髪が頭巾の下に見える可愛らしい顔を映えさせている。


「いや、いや。これは申し訳無い」

 行商人は、雰囲気を和らげようと笑顔で頭を掻いた。

「実は、さっき、村でメルさんに会いましてね。娘さん達の話を聞いたので、みなさんにもうちの商品を見て頂きたいと思って伺ったのです」

 満面の笑みに少し高音がかった声。行商人は、少しでも怪しい人間に見せないようにしている。


「メルに……」

 行商人を怪しい盗賊か何かと訝しんでいたユイナは、改めて行商人の格好を見回した。


「はい。そうです。とても綺麗なお嬢さん方がおられるという事で、美しいものには目が無い私としては、是非目の保養にと思いまして、足を運んだ次第です」


 腹の前で両手を揉む仕草。如何にも演劇に出て来そうな商人のお決まりの動作である。

 それよりも、ユイナが気になったのは、行商人の目の動きだった。話している調子と目の動きに同調が見られないのだ。

 明らかにこの男はどこかおかしい。

 ユイナは、そう判断した。

「それは、どうも。でも、今みんな出払っているから、あなたの相手は出来ないんです。どうぞ、お帰り下さい」

 ここは、軽々しく受け入れる訳にはいかない。


「あ、そうですか。それでは、明日はいかがでしょう?」

 行商人は、厚かましく続けた。


「明日も明後日も誰もいません。もう、二度とここには来ないで下さい」


 取り付く島もない。

「でも、他のお嬢さん方は興味持つかもしれませんよね……。ん……、あれ……?」

 行商人も結構足を踏ん張っている筈なのに、何故かこの女の子の押されるままに体が後ろに動いてしまっている。

「あ、あの……。ほら、これを見て下さい。綺麗な刺繍が入った手袋です。こちらは、天下に有名なタリア川の石で作った首飾りですよ……」


「うちは、貧しいのでそんなものを買っている余裕は無いんです。お帰り下さいっ」


 行商人は、何も抵抗出来ず、最後には突き飛ばされるように追い出されてしまった。


「うちの商品は、貴族の方も喜ばれる程の品ばかりなんですよっ」


 行商人が顔を突っ込むようにして庭に向かって叫ぶと、ユイナもその正面に顔を出して来た。

「それなら、貴族に売りつけておいで。言っておくけど、私達の事を他所で喋ったりしたら承知しないからね。覚えておきなさい」

 そう言うと、ユイナは藪が絡んだ重い木戸を軽々と閉めてしまった。


「ほんとですよ。後悔する人はいないんですよ」

 行商人は、木戸に向かって空しく言うだけだった。

「ほんとなのに……」

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