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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 知られずの四人
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知られずの四人 その14

 パオモ山には、幾つかの泉が湧いていた。


 その内のひとつ、『隠れの泉』はその名の通り、崖下の窪地に湧き出す小さな泉だ。周囲を広葉樹や灌木に覆われ人目につかない為、スーシェル達の良い遊び場になっている。


「う~ん。美味しいっ」

 モアミは、直接泉に口をつけて水をがぶ飲みした。

 その横で、スケープも同じように水を飲んでいる。


「出た。似た者同士」

 スーシェルがモアミとスケープの様子を見て笑った。


「言っとくけど、スケープがあたしの真似したんだからね」

 水面から顔を上げたモアミが口から水を滴らせて言う。


「ほらほら。口元拭きなさい」


 スーシェルが注意すると、モアミは懐から布巾を取り出して口を拭いた。

「あ、スケープも口元が濡れているぞ」

 モアミは、そう言うと、水浸みずびたしのスケープの顔を強引に掴んで、持っている布巾で吹きとろうとした。

 しかし、スケープはモアミに両手で顔を掴まれたまま、拭かれる前に顔をブルブルと振り回した。

「あーっ。こら、もおっ」


 異獣の顔はデカい。顔についた水の量も半端じゃない。

 モアミは、スケープを拭く前に水飛沫みずしぶきを浴びて一瞬にして全身水をかぶってしまった。

「やったなー」


 勿論、スケープは、別にわざとした訳では無い。

 モアミは布巾を放り投げると、怒った振りをしてスケープを追いかけ始めた。


「ちょっと、ふたり共走り回らないでよ」

 スーシェルは座り込みながら、手近の花で冠を作っていた。


 この泉も、岩棚と同じようにスーシェル達の憩いの場になっている。

 岩棚で十分日光浴をした後に隠れの泉で涼を取るのが、夏場のスーシェル達の決まりになっていた。


 スケープは、狼獣としては中型の大きさになる。それでも、体長だけで大人の二倍はある。

 子供のモアミの遊び相手としては巨大過ぎるのだが……。

「こらーっ。捕まえたぞ」

 そんなスケープをモアミは容易く捕まえ抑え込む。

 スケープも手加減はしているが、全力で抵抗してもモアミの剛腕には敵わない。

「ほらほら、もう逃げないのか」


 モアミがスケープの首根っこを押さえながら気を良くしていると、スケープは首を振り回してモアミを揺さぶり出した。


「そんな事しても、離さないぞー。いいか、これからあたしの事をすっぽんモアちゃんとお呼び」


 ほんとにいつも遊んでばかりね、と思いながら、スーシェルはモアミとスケープのじゃれ合いを無視して冠作りに精を出している。


 大きな口から舌を出して、楽しんでいるスケープは、モアミを首にくっつけたまま、ゴロゴロと泉に向かって転がり始めた。


「ちょ、ちょっと。スケープ、何するつもり?」


 モアミの慌て声を聞いてスーシェルが顔を上げたのと同時に、泉に大きな水飛沫みずしぶきが上がって、モアミとスケープの姿が見えなくなっていた。

「あら? モアちゃん? スケープ?」

 スーシェルが首を伸ばして泉の方を見ていると、「ぶあっ」という声がして、モアミの手が泉から湧き出て来た。


「もお~、スケープったら……」

 全身ずぶ濡れのモアミが岸に上がりながら、ぼやいている。


「モアちゃん、大丈夫?」

 大丈夫じゃない事は無いのは、百も承知だが、スーシェルはモアミに言ってみた。


「大丈夫、大丈夫。まだ、夏本番じゃないから少し寒いだけ」


 そういうモアミの後ろで、これまた豪雨の如き水を滴らせながらスケープが上がって来た。


「あーあ。服がびしょびしょ。また、ユイちゃんに怒られるな~」

 モアミが地面に置いていた布巾で拭くが、それで追い付くものでは無い。


「本当ね。しばらく、ここで服を干す?」


「乾くかな~」


「そこまで濡れてたら、難しいわね」


「だよね~」

 と、言いながら、モアミは下着姿になって、服を近くの木に掛けた。

「しよーがない。昼寝でもするか」


「ま。呆れた」


 スーシェルが言う間も無く、モアミとスケープは緑の地面に寝転がってしまった。

 やはり、似た者同士。どちらもまるで死んだように全身の緊張を解き、ぶっ倒れている。


 スーシェルは、それを見て笑みを浮かべると、冠作りを続けた。


 泉は元の静けさを取り戻し、風になびく草の音と鳥のさえずりしか聞こえなくなった。

 パオモ山の栄養を含んだかぐわしい水の匂いがスーシェルの鼻をくすぐる。

 時折、泉の魚が水面を跳ねる。

 傍らからは、モアミの規則正しい寝息とスケープの唸り声のようないびきが空気を響かせる。


 しばらくして、突然モアミが身を起こした。

「そうだ」


「ん? どうしたの?」


「ちょっと、用事があったんだ」

 そう言うと、モアミは下着姿のまま走り出して森に入って行った。


「ちょ、ちょっと。服着て行きなさい」


「まだ、濡れてるからいい」

 もう、森の奥に行っているのだろう、遠くからモアミの声が聞こえて来た。

 そのモアミを追って、スケープも森に走り出す。


「もう、慌ただしいわねあの子達は」

 消え去り行くモアミとスケープの足音を聞きながら、スーシェルは呟いた。


 再び、静かになった泉の側で、スーシェルが冠作りの続きをしようとすると、今度は小さな足音がスーシェルの耳に聞こえて来た。


「?」


 カサ、カサ、と微かに聞こえて来る。泉を取り巻く草地の向こう。

 それ程大きな動物では無さそうだ。

異獣も自分の気配を殺す事が出来るが、大きな足で歩くと、それなりに地面から通じる振動が重い。

聞こえる足音は、全く軽く、相手も何の警戒もしてないようだ。


 スーシェルは危険は無いと判断して、そのまま手を動かしていた。


 その内、相手は灌木を越え、泉に近付いて来た。

 ガサッ、と草を押し退けながら顔を出したのは、一匹の狐だった。


「あら」

 スーシェルは狐を見て、手を止めた。


 狐もスーシェルに気付いて、顔を向ける。


「こんにちは」 

 スーシェルは、優しく微笑みながら狐に挨拶をした。

「まだ、子供だね。どこから来たの?」


 細身の体に金色に輝く毛が優雅な仕草を映えさせる。


 スーシェルは座ったまま、狐に向かって両手を合わせた。

 胸の前で手を組み、頭を下げて祈りを捧げる。


 レフルスのメルの部族では、狐神を信仰している。

 狐は神の使いであり、純粋であり、可憐である。

 狐神は、人間に生きる知恵を教えてくれた。それは、最大にして最高の贈り物。

 その為、人間は、今を生きる感謝を狐に祈らないといけない。

 何か恩恵を求めるというものでは無く、只、無償に頭を垂れるのだ。

 心を感謝の気持ちで満たし、無私の気持ちでこれからも恥ずかしくない生き方を約束する。


 スーシェルが祈りを捧げている間に狐は、静かに去って行った。

 まるで、そこにスーシェルがいたのを気付かなかったとでも言うように。

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