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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 追跡
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追跡 その1

 夜陰やいんに混じり、石畳の上を足音と蹄の音が響く。


 石畳は、あちこちで補修され、古い部分と新しい部分の統一感が得られず、ぎ状態になっている。

 長大な外壁とその周辺を守るラメの香木の移植、白皇宮周辺の再建は、終わりを迎えつつあったが、それ以外の場所は未だ手つかずで、内外の住人による違法占拠、勝手な改築、強引な闇取引等は、王都の混乱に拍車をかけていた。


 長き戦乱の末、ようやくシェザールの下での安息の時を迎えたトラ=イハイムでの復興作業は、人材不足、資金不足、主導権争いの三重苦に悩まされながらも、八年の月日を過ぎて、何とか形を成しつつあったが、それでも、まだ各所では収まりのつかないガラクタ状態を見せていた。



 聖ミネリア二四八年の紫夜しよの七月。


 シロリオ=オーランス=ウイグニーは、森の民と異獣らが馬上の自分を次々と追い越して行くのを見ながら、必死で後をついて行った。


 彼らは、とにかく速い。

 シロリオは、暗闇の中、馬に鞭を入れる恐怖と戦いながら、置き去りにされないように食らい付いていた。

 部下達が松明を片手に誘導してくれているが、それでも突然現れる障害物は簡単に避けようが無い。


 このトラ=イハイムで森の民と異獣が隠れる事も無く、姿を露わにして路上を、建物の上を疾走している。

 目がくらむような光景だった。


 トラ=イハイムがシェザールの手に戻ったのは、十年前の事である。

 森の民によるレフルスへの反旗がきっかけとなった。


 突然の森の民によるレフルス支配下のトラ=イハイム襲撃は、『シェプトアンヅマの裏切り』として知られている。

 当のレフルスでは、『シェプトアンヅマの悲劇』と言われている災厄は、強固なレフルス軍の勢いを根底から覆すものだった。。


 これは、シェザールにとっては僥倖ぎょうこうの出来事だった。

 未だにシェプトアンヅマの裏切りの理由は闇の中だったが、この出来事によって、レフルス王テルファムは死に、レフルス軍は瓦解したのである。

 レフルスの求心的存在だったテルファムの死が全てを変えた。


 勢いの弱まったレフルスに対して反転攻勢に出たシェザールは、女王ティアラフの元、名将達の活躍もあって、フィリアの地とその中心トラ=イハイムに帰還する事が出来たのだった。


 その時、彼らが見た王城の姿は、惨憺さんたんたるものだった。


 トラ=イハイムを取り巻いていたラメの香木は根こそぎ抜き取られ、偉大なる神の天険に例えられた王都の外壁、《カムアミの壁》はあちこちで崩れ落ちていた。

 内部の惨状は、さらに酷いもので、被害に遭ってない建物はほぼ皆無という状態。

 シェザール軍の接近を聞いた敵対民族が、逃げ出す際に犯した乱暴狼藉によって、食料はおろか、必要物資は底を尽き、生き残りのシェザールの民も身ぐるみ剥ぎ取られ、明日をも知れぬ状態に陥っていた。


 それでも、念願叶っての祖国復活だ。

 無からの出発は、シェザール民族にとっては慣れたものである。

 全くの一から再出発の状況で、シェザールの民は黙々と作業を始めた。


 少年シロリオも同様に自らの力で生き延びて行かなくてはならなかった。

 元は高位のシェザール貴族に生まれたが、長い戦いで身内を全て失い、頼る者は無い。


 父親は伯爵として軍団を率い、シェザール北部を担当していたが、レフルスの侵攻を受けた時、部下を置き去りにして少数の側近と共に守備を放棄したと言われている。

 その為に、レフルスの攻撃を迎え撃つ時間的余裕を失ったシェザールは、雪崩を打つように敗北を重ね、呆気無く瓦解した。


 その責任を取らされた父は、売国奴の汚名を着せられ、その後、シェザール再興の戦いの中、過酷な前線での任務を余儀無くされたあげく戦死してしまった。

 その死は顧みられず、当然の事として受け止められ、悲しむ者はいなかったという。


 シロリオの一家も、長い戦役の間に次々と命を失っていった。

 裏切り者の家族という事で警備も手薄く、母も妹も軍に見捨てられたも同然の状態で最期を迎えてしまった。


 トラ=イハイム帰還を成し遂げた時、残ったのはただひとりシロリオだけだった。


 伯爵の地位を取り上げられ、かつて父の同僚だったロクルーティ公爵家預かりになったシロリオは、公爵の子供達の遊び相手として育てられた。

 十五歳で成人した後は、それなりに貴族の若者がするべき仕事を与えられていく。


 ただ、仕事とは言え、それは上級貴族が通る進路では無く、下級貴族が甘んじなければならない現場の仕事であり、曲がりなりにもかつてシェザールの一軍団を率いた父が生きていれば、有り得ない境遇であった。


 しかし、シロリオはその状況にも関わらず、自らの気持ちを胸に押し殺し、与えられる仕事を完璧では無いにしても、それなりにこなして来た。

 何を言っても、どう反発しても、裏切り貴族の息子という烙印を消し去る事は出来無かった。

 不遇な経験を重ね、我が儘な公爵の子供達に揉まれて来た事で、我慢強く、自分の意思を無理に通さず、他者に気遣い、心配りが出来るようになる人物に成長した。


 公爵のとりなしで、トラ=イハイムの第三区の治安を受け持つ国王警備隊の副長に抜擢されたのが去年の事。

 シロリオ、二十二歳の時だった。


 王都トラ=イハイムの警備隊は、三種類ある。


 王宮とその周辺を囲う《大城壁》の内部、所謂《第一区》の警備を受け持つ《王宮警備隊》。

 貴族や大商人等の資産家の住宅街を囲う《内城壁うちじょうへき》の内部、《第二区》の警備を受け持つ《王都警備隊》。

 そして、その他の街区、トラ=イハイムでも最も広く、港湾地区や商業地区、下層民や他民族が住み着いている低層住宅街、貧民街等がある《第三区》の警備を受け持つ《国王警備隊》だ。


 第三区は、当然多種多様な人々が混在する地区の為、収まりがつかなく、事件事故が頻発する区域である。

 殺人や強盗、騒乱は言うに及ばず、喧嘩、泥棒、詐欺や違法建築、密輸、麻薬取締りに至るまで幅広い問題が山積している。


 国王警備隊の隊長は代々伯爵や子爵が担当するが、それは名ばかりの存在で、現場に顔を出す事は滅多に無い。実質副長のシロリオが全権を委任されている。


 当然、何か問題があれば真っ先に首が飛ぶ汚れ仕事だ。


 さらに、国王警備隊は、下級貴族の息子達が主に勤める仕事である。

 現状に不満を持ち易く、満足に命令も聞かない扱い辛い輩の巣窟と言われている。


 その為、国王警備隊の副長は、その下級貴族の不満分子の監視をする役目も請け負わされている。

 役目上、普通は高位の若手貴族が担当するのが通例だ。


 しかし、その性質上誰もが嫌がる地位でもある。

 元は、であるが伯爵の息子だったシロリオにお鉢が回って来たのは無理も無い事だった。


「可哀相に。当分出世は出来無いぜ」

 誰もがそう見た。

 他に成り手がいなければ、何か失敗を起こすか、部下が事件を起こさない限り、シロリオが副長から外される事は当面無いだろう。

 つまり、しばらく昇進を諦めざるを得ない。


 国王警備隊の面々は、新しく副長に就いたシロリオにいくばくかの同情をしていたのだ。

 逆に副長を押し付けられたシロリオに憐みの気持ちさえ抱いていた。


 シェザールが国を失ってしまった事には、シロリオの父親にも責任があるという思いは持っているが、その当時まだ幼かったシロリオに恨みを持つような者はいなかったのである。


 副長就任時の恒例であった、上級貴族の犬である副長を相手の嫌がらせ行為が行われ無かったのはその表れでもあった。

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