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死妃の娘  作者: はかはか
第一章 知られずの四人
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知られずの四人 その10

 結局、山菜採りと言っても、メルの分だけを採れば十分だ。

 もし、余分に採ってしまえば、村に売りに行けばいいだけ。


 その為、山菜採りはスーシェルに任せて、モアミはその横でスケープとの遊びに専念する事が多かった。


 その山菜も、迷い道の村だけで無く、近辺の村民に採り尽されてしまっている感がある。

 パオモ山のような豊かな山に目を付けない人間がいる筈は無い。

 迷い道の村の人々も、自分達の山だと声高に言っても他の者がパオモ山に入り込むのを排除する力は無い。

 結果、スーシェル達が向かうのは、普通の人間が入り込めない急斜面や隔絶された場所になる。

 最も、スーシェル達の能力からすればそこに行くのは難しくは無い。


 ラトアス河流域の沃野から離れ、農地に適していないこの地域を住む場所に選んだのは、それだけ住民が少なく、人目に付く可能性が低い為である。

 スーシェル達が必要なのは、生き血を提供してくれる家畜が数頭とメルひとり分の食料である。多少、厳しい土地でも生きて行ける。


 今日も、スーシェルとモアミは、急峻な崖を下りた先にある、広葉樹の樹々に隠された岩棚にやって来ていた。


「良い天気だね~」

 モアミは、岩棚に咲き誇る花の匂いに囲まれて横になっていた。

 爽やかな風が山肌を吹き上がり、頬を撫でる。

 スケープが忠実にモアミの側にぴったりと寄り添い、スーシェルは少し離れた所でのんびりと山菜を摘んでいる。

「あたし、この山大好き。これだけ大きな山なのに、うるさい森の民も異獣もいないし、夏はそれ程暑くないし、冬も厳しくないよね。近くには人間もいないし。山菜を採ったり、猟をする人間もいるけど、ほとんど狩り尽くして、それ程獲物もいないから、あまり人間も入り込まないよね」


 異獣がいれば、人間は山や森に近寄らない。異獣がいなければ、大体の生き物は人間に追われて姿が消えてしまっている。

 それでも、パオモ山は四人が住むには十分養ってくれる。深い草木が家を覆い、スーシェル達の存在を隠してくれる。

 今までで最高の住処と言っても良かった。


「平和だねえ~」

 モアミは、両手を頭の後ろに回して呟く。


 そんなモアミをスーシェルは笑みを浮かべて見た。

「いつまでも、ここで住めるといいね」


「でも、そんなに上手く行かないでしょ。今までだってそうだったし、ここも長く住めば住む程、心に油断が現れて来るってメルが言ってたじゃない」


「それは、みんなの気を引き締める為に言ったのよ。ちゃんと注意していれば安全よ」


 スーシェルの言葉に、モアミは顔を上げた。

「そうかな?」

 少し期待感が表情に出ている。


「そうよ。きっとそう」

 スーシェルも今の生活に不満は無い。人前に身を出さずともこの山に来れば自由に行動出来る。

 ここに来るまでの、家に籠りがちな日々は本当に息が詰まりそうだった。


「それは、あの人が村にいるからじゃないの?」

 しみじみと幸せを感じているスーシェルに、モアミが楽し気に聞いて来る。

「やっぱり、好きな人がいれば幸せよね~」


「また、モアちゃんったら。本当にバイユさんとは何も無いんだってば」

 スーシェルも困り顔で返す。


「好きじゃないの?」


「うん……」

 スーシェルは小声で返した。はっきり言うと、相手に悪いような気がしていた。

「良い人だと思うけど、まだ何も知らないからね。本当に只の知り合いね」


「でも、スーちゃんだって、好きな人が出来たら結婚ぐらいはしたいよね?」

 モアミが緑の絨毯じゅうたんの上を体を転がしながらスーシェルに近付いて来た。


 スケープがそれを見て、新しい遊びが始まったとばかりに一緒に仰向けになって右に左に転げ回る。


 近付いて来たモアミに見上げられて、スーシェルは笑みを見せた。

「そりゃあ、私だって人を好きになる事だってあるわよ」


「えーっ? それじゃあ、今までそんな人いたの?」

 驚いたモアミが体を起こしてスーシェルを凝視ぎょうしした。

 今までスーシェルはそんな感じを全く見せなかった。


「付き合った事は無いわよ。それだけは言っておくね」

 モアミが勝手に思い込まないように、スーシェルは声に力を入れて言った。

「でもね、あの人かっこいいな、とか思った事はあるわね~」


 スーシェルが視線を外しながら恥ずかし気に言うと、モアミは両手を叩いて喜んだ。

「すっごーい。ねえねえ、それ誰だったの? 兵士だった? 農民だった? それとも貴族かな?」

 モアミはスーシェルの腕を鷲掴わしづかみしながら、畳み掛けるように聞いた。


 その横で、同じく匍匐前進ほふくぜんしんでにじり寄って来たスケープもスーシェルの顔を見詰めている。


「あれはね……、モアちゃん覚えてるかな? ほら、三年前に大きな二本松の木がある村で祭りがあったじゃない」

 それは、四人が新しい住処を探して放浪していた時の事だった。

「そこはシェザールの村で、モアちゃんが祭りを見たいってせがんだんだけど、村に入った所で、何人かの男に囲まれたの知らない?」


「あっ、覚えてるっ。お腹空いちゃって、その村の羊の血をこっそりと飲もうと思って小屋に忍び込んだら、ユイちゃんに怒られた時ね」


「そう。そんな事あったんだ……」

スーシェルは、苦笑いをした。

「……とにかく、その男達がメルを見て、レフルスの人間は村に入ってはいけないって言って来たじゃない」


「うんうん。覚えてる」

 モアミは、大きく頭を上下に振った。

「あたしがその男達をしばきに行こうとしたら、ユイちゃんに睨まれた時よね」


「そう。そんな事もあったんだ……」

 スーシェルは、今度は笑顔を引きつらせていた。


「あ! その時、男達に注意してた若い貴族のお兄ちゃんねっ」


 モアミが人差し指を立てて言うと、スーシェルは「そうそうっ」と笑みを浮かべた。

「馬の上から一喝するだけで、みんな大人しく逃げて行ったじゃない?」


「あたし、あの時程、人間も捨てたもんじゃないなって思った事無かったもん」


「モアちゃん、すごい上から目線ね……」


「あの兄ちゃんが良いの?」

 モアミは、薄れかけていた記憶を総動員して思い出していた。その僅かな記憶を元にしても、その貴族の若者がかっこ良かったという手掛かりは見付からない。

 どことなく、ひ弱な優男やさおとこだった覚えがある。


「うん。男達がいなくなった後、わざわざ馬から下りて謝ってくれたじゃない? 普通、私達なんか相手にもしないのに、そういう気配りを身に付けている人って只者じゃないと思うのよ」

 スーシェルは、両手を合わせてにこやかに顔を傾ける。

「男って顔じゃないのよ、モアちゃん」

 スーシェルはモアミの考えを読み取ったかのように言った。


「と、素敵な思い出にふけるスーちゃんでした」

 モアミがスーシェルを見ながら茶化した。


「こらっ」と、スーシェルが怒った風に手を上げると、モアミは笑いながら再び体を倒した。

 花の香りが宙に舞い、青い空を背景に緑の樹々が太陽の光に映えている。


 まるで、太陽はふたりの為だけに輝いているかのように強い陽射しを注いでいる。

 遠くで鳥のさえずりが聞こえ、穏やかな一瞬をふたりに与えている。


 モアミは、しばらく大の字になって、その雰囲気の中に溶け込んでいた。


「……スーちゃん。結婚したいと思う?」


 モアミの真面目な声の調子にスーシェルは顔を上げた。

「……そうね。したいと思うわ」

 スーシェルは、モアミの真面目な質問に真剣に答えていた。

「私って、みんなを引っ張っていく性格じゃ無いから、私を支えて引っ張っていってくれる人がいいわね。そして、何より大切なのは、メルやユイちゃんやモアちゃんと仲良くしてくれて、私と同じくらいみんなを大事にしてくれる人ね」


「それって、……どういう人になるのかな?」


「うーん。そうねえ……。まず第一に私達の事を良く知っていて、それでも受け入れてくれる心の広い人ね。私達と一緒に戦ってくれるっていうのじゃなくて、一緒に我慢してくれる人。そんな感じかな」


「一緒に我慢してくれる人ね~」

 モアミは、静かに呟いた。

「駄目だ。あたしが我慢出来無いもん」


「あら、モアちゃん、今も私達と生活してるじゃない」


「駄目駄目。あたしはスーちゃんやユイちゃんが止めてくれないと何をするか分かんないもん」


 緑の向こうからモアミの軽快な声が届く。

 そうねえ、とスーシェルは心で呟いた。モアミは、頭よりも先に手が出てしまう性格だ。

「でもね。いつか現れるかもしれないじゃない?」


「誰が?」

 モアミは、頭を上げてスーシェルを見た。


「その人と一緒なら、我慢出来るような人」

 スーシェルは、モアミの目を見て言った。


「そうかなあ……」

 モアミは、頭を傾げながらスケープに目をやった。

「あ、この子となら幾らでも我慢出来るよ。スケープと一緒ならどこでだって大丈夫っ」


 モアミに首根っこを掴まれたスケープは、嬉しそうにモアミのさせるがままにしている。


「スケープは違うでしょ」

 スーシェルも笑いながら注意する。


「うーん。でも、スケープがいなくなるなんて考えられないもん」

 モアミは、スケープの首筋に顔をうずめながら言う。


 確かに、モアミのスケープ依存ははたで見ても行き過ぎている面がある。

「ちょっと、いつまでもそう言っていると……」

 その時、スーシェルの耳に小さな甲高い悲鳴のような声が聞こえて来た。

「あら……」

 スーシェルは、そそり立つ後ろの崖に目を向けて腰を上げた。


「どうしたの?」

 モアミが見ると、スーシェルが岩棚の端で四つん這いになっている。


「ほら、あそこ」

 スーシェルは岩棚から身を乗り出して崖下を指差した。


 モアミもその横まで近付くと、両手を突いて覗き込んだ。

 スケープも当然のようにモアミのすぐ横に並ぶ。


「巣からひなが落ちたみたいね」


「どこどこ?」

 モアミがスーシェルの指差す先を見ると、確かに一羽の雛が岩の間に挟まっているのが見えた。雛は、両手を激しく動かしながら「ピーピー」と鳴いている。

 上の方を見ると、小さな鳥の巣が崖にへばりつくようにして収まっている。

「あそこから落ちたのね。あー、あー。あんなに暴れちゃうとまた落ちちゃうね」


 モアミがそう言うと、スーシェルが岩棚から身をひるがえして崖に飛び乗った。


「あら、スーちゃん行くの?」


 急峻な崖である。

 モアミでも上り下りが難しい角度。雛が落ちた場所は、特に垂直に近く、体を支える樹木も出っ張りも見当たらない。スケープだと確実に踏み外しそうな所だ。

 しかし、そんな崖をスーシェルは事も無げに滑らかに下りて行く。


「さすが、スーちゃん」

 モアミは岩棚から顔を覗かせて、スーシェルが雛に近付いて行く様子を心配する事無く見詰めていた。


 そのスーシェルの動きは、さながら背中に羽が生えているのではないかと思わせる程、重力を無視した華麗な演技になっていた。


 スーシェルは、難なく雛を保護すると、そのまま片手に雛を持ちながら、スルスルと崖を登り始めた。

 崩れそうな岩肌を苦も無く登り、真っ直ぐと巣に到着する。

「はい。もう、落ちないようにね」

 スーシェルは、雛を巣に戻す時、優しく声を掛けながら木の枝等で巣を少し補強した。


「スーちゃん、大丈夫?」

 そう言いながら、モアミは腹這いで両手に顎を乗せてその様子を見ている。


「大丈夫よ。ここに鳥の雛が二羽いるわよ」


「子供はいらないよ。そんなに小っちゃいと血も吸えないしね」


 モアミの言葉にスーシェルは何度目かの苦笑いをした。

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