知られずの四人 その7
その時、スケープが顔を上げて何かの気配に気付いた様子を見せた。
「どうした?」
モアミがスケープの横顔に聞くと、スケープは顔を小川の方に向けた。
スーシェルとモアミもその方を見ると、人影が見えた。若い男のようだ。
「スケープ……」
モアミは、スケープを宥め、その場に伏せさせた。
離れて見ると、大きな犬や狼で言い逃れ出来るかもしれないが、釣り上がった目、剥き出しの数十本の鋭い牙、ひと掻きで内臓を掻き出せる爪は、正に異獣そのものだ。
「スーちゃん、あたし行って来る」
男をスケープから離れさせないといけない。
「いえ、私が行くわ」
モアミは、驚いた。そんなに積極的では無いスーシェルが自分から言い出したのだ。
しかも、男はスーシェルとモアミを見て、躊躇無く近付いて来た。
この辺りの住人に良く見られる服装に、持ち物と言えば腰に吊るしている山刀と籐籠しかない。どうやら、村の人間のようだ。
しかし、モアミは見た事の無い顔だった。
元々、モアミがひとりで村に出る事はユイナに禁じられている為、それ程村人を知っている訳では無いが、それでも、何回かはメルやユイナについて行った事はある。
「やあ、おはよう」
男は、スーシェルに気さくに声を掛けて来た。
スーシェルも「おはようございます」と初対面では無い雰囲気だ。
どういう事? モアミは、ふたりの様子に驚きながら注目した。
「夕べの話、聞いてくれたかい?」
男が畳み掛けるように聞いた。
目尻の下がった、人の好さそうな物腰の柔らかい若者だった。声の調子も優しく、威圧感は与えない。人目を引く程の魅力は無いものの、女性に害を与える感じは見受けられない程度には印象は悪く無い。
「夕べの話、ですか?」
スーシェルは、少し戸惑っていた。そんな話聞いていない。
「メルさんから、何も聞いて無いかい?」
男が続けて聞いても、スーシェルは首を振るばかりだった。
「おかしいな。うちの親父から話している筈なんだけどな」
男は、笑みを浮かべながら言う。
「お父様から……ですか?」
スーシェルは、話の内容を掴めない様子でいる。
「スーちゃん。早く行こうよ」
モアミが後ろから声を掛けてスーシェルを急かした。
「あ、すみません。もう帰らないといけないので……」
スーシェルは、男に頭を下げると、男の反応を待たずにモアミの元に戻って来た。
それを見たモアミは、スケープを先に走らせてスーシェルの手を取った。
「行こう」
モアミがスーシェルと並んで走る直前に男を振り返ると、男は名残惜しそうにスーシェルの背中をじっと見詰めていた。
「誰?」
「村長さんの息子さん」
スーシェルの返事にモアミは少し驚いて、もう一度男に振り返った。
男は、まだこちらを見たままその場に立ち尽くしていた。




