【導入部】
『天の底に生を受け、地獄の頂に身を置きし、この矮小なる肉塊。
己の生き様は己の才覚で描き見せども、己の死に時、死に場所は選べども、この肉塊、ひとつだけままならぬものは、生を受ける時、命出づる場所。
我を生み、その大いなる情けを与えし母に、その絶望なる恨み怒り抱く者少なく無し。この世に無意味なる慈愛は、我の目、我の耳、我の心には届かざれども、この世に生まれし無情、不幸、不快の怨念を忘れる時は無し。
ただ、それでも人なる身なら、まだ同じ不遇なる欲深共を臨み見て、溜飲を下げる事は出来ように、人ならぬ身ではいかに出来ようか。
竜の血を貰い受けし、生と死の狭間に堕ちた人ならぬ者達。
この眼に浮かぶ影形は我と変わり無きと言えども、その眼見る景色、皮膚に辿り着く感覚、鼻腔くすぐる臭いは、全く同じと言えようか。
悪意により生まれ、悪罵に囲まれ、悪しき剣として心燃やし、身を打ち震わせ、悪鬼の誹りを受けながら死にし者達。
いかに己の生き方を望もうと、《ナパ=ルタ》の大意に逆らえず。
その存在は、永遠に混じらぬラトアスとアメアスの流れのように、我々とは全く異なるものとおぼゆる』(『白杖記』作者不詳)