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死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
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疑念 その24

 昼七つの大太鼓が殷々(いんいん)と響き渡る中、闇夜の垂れ込む前に、何でも構わないが胃袋に詰め込んでおこうという輩が、大なり小なり口に入る物を提供してくれる屋根の下に引き込まれている。

 人間の欲望は、結局、飲食を頂点とする。

 腹が満たされない限り、頭が働かない。余計な物事を考える余裕が生まれない。人殺しをする怒りも悲しみも諦めも悟りも見出せない。

 たったひと口の味わいだけでさえも、それが奪われてしまえば、心に不満と憤りを記録する。

 何と悲劇的で喜劇的な欲求であろうか。


「飲み屋の喧嘩です。副長が顔を出されるまでも無いと思います」

 制服の上に防具を付けていたアイバスが本部に戻って来たばかりのシロリオに言う。

「何人連れて行く?」


「五人もあれば十分です」


「分かった。時間が掛かりそうだったら、一度連絡を入れろ。何人か待機させておく」


「申し訳ありません」


 アイバスは、万事ソツが無い。

 一報が入ってから僅かな時間で、高らかにひづめを石畳に鳴り響かせながら現場に向かって行った。


 シロリオは、今日一日の部下の報告を聞き、今夜の警備体制について簡単な指示を出した後、食堂でひとり夕食を取り始めた。


 ラプトマッシャルの話が頭にこびりついて離れない。

 かつて、死の子供を作ったのが本当に森の民だとしたら、今回の死妃の娘も森の民が手掛けたものになるのではないか。つまり、森の民は、自分達が作り出した死妃の娘を取り戻しに動いているという事になる。

 しかし、かつて死の子供によって、森の民は壊滅的な打撃を受けた筈だ。それなのに、一体どうして再び悪魔の子を生み出そうとしたのだろうか。

 もしかしたら、死妃の娘を使って、人間との、とりわけシェザールとの戦いを有利に進めようとしたのかもしれない。その人並み外れた力は、大きな武器になる。

 只、シロリオは、その考えを否定した。わざわざ死妃の娘を持ち出すまでも無い。森の民には異獣がいる。死妃の娘よりも従順な怪物が近くにいるのだ。その目的では、死妃の娘は必要ない。


 そうなると、死妃の娘は本当に森の民が作り出したのか、という謎に立ち返る事になる。

 四百年前と今とでは時代も違う。

 人間とは異なり、生き方をなかなか変えられない森の民なら、昔の言い伝えを頑なに守り続けて、死の子供への恐怖を心の奥底に根付かせているとも考えられる。フォントーレスの言う通り、森の民にとっての死妃の娘は、恐怖の対象でしかないのかもしれない。


 こうも、様々な事を行きつ戻りつ想像すると、何だか自分の頭が熱を持って来そうになる。少ない証拠で推測しても納得いく答えには容易には辿り着けない。

 食事を終えて自分の部屋に戻る間も、シロリオは考え込んでいた。

 ラプトマッシャルから仕入れた情報から、森の民と交渉出来る余地が探れないか。

 もし、森の民と死妃の娘との関係で、森の民が知られたくない事実を掴む事が出来れば、それを材料に揺さぶりをかける事が出来るかもしれない。

 モアミを助けるには、セーブリーとフォントーレスが手を結んでいるという証拠を見付けなければならないが、それが出来無かった場合の次の一手が必要だ。


 シロリオは、頭を振った。先日の大捕り物と睡眠不足で疲労が体内に蓄積されている。時間は惜しいが、ここは少しでも休んで体力の回復を図った方が良いだろう。

 シロリオは、足元に視線を落としたまま部屋の扉を開けた。


 灯りは、手に持った燭台だった為、部屋の中の様子はすぐには把握出来無かった。

 何かが違う、と感じたのは、日々鍛えられた感覚の賜物か。

 しかし、頭がその危機を察知する前に、全ては終わっていた。


 蝋燭の光に人影が浮かんだと同時に鳩尾みぞおちに鋭い痛みが走った。

 シロリオよりも背が低い人物だった。

 ひとつだけ目を光らせて鋭い眼光でシロリオを見詰めている。

 シロリオは、その目をどこかで見た事があると消え行く意識の中で気付いていた。

 あの女だ……。


 そして、そのままシロリオは底無しの闇の中に沈んで行った。

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