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死妃の娘  作者: はかはか
第四章 疑念
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疑念 その19

 シロリオが部屋に入ると、ラプトマッシャルは水差しを出窓に置いて飽かず眺めていた。

「いいですね……」ラプトマッシャルは、振り向きもせず言う。「どうですか、この色。いや、『色』なんて使い古された言葉で表現してはいけないですね。何と言うか、この輝き。自ずから光らず、しかし人の心に直接語り掛けるようなまばゆさ。これぞ、人が作りし傑作というものですね」

 そこで、ラプトマッシャルはシロリオに振り向いた。

「……この水差しは、私に頂けるのですか?」


 シロリオは、深く頷いた。

「はい……。只、その代わり質問に答えて頂きたいのです」


 ラプトマッシャルは、それを聞いて笑顔を見せた。水差しとシロリオを見て、満更でも無い顔をしている。

「私とて堅物かたぶつではありません。この地位に就いていると、賄賂わいろという言葉が朝の挨拶程度に思えて来ます」

 シロリオを見て、軽く頷いた。

「誰もが神の如き清廉潔白な生活をしている訳ではありません。己の欲望がままに、あるいは一日の命を繋ぐ為に悪事に手を染める事だってあります」


「私としては、こういう方法を取りたくは無かったのですが……」

 シロリオの本音だった。


 ラプトマッシャルは、こういう事をした自分に嫌悪感を感じているシロリオの表情を見て取った。

「いや、結構です。逆にこの珍品を目にする機会を与えて頂いて有難いと思っています」


「私の訪問がそれ程切羽詰まっているという事をご理解頂きたいのです」


「分かりました」ラプトマッシャルは、長椅子に腰掛けると、シロリオにも勧めた。「どうぞ、お座り下さい」


 シロリオは、言われるままに正面の椅子に座った。


「実は……、あなたの噂はかねがね聞いておりました。警備隊の副長という地位にありながら、なかなか真面目で融通か利かない……、おっと失礼。あくまで聞いた噂なのでご勘弁を。……とにかく、そういうお人がこのような……」と、ラプトマッシャルは水差しにもう一度目を向けた。「……事をなされる。……しかも、極最近、死の娘に接触するという誠に羨ましき運命に出会われた」

 ラプトマッシャルの視線は再びシロリオに戻った。「……いや、まさに只事ではありませんな。全く……」そこで、ラプトマッシャルは、含み笑いをして両手をすり合わせ始めた。「私は、あなたがここに来た時、実に面白い事が起こるのでは、と思いました。すると、本当に起こったでは無いですか。いや、実に面白い。……それで? 他に何を披露して頂けるのでしょうか?」


 ラプトマッシャルの口が一服したのを見て、シロリオは、おもむろに懐から暗殺者の首飾りを取り出した。

「この首飾りに彫られている女神の紋章について教えて頂きたいのです」


「ほお……」ラプトマッシャルは、渡された首飾りに目を近付けた。「ほほお~……」首飾りを見て大袈裟に声を出した。

 そして、顔を首飾りに近付けたままシロリオに視線を移した。

「驚いた。全く驚いた。どうも、今日は最高の一日になりそうですな」

 ラプトマッシャルは、目を大きく見開いている。興奮のあまり鼻息が荒い。


「分かりますか?」

 シロリオは、両手を合わせてラプトマッシャルの答えを待っている。


「そうですね……」

 ラプトマッシャルは、ひとつ溜め息をつくと、ゆっくりと立ち上がり、シロリオを手で呼びながら奥の部屋に向かった。


 シロリオも呼ばれるままに奥に進む。

 副総督の部屋は二部屋あり、その奥の部屋に入ると、さらにその部屋の真ん中にラメの香木で作られた新しい小部屋があった。

 周囲を囲む部屋の壁は、全て本棚になっており、そこにはびっしりと古文書のたぐいが詰め込まれ、足元も古文書と共に古今東西の名品、珍品が所狭しと山積みにされている。

 はっきり言って、副総督の部屋とは思えぬ光景だ。


 ラプトマッシャルは、小部屋を指差した。

「あそこです」言って、ラプトマッシャルは部屋の外に声を掛けた。「お~い。ちょっと」


 呼ばれて、ひとりの若者が顔を出した。


「あ、クセレサか。それじゃ、ちょっと見張っていてくれ」

 ラプトマッシャルは、その小部屋に先に入り、シロリオが後に続くとしっかりと扉を閉じた。

「さあ。これで安心です。外には私の部下を置いていますから、誰にも聞かれる心配はありません」


 シロリオは、小部屋の中を見回した。部屋は簡単な造りであるが、ラメの香木を何枚も貼り合わせられていて、防音仕様になっている。

 ふたり入るのが一杯な場所に丸椅子がふたつある。確かにこれなら、聞き耳を立てられる恐れは無い。


 ラプトマッシャルが進めた椅子に座りながらシロリオが言う。

「随分、警戒してますね」


 ラプトマッシャルは、片眉を上げてシロリオを見た。

「おや、そのような事をあなたが言う? これは意外ですね」


「どういう意味ですか? 私にそんな大層な秘密はありませんが」


 少し声を強めにしたシロリオの目の前にラプトマッシャルが首飾りを下げて見せた。

「これ……。どこで手に入れたのですか?」


「これですか……」

 どうやら、ラプトマッシャルはこの首飾りの秘密を知っているようだ。シロリオは、公爵の計画を知られないように詳細な説明を避ける事にした。

「実は、夕べ密輸船の摘発を行いまして、その時に戦った相手が持っていたんです」


「嘘ですね」


 ラプトマッシャルの間髪を入れない言葉にシロリオはつんのめってしまった。


「あ、失礼。嘘では無いですね。正確には、話を端折はしょりり過ぎてますね。そうでしょう?」ラプトマッシャルは、シロリオの顔を覗き見て小声になった。「何故なら、私はこの首飾りを持っている者達の正体が分かっています」

 ラプトマッシャルは、シロリオを見ながら目を細めた。まるで、シロリオを値踏みしているような感じだった。


 シロリオは、ひとつ大きく息をした。どこまで話していいのか。

「……密輸船の摘発についてはそれ以上話せません。ですが、その時に襲って来た暗殺者達は密輸船とは関係が無いのは確かです」


「どうして、その暗殺者があなたを襲うようになったのですか?」


「私の友人がある秘密に近付いてしまった為、一緒に行動していた私も狙われてしまったと思います」


「それは……、最初からあなたも狙われてしまったのですか?」

 ラプトマッシャルは、思わず声を潜めていた。


「はい。密輸船の摘発が終わった後に突然襲われました」


 シロリオの言葉の後でラプトマッシャルは一瞬口をつぐんだ。

「……ウイグニー副長。あなたは、只ならぬ事を仰っている事に気付いていますか?」


 シロリオは、ラプトマッシャルが醸し出す圧に押された。


「この女神の紋章……。これは、フラクスナ神です。お分かりですか?」


「フラクスナ神……。それがフラクスナ神ですか」

 ノイアールが口籠くちごもっていたのは、これだったのか。シロリオは、愕然とした。

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