5.初めての取引
小山さんはドラクエ10を発売日に買った。
いわゆるWiiの発売日組というやつだ。
もともとドラクエが好きなのと、遊びやすそうだと思ったのが購入した理由だった。
「でもね、わりとすぐに飽きちゃったんですよ。」
今までプレイしたドラクエは、街の近くで敵を少し倒すだけでいい装備が手に入った。
後半のフィールドをうろつけば1万Gくらいはすぐに貯まった。
ラストダンジョンまで行けば誰でも伝説級の強い武器を手に入れることができた。
ところがドラクエ10はどんなに敵を倒しても手に入るゴールドは微々たるもの。最初期に美味いといわれた敵のどくろあらいでもわずか6Gしか落とさない。これでやる気がだいぶ無くなった。
「最初はやっぱりオンラインでドラクエしてる興奮みたいのがあってプレイしてたんだけど、装備のために何百匹も敵を倒さなくちゃいけないし、だんだん面倒になってきて……ネルゲルも倒せたしね。それ以降やることがなかったじゃないですか、バージョン1.0から1.1位の頃って。」
ドラクエ10へのモチベーションが0に近づき、もう引退しようかと思っていた時に知ったのがRMTだった。
それはまさに禁断の果実と呼ぶにふさわしいものだった。
あれだけ稼ぐのが大変なゴールドを、リアルの金で簡単に買うことができる……
RMTという単語は知っていたが手を出すのは初めてだった。
ドラクエを半分やめようとしていた小山さんにとって、RMTに手を出すためらいはみじんもなかったという。
RMTのやり方は業者のサイトを見てすぐに覚えた。
支払いは思ったよりも簡単で、
・買いたいゴールドの額(このときは100万Gで約3万円のレート)
・取引したい時間(15分区切りで選ぶことができる。例えば7時台なら7時0分、7時15分、7時30分、7時45分から選択。)
・受け取りに行くキャラの名前とID
・連絡用のメールアドレス
を入力して申し込むと、業者からすぐに支払い番号の書かれたメールが来た。
町のほっとステーションの機械にその番号を入力すると、印刷されたバーコードが機械から出てくる。それをレジに持っていき、リアルマネーを支払う。これで終わりだった。
小山さんがこのとき支払ったリアルマネーは約3万円というから驚きだ。最初の取引からかなりの金額を支払っていることに驚いた。
レジでの支払い後、コンビニに来たついでだからと家で飲む酒とつまみを店内で買って店を出ると、業者からお支払いありがとうございました。というメールが携帯に届いていた。どんな仕組みが知らないが、入金確認の反応の素早さに驚いたという。
取り引きの指定場所は某サーバーの某駅構内。
小山さんは約束の10分前に到着したが取り引き相手はまだ来ていなかった。
入り口でボーっと立っているとほかのプレイヤーに怪しまれる気がしたので、
電車に乗るふりをして駅員の近くに立ち話しかける真似をしていた。
すると5分後、電車から初期装備・初心者マーク付きのオーガが目の前に降りてきた。
キャラの名前もむちゃくちゃで意味不明、あきらかに日本語を知らない人が適当に入力したのは間違いなく、小山さんはこのキャラが業者だと悟った。
業者はあたりをうかがうようにぐるぐる動き回り、しばらくして小山さんのキャラを見つけたようで隣に立った。
駅員の近くに立つ2人のキャラ、他のプレイヤーからすると電車に乗ろうとしているようにしか見えず、RMT取り引きの上手いカモフラージュだと小山さんは感心した。
刹那、ジリリリン!と取り引きを申し込まれた効果音が鳴り響いた。
業者からの取引申し込みである。すぐに許可をして取り引き画面を開く。
相手から渡されるアイテム欄に100万Gの文字が表示された時、ようやくRMT取り引きをしている実感がわいたという。
処罰の危険性を下げるために、小山さんもやくそうをひとつ渡すことにした。これは業者からメールで指定されていたことでもある。100万Gとやくそうの取り引き。明らかに怪しい取引だがとりあえず一方的な譲渡ではなくなる。これでさらなるカモフラージュになるらしい。
業者が現れてから取り引き終了までわずか数分。思いのほかあっけなかった。
ちなみに業者とのチャットは厳禁。
お互い無言のままゴールドの受け渡しは終わり、業者は電車に乗って何処かへと去って行った。
業者と別れてからメニュー画面を開くと、右上のゴールド欄には確かに100万Gの文字が表示されていた。
こんなに簡単にゴールドを手に入れてよいのか。
こんなに便利なシステムがあったのか。
初めてのRMT取り引きを無事に終わらせた喜びもあって、小山さんは思わず小躍りしてしまったという。
さっそく手に入れた100万Gで最新鋭の装備であるげんぶセットの良品で身を固めた。
いままでの少ない持ち金では手に入らなかった高価な装備、そして強い錬金をそろえた喜びは凄まじいものだった。
※装備には★0~3のできのよさというものがある。
★の数に応じて装備を強化できる錬金効果を付けることができるので、もっとも能力を伸ばせる★3が大成功品と呼ばれる。錬金にも失敗・成功・大成功がある。
つまり同じ名前の武器や防具でも、できのよさに錬金の失敗・成功が加わることで性能に大きな差が出る。当然★3の錬金成功品は売買価格が高い。
「自分で稼いでないゴールドで強い装備を買ってうれしいかですって?そりゃうれしいですよ!なんにもしなくて100万Gでしたからね!笑いが止まらなかったです!」
今のドラクエプレイヤーにとって100万Gは少ないのでは?と思う人もいるだろうが、昔と今ではゴールドの価値が全く違う。
小山さんが初めてRMTに手を染めた2012年の11~12月当時、1時間で1万G稼げるプレイヤーはほとんどいなかった。
その時の100万Gである。重みが違った。
しかしそれだけの大金も、高い武器防具を買い揃えると残り少なくなってしまった。
再びRMTサイトを開き、コンビニで支払いを済ませるのにそれほど時間はかからなかった。
「バージョン1.2は思い出深いですね。迷宮が来たでしょ?」
バージョン1.2では魔法の迷宮が実装された。他のネトゲではインスタントダンジョンと呼ばれるもので、一人で突入するとマッチングした他の冒険者たちと迷宮と駆け抜けていく、新要素だった。
ここで小山さんはRMTでそろえた大成功品に身を固め、野良でマッチングした他のプレイヤーから強い強いと絶賛されまくったという。小山さんの虚栄心は満ち溢れんばかりだった。
強いからフレンドになって下さいという申込がたくさんやってきた。
「迷宮周回してたらフレンドが50人以上も増えましたよ。」
さらに小山さんは運のいいことに、この頃1番人気のアクセであるひらめきのゆびわにMP回復+1という効果が2こ付き、ステータスの高さも相まってフレンドからは神格化された存在になった。
「あと自慢じゃないですが、私はドラクエ10を始めてから一度も失敗品を身につけたことがないんです。★2以下の装備もありません。」
つまり、★3装備で成功埋め尽くし以上しか身に付けたことがないわけだ。
どの時期においても最新鋭の成功錬金装備で身を固める小山さん、平均的なプレイヤーよりも圧倒的に強く、フレンドからは頼りにされたことだろう。
しかしフレンドの中に疑問を持つ人はいなかったのだろうか。
小山さんのキャラは金策をしているようには思えないのに、一級品の装備を身につけている。
現実世界でいえば、働いている様子もないのに豪邸に住んでいい車を乗り回しているようなものだから不審に思う人の一人や二人いるのではないだろうか、
『どうやって稼いでいるんですか?』と聞かれたことはなかったのだろうか。
「ああ、何度か聞かれたことがありましたよ。どうやって稼いでいるんですか?とか、どんな金策をしているんですか?とかね。
その時は職人で稼いでるとか、金持ちのフレンドが引退したときにゴールドもらったとか言って誤魔化してましたね。それ以上突っ込んで聞いてくる人はいませんでしたよ。
まあ、怪しいなと思われていたかもしれませんが、フレンド解除されることはありませんでしたね。なにせ強かったですから。」
小山さんは魚肉ソーセージをつまみながら上機嫌に語った。
そして話題は他のRMT利用者に移っていく。