奥方
遊び倒していた勇輝達は日が暮れたのでカトレイア邸へと帰ると、メイド達に風呂場へと連れて行かれる。
汗をかき、土埃などで汚れておりメイドの迫力に拒絶することができなかったからだ。
その時のメイド曰く、明日は大事な一戦なのに洗い残しがあっては勇者の恥だとかなんとか。
そんな訳で勇輝は風呂に連行され、徹底洗浄されるのだが、効率重視と子供だからという理由でシルフィ達も一緒に入ることになり、身体は風呂で癒されたが、心は癒されなかったそうな。
如何に貴族といえど、男湯と女湯のように風呂を複数所持するような無駄なことはしていないのだ。
お風呂に入った際に徹底洗浄するメイドが勇輝を洗う事が癖になっていたり、シルフィ他一部の少女とメイドの数人が勇輝を凝視していた事に勇輝は気づいていなかったりする。
◇
「「「「「いただきます!」」」」」
遊んで汚れてるからと洗われたりした日の翌日、勇輝達は食堂にて朝食を頂いている。
そんな最中、食堂に続く廊下の方から足音が聞こえてくる。
そしてバーンと音が聞こえてきそうな勢いで扉が開かれ金色の髪を持つ女性が入ってきた。
「ただいま〜、あなた、アルベルト、アリス。」
「「「「「ほへぇ?」」」」」
「誰?」
突然現れた女性に勇輝達はなんとも気の抜けた声を出し、また突然現れた女性も想定していなかった光景に困惑していた。
「奥様! どうしてここに?」
「あら、リルカ。これは一体どうなってるのかしら?」
「今説明しますね。」
「お願いね。」
「先ずこちらにいる方がユウキ様。この方は当主様に書類を届けに行った際に盗賊に捕まってしまったアリス様を助け出した方で、リリアーナ様が召喚した勇者様です。そしてこちらの方がリリアーナ様が召喚したもう一人の勇者様でアオイ様と言います。この二人は本日の戦争での一騎打ちに出られるので安全を確保するためにここで過ごしていただいています。こちらの少女達はアリス様と一緒に盗賊に捕まっていた所をユウキ様に救われ、この屋敷で預かっているのです。そして最後に当主様とアリス様は現在は王城にてリリアーナ様の補佐をしているはずです。」
「戦争? 何の話ですか?」
「え!? し、知らないんですか? 今現在、我がグレイフィア王国はラベスタ帝国に宣戦布告され戦を行っている最中なのですが……」
「そうなのですか? ああ。それでケリーはもっと泊まることを勧めてきたのですね。」
この金髪の女性はマリエール・カトレイアと言い、王家の血を引く公爵家の出身でドレアスの妻であり、アリスの母である。
彼女は親交のあるマクガフィン家を訪ねていた。
彼女が移動している時に帝国が宣戦布告し、それを知ったマクガフィン家の奥方であるケリーが連泊を勧めるが宣戦布告のことを知らないマリエールはそのまま帰り、今の状況になったのだ。
そしてリルカはマリエールが出掛けてからの出来事と現在の状況をマリエールに説明する。
その説明を聞いてマリエールは今現在の状況を理解するのだった。
「なるほど。それで主人達は居ないんですね。あれ? そういえばアルベルトはどこに?」
「アルベルト様は商工会との会合や政務で領内を走り回っております。戦争中で人手が足りないそうです。」
「そうですか。では、私は政務でもしますかね。」
「い、いえ、それはアルベルト様の顔を潰す事になりますし、奥様は長旅の疲れもあるので、どうぞ、ゆっくりしていてください。」
「そう? それじゃあ、お言葉に甘えようかしら。」
妹のアリスなら仕事を覚えさせている、父親のドレアスなら次期当主の指導もしくは尻拭いをしていると思われるが、母親となるとそうはいかない。
母親が行うと次期当主は母親に甘える情けない男か帰宅したばかりの母を働かせる心ない人間と周りに思われる可能性がある。
その事を危惧したメイド達は仕事ではなく休むように進言したのだ。
その言葉に甘えたマリエールは朝食を食べ終えた勇輝達とおしゃべりをすることしたようで、しきりに話しかけた。
シルフィ達も興味があるのか話しかけているのだが、見習いメイドもしくはなんちゃってメイドであっても仕事はあるので、ろくに話すことなく立ち去っていってしまい、落ち込んでしまうマリエール。
それを見た勇輝は流石にかわいそうに思ったのか声を掛けて慰める。
「えと、あの子達は今仕事を教わってて、それで仕方なく行っただけで、貴方の事が嫌いなわけではないですよ。」
「そうかしら。」
「そうですよ。それにまだまだ時間はあるんですから。」
「そうよね。ありがとう、ユウキさん、アオイさん。貴方達は本当にいい子なのね。」
マリエールは気を取り直して、再び勇輝達に話しかけていく。
勇輝がアリスを助けた時のくだりではマリエールは勇輝に対してしきりに感謝し、勇輝がこれまでの入院生活の話をした時にはハンカチが手放せなくなり、勇輝の話がひと段落した時にマリエールは立ち上がり勇輝に近づき、ギュッと抱きしめる。
「そんな辛い思いをしてきたなんて。大変だったでしょう。」
「え、あの、その……」
「そうだわ。貴方、うちの子になっちゃいなさい。いえ、いっその事アリスと結婚すればいいわ。そうよ。それがいいわ。」
「はいーー!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ。確かにそんな話になったことはあったけど、ゆー君は私の婚約者なんだから!」
「あらそうなの? でも、別に一夫多妻なんて普通にあるし別にいいじゃない。」
「でも、それをゆー君がわざわざする必要は無いし。」
「まあ、その辺の話はアリスが帰ってきてからじっくり話し合いましょう。」
勇輝はちょっとずつ外堀が埋め立てられているような危機感を感じつつも、それを口に出す事ができず、心の中でオロオロワタワタしていた。
その後も暫し談笑をしてから、勇輝達はげんなりした顔のレディックを足にして王城へと向かった。




