独楽
夏の日差しに当てられて、気が高ぶっていたのか、それとも燻んだ気分になったのか、僕を小突いてへらへらバカにしたように笑っていた何個ピアスをつけてるのかわからない、花柄で、黒いパンツで、中が少し黒い金髪の格好がいいのか悪いのかわからない、やや昔風にいうと、軽薄そうな若い男が回っている
回っている、全身で
独楽だとか、ミキサーの金属の部分のように、扇風機のようでもある
残像になって、また僕は目が少し悪いからよく見えないが、血が飛沫になって飛んでいる
口からか、耳からか目からかよくわからないけれど、多分大部分は今にも裂けそうな胴体からだと思う
この人は、今何をしているかというと、たぶん自殺願望者ではないと思うので、事故で電車とホームの間に挟まって回っている
ちょうど体格が挟まるために生まれてきたんだというばかりにぴったりと、でも快適ではなさそうにはまってしまって、誰も気づかぬ間に電車が仕事を始めてしまった
電車に文句を言っても仕方ないだろう、車掌さんも、運転手も、気がついていないんだからしょうがないだろう
加速に正比例して花柄のシャツが赤く染まりながらこの人間独楽は回転速度を上げていく
角速度の計算がでたっけ、予備校で、あれは入試に出るのかな、なんてことを考える
彼は十両車両の二両目でこうなったから、まだまだ回り続ける
後四両くらいだろうか、スローモーションだ
ホームの血溜まりが同心円状に広がってとても綺麗だ
誰かが叫び声を上げる、あまり利用者の少ない駅だからか、気がつく人がすぐは現れなかったのかな。目の前の僕以外は
血が吹き上がる、花のように
ーーーたぶん、いや今日の出来事を鑑みるに、彼は、僕のせいで、こう、なっているんだと思う
この人はこんなに血が出て、死んでしまうんだろうか
家族は、友達は、親戚はどう思うんだろうか
どんな人間だったんだろうか、
趣味は?好きな料理は?こんなに溢れ出ている血の型は?
彼が何をしたというんだろうか、じゃあ、僕が何をしたというんだろうか
8月の半ば、昼下がり、とても暑い日差し、白い光の反射、青空、入道雲、東京、駅のホーム、遠くのサイレン、もっと遠くの歓声、伝う汗、足裏のコンクリートの硬さ、喉の渇き、戸惑い
罪悪感みたいなものは、まだ訪れない
僕はさっきから、今までのことを思い出す
たぶんこの現象は僕が引き起こしたんだと思う、彼は血を吹きながら回り続ける
とても暑くて汗が止まらない、少し吹いてくる風が、涼しい
超能力とかいうのかな、僕は思わず笑いそうになる
血が飛んできた
いいや、僕は一般人だ、じゃあ才能とでもいうのかな
血が靴にかかった
僕は一般人だ、平凡な
ーーーでも、
彼はたぶん、僕に、何かしらの影響を与えて、僕が思った次第でこうなったんだーーー
気持ちいい風が吹いた