▼第十一章 『アップ・ライジング』 ♯5
ワタシをくぎ付けにしていたアウターウォールの地面が遠ざかっていく。
その瞬間を、ワタシは引き延ばされた時間感覚によってスローモーションのごとく認識していた。
【ウォール・メイカー】の異星AIは、その時〈アクシヲン三世〉を無事に飛び立たせられる唯一の方法を実行してくれた。
実際、〈アクシヲン三世〉を無事に飛び立たせるには、他の手段は無かったし、その手段は【ウォール・メイカー】にしかできない、【ウォール・メイカー】だからできる所業だった。
【ウォール・メイカー】がアウターウォール上に瞬時にして生み出した全長7000キロ、高低差プラスマイナス2キロの起伏は、まず隆起部分が緩やかなジャンプ台となって〈アクシヲン三世〉の巨体を跳ね上げさせると同時に、船体下面に張り付いていたアウターウォールの膜を、下り坂となった陥没部分がベリリと引っぺがした。
結果、〈アクシヲン三世〉はアウターウォール上から極めて浅い角度でスマートに射出され、飛び立った。
それは実時間では1秒にも満たない瞬間の出来事であった。
続いて〈アクシヲン三世〉の眼前に高さ2キロ、前後幅20キロ、幅30万キロの異星遺物、銀色の異星遺物【ウォール・メイカー】が迫る。
引き延ばされた時間感覚で見るその巨大な物体が迫る光景は、もしワタシではなくワタシ達であったならば、恐怖と畏怖を呼び起こす光景に他ならなかっただろう。
だが今、ワタシ達はワタシだった。
超高速情報処理能力を駆使するアヴィティラだった。
それだけでは無い、今のワタシにはココロの奥底からワタシを熱くたぎらせる力が涌いてきていた。
ワタシはついさっき〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジ内で交わされたフォセッタとケイジの会話を、艦を操る一方で何度も何度も反芻していた。
「その……ケイジは…………いやなのか? この艦のクルーになって、子孫繁栄に努めるのは……」
「ッ! …………いや……それは………………い……嫌じゃないですよ中佐! その……皆と一緒にいるのは……」
「……ってことは好きなのだろう?」
「いや好きですけども! ……そうじゃ――」
「いや好きですけども! ……そうじゃ――」
「いや好きですけども! ……そうじゃ――」
「いや好きですけども! ……そうじゃ――」
「いや好きですけども! ……そうじゃ」
「いや好きですけども! ……そうじ」
「いや好きですけども! ……そ」
「いや好きですけども!」
「いや好きですけど!」
「いや好きです!」
「好きです!」
ワタシはワタシに許された短い……【ウォール・メイカー】到達までの2秒にも満たない時間に、数十……数百……数千回も会話記録を高速再生し続けた。
それは初めて生じる感情というわけではなかった。
約半年前の【テルモピュレー集団】で初めて生じて以来、ずっとワタシの中でくすぶり続けている感情だった。
だが今、そのパワーはかつてないレベルだった。
ワタシはワタシの中で暴走しかける感情に、思考までもが揺さぶられるのを感じたが、今はそれに身を任せた。
【ウォール・メイカー】到達までにワタシに残された時間は実時間で残り1秒も無かったが、ワタシはそのことについて悲観はしていなかった。
勇気も希望も今のワタシにはあったからだ。
彼はワタシを「好きだ」と言ってくれた。
多少その言葉の解釈と、発せられた際のシチュエーションに情報伝達の祖語がある可能性はあったが、今はどうでもいい。
それにそう言われたのは正確にはワタシ達なのかもしれなかったが、それはワタシにとっては同じ意味だ。
その言葉が、ワタシの背中を押してくれるのを感じる。
それに【ウォール・メイカー】のAIを説得できたのも、彼の切った啖呵のお陰だ。
【ウォール・メイカー】のAIが、ケイジの言葉を元にワタシの出した答えの、いったいどこを気に入ってくれたのかは分からないが、一つ言えるのはケイジのお陰でワタシはあの答えが導き出せたということだ。
それが嬉しく、そして誇らしかった。
そして異星AIの思惑はどうあれ、ワタシと彼の出した答えは是とされたのだ……。
もう恐れるものなど無かった。
ワタシは〈アクシヲン三世〉の艦尾スラスターコンプレックスをオリジナルUVDの出力全開で吹かすと、艦首を上げ一気に【ウォール・メイカー】の頭上を越えんとする。
いかにアウターウォールから飛び立つことができても、【ウォール・メイカー】の光の中に飛び込む、あるいは【ウォール・メイカー】の縁に正面衝突でもすれば、デッドエンドには変わりない。
だがここで、ケイジが先んじて〈アクシヲン三世〉の艦尾のGキャンセラー出力を落とすことで、艦首を上げさせておいたことが効果を発揮した。
〈アクシヲン三世〉の艦首が、【ウォール・メイカー】の銀色の前縁に接触する寸前でその僅か上を通過し、〈アクシヲン三世〉は船体底部のUVシールドを【ウォール・メイカー】に擦るようにしてその頭上を通過した。
恐ろしくギリギリであったが、こうして〈アクシヲン三世〉は無事【ウォール・メイカー】を飛び越えた。
ケイジが艦首を上げておいてくれたお陰か……あるいは【ウォール・メイカー】のAIがアウターウォールに生み出した起伏が、その事実を加味した上で〈アクシヲン三世〉が丁度ジャンプするように計算されていたのか……それは今となってはワタシにも分からない。
ワタシは許されたわずかな時間、艦尾下方へと急速に遠ざかる【ウォール・メイカー】の中へと、スローモーションで吸い込まれていく航宙艦墓場の残骸を見つめた。
――さようなら……〈じんりゅう〉……さようならエクスプリカ……さようならSSDFの仲間たち……――――
ワタシはその時、彼女達に別れを告げられる唯一の存在だった。
フォセッタにもケイジにも認識速度的に無理だからだ。
だから精一杯のテレパシーを、光の中へと消えていくかつてのワタシの肉体と、グォイド土星本拠地殴りこみ艦隊のSSDF航宙艦の残骸へと送った。
一瞬、〈じんりゅう〉での思い出が恐ろしく高速かつ高精度で蘇る。
思わずワタシの仮想の身体の仮想の瞳から、涙が溢れ、頬を伝いそうになった。
ワタシは今、間違いなく、今度こそ本当に、永遠に〈じんりゅう〉を失ったのだ。
ワタシは、今までどこか現実として受け入れられていなかった事実を、ようやく受け入れた。
それに今は悠長に泣いている暇など無かった。
『【ザ・ウォール】脱出作戦』はフェイズ2までが完遂され、現在フェイズ3が遂行中た。
フェイズ3を完遂するためには、まだ行わなければならないことがあった。
緩やかに……だが必死に上昇を続ける〈アクシヲン三世〉を、巨大な黒い影が覆った。
その次の瞬間、慌てて艦を翻した〈アクシヲン三世〉の左右にトゥルーパー・グォイドが集まってできた黒い柱が振り下ろされた。
「うおおおおぉぉぉ追いつかれたぁ~!」
ブリッジでフォセッタが叫んだ。
トゥルーパー・グォイドが、巨大で歪な柱が集まってできた巨大な掌のような形となって、〈アクシヲン三世〉をハエか何かのように思い切りひっぱこうとしたのだ。
幸い、〈アクシヲン三世〉は辛くも指の間をすり抜けることに成功した。
空振った上にアウターウォールに叩きつけられた歪な掌は、その衝撃で一瞬粉々に砕け散ったかと思うと、〈アクシヲン三世〉後方でみるみる再結集し、再び掌の形となって〈アクシヲン三世〉を追いかけ始めた。
そのさらに後方へと注意を向ければ、巨大な掌から細く伸びるトゥルーパー・グォイド製の紐が、その母艦へと続いてるのが見えた。
トータス・グォイドだ。
巨大なコタツの上に白い大福を乗せたような形状の、四本足の異形のグォイドが、〈アクシヲン三世〉と同じく【ウォール・メイカー】をジャンプして飛び越えたかと思うと、下面から減速噴射を行いながら再びアウターウォールの上に降り立ったところが観測できた。
アウターウォールを離陸し、加速を開始したばかりの〈アクシヲン三世〉に対し、我々を狙ってやって来る際にアウターウォール上をすでに加速済みのトータス・グォイドが、〈アクシヲン三世〉に追いつくのは時間の問題であった…………それも数秒単位で。
「来たぞ~! ケイジ三曹!」
他に訴えかける相手がいないからか、艦尾方向の光景を確認したフォセッタ中佐が、ケイジに百も承知なことを伝えてきた。
元から予測されていたことだし、できうる限りの対策も練っていたことではあったが、ケイジはフォセッタ中佐の誰かに聞いて欲しいという気持ちが理解できなくはなかった。
あらかじめ分かっていたからといって、〈アクシヲン三世〉を覆う程の巨大な黒雲となって、トゥルーパー・グォイド群が迫るのを見れば、誰だってそうなろうというものだ。
喚く相手がいるのは幸いなのかもしれない。
[接近中のトゥルーパー・グォイドの群れは、事前予測の約300%増しです。当艦への再接触までの予測時間はおよそ10秒後]
スキッパーが空気を読まずに実直に告げた。
まったく信じがたい……信じたくない事実だが仕方なかった……予測していたにも関わらず。。
アウターウォールを高速で移動してきたトータス・グォイドから、さらに放たれ加速したトゥルーパー・グォイド群が、今しがた離陸したばかりの〈アクシヲン三世〉に追いつくなど造作もない。
艦尾に見えたトータス・グォイドは苦も無く【ウォール・メイカー】を飛び越え、追跡を開始してきた。
ケイジは【ウォール・メイカー】が障害物となって彼のグォイドの追撃を阻害してくれることを期待していたのだが、それは甘い期待でしかなかった。
やはりトータス・グォイドにはある程度ジャンプする機能が備わっており、【ウォール・メイカー】は障害物たりえなかった。
さらに離陸直後の〈アクシヲン三世〉には、もう一つの危機が迫っていた。
それはグォイドの追撃に比べれば危険レベルは低いが、彼のグォイドとの戦闘においては命取りになりかねない事象であった。
〈アクシヲン三世〉は【ザ・ウォール】の西端のアウターウォールからほぼ真西に向かって、【ウォール・メイカー】を飛び越えて発進した。
つまり進路上にはベルトコンベア状の【ザ・ウォール】の端が、巨大なアールのついた上り坂となって待ち構えていたのだ。
バトル・ブリッジ前方メインビュワーは、その坂道ですでに薄灰色一色に染まっていた。
我々はとうとうついに【ザ・ウォール】の端に来てしまったのだ。
アヴィティラの操る〈アクシヲン三世〉は、この坂道に接触し、再び墜落せぬよう必死に上昇をかけている。
【ザ・ウォール】を形成維持しているUV疑似重力によって、本来艦を襲うはずの遠心重力により、艦が坂道に叩きつけられることは無かったが、それでも加速と上昇を同時に行わねば、アウターウォールとインナーウォールとの境目である湾曲した薄灰色の膜に艦は叩きつけられるだろう。
それ自体はオリジナルUVDを得た〈アクシヲン三世〉の推力で回避可能であっても、その事態を回避しつつ、後方から迫る二種類のグォイドと戦うのは至難の業であった。
ましてや巨大な船体を持つ〈アクシヲン三世〉はどう考えても戦闘向きの艦ではない。
しかも接触まであと10秒だという。
アウターウォールから飛び立てたが、事態は絶体絶命のままだと言えた。
しかし……ケイジは信じていた。
〈じんりゅう〉クルーの【ANESYS】を信じていただけではない。
ここに至るまで、自分とフォセッタ中佐やスキッパーやキャピタンふくむ、皆と行ってきた準備や、これまでの出来事、経験の全てを信じていたのだ。
総合的に考えて、戦闘可能時間は10秒と少ししかないことが、事前のシミュレートで分かっていた。
その時間内に迫る二種類のグォイドを処理できねば、〈アクシヲン三世〉の未来は永遠に閉ざされることになる。
ケイジ達はそう結論を出していた。
好んで選択したわけではないが、〈アクシヲン三世〉にトータス・グォイドとそれが放つトゥルーパー・グォイドが追いつくのは、【ウォール・メイカー】を飛び越えた瞬間とほぼ同時であり、そこは同時に【ザ・ウォール】の西端だ。
ということはグォイドとの戦闘は、今いる【ザ・ウォール】の西端のアウターウォール側から、アールのついた坂を昇ってインナーウォール側へと移る縦のカーブを移動している最中に行われる。
その移動時間は、秒速1000キロでベルトコンベア状に動く【ザ・ウォール】の関係上、トータルでも15秒前後しかない。
幸いにも秒速1000キロで曲がることで生じる遠心力は、【ザ・ウォール】内では謎の異星遺物パワーでキャンセルされているらしいが、それでも最大加速しつつ、オーバーハングする上り坂に接触しないよう上昇するのは簡単なことではない。
だが、同時にそれは好機でもあった。
条件は敵グォイドも同じであり、〈アクシヲン三世〉は巨大であったが、総合的に見て、さらにその数10倍のサイズがある敵グォイドは、それだけ上昇中の機動が制限されるに違いない。
ケイジ達〈アクシヲン三世〉のクルー一同は、その瞬間にかけたのである。
そして襲いかかるトゥルーパー・グォイドの数が想定の三倍だったのは大問題だったが、トゥルーパー・グォイドの群の動き自体は事前シミュレート通りであった。
案の定、【ザ・ウォール】西端に差し掛かると、アールのついた上り坂を上昇するのに精いっぱいとなり、ワタシの操る〈アクシヲン三世〉の機動は大いに制限された。
いかにオリジナルUVD由来の出力があっても、スラスターの出しうる推力は、耐久性の問題から限界がある。
それに〈アクシヲン三世〉は〈じんりゅう〉に比ぶるべくもない程に巨大かつ重い。
再びアウターウォールに墜落せぬようにするので精いっぱいであり、上り坂との間に距離がとれないのだ。
そこへ真上から、巨大な掌となったトゥルーパー・グォイドの群れが、情け容赦なく掴みかかった。
最初の攻撃こそかわせたものの、すでに母艦であり、エネルギー供給源であるトータス・グォイドとの距離が詰められてしまっている以上、掌の第二撃目を回避することは不可能だった。
トータス・グォイドとの距離が近い程、トゥルーパー・グォイドの群は太い塊となって活動できるため、その分機動性やパワーで手強くなる。
だからワタシは第二撃が迫った時、回避ではなく迎撃を選択した。
手段ならあった。
墜落時の〈じんりゅう〉には、その前の木星での戦いで撃ち尽くしており残弾が無かったが、今の〈アクシヲン三世〉には、航宙艦墓場で手に入れたUV弾頭ミサイルが200基以上搭載されている。
それを出し惜しみなしで発射しまくった。
それも対艦ミサイルとしてではなく、あらかじめ対トゥルーパー・グォイド群専用に調整したミサイルをだ。
本来であれば、敵艦のUVシールドを貫徹できるように、着弾時に収束されるはずの弾頭部のUVエネルギーを、トゥルーパー・グォイドが破壊できるレベルにまで低下させつつ拡散させることで、その分効果範囲が広がるように細工したのだ。
破壊エネルギーが散逸する為、対艦ミサイルとしての効果は無くなったが、群れをなすトゥルーパー・グォイドに対しては実に効果的であった。
〈アクシヲン三世〉に振り下ろされた黒い掌が、船体に触れる寸前で、虹色の光を放つ無数のUV爆発と共に粉々になった。
それでも数匹単位のトゥルーパー・グォイドが、〈アクシヲン三世〉を包むUVシールドに達したが、その数はオリジナルUVD由来出力のシールド強度と、船体各所に設けられた対宙レーザーで対処可能であった。
それにどちらにしろ、勝負はこの一撃で決する。
この時、ワタシはすでに準備していた対【ザ・ウォール】グォイド・マニューバを実行に移していた。
〈アクシヲン三世〉の頭上で、UVミサイルによって散逸させられたトゥルーパー・グォイドの雲が再結集を始める。
もし再びあの巨大掌で引っ張たたかれたならば、ミサイルを半分以上撃ち尽くした〈アクシヲン三世〉は防ぎきれない可能性が大だ。
だが、そうはならなかった。
突然、後方から迫るトータス・グォイドの四本の脚のうち、左の前脚の内側で爆発があったかと思うと、トータス・グォイドがその個体を大きく傾かせたのだ。
〈じんりゅう〉の訪れによって、〈アクシヲン三世〉が得たのはクルーとオリジナルUVDだけでは無い。
〈じんりゅう〉の有する最新の技術データ、戦闘データもあった。
そして僅かな損傷の修理で、再使用が可能となった〈じんりゅう〉艦載機〈昇電〉があった。
対【ザ・ウォール】グォイド・マニューバは、これらを使用することができたからこそ実行できたのだ。
もちろん、成功させるには目標の分析が必要であった。
【ザ・ウォール】の主たる二種類のグォイド……数mサイズと小型ながら雲のごとく大量に現れ、自在に連結することで母艦からエネルギー供給を受けつつ、航宙艦を包み、内部に侵入して内側から目標を破壊する厄介なトゥルーパー・グォイド。
その母艦にして、エネルギー供給源たる全長10キロの大福をのせた巨大コタツ、トータス・グォイド。
この二種のうち、トゥルーパー・グォイドの全てをしらみつぶしに破壊し、無力化するのは現実的に不可能であった。
が、そのエネルギー供給源たるトータス・グォイドだけであれば、非常に困難ではあれど、撃破は不可能ではなかった。
とはいえ、当然正攻法では難しい。
トータス・グォイドは己を守る障壁としてもトゥルーパー・グォイドを用いるからだ。
UVキャノンで撃つにせよ、UV弾頭ミサイルで狙うにせよ、守護者たるトゥルーパー・グォイドによってトータス・グォイド命中前に阻まれ、あるいは迎撃されてしまう。
……ならば、敵グォイドに察知されないように接近し、防御させる間を与えずに攻撃すれば良いのではないか?
ワタシを形作る彼女達やケイジやキャピタンはそう考え、ワタシがそれのアイディアを実行に移す方法を考え、準備がなされた。
そしてワタシ達には、そのアイディアを実現する手段を持っていた。
一つは元〈じんりゅう〉艦載機・昇電。
もう一つは、〈じんりゅう〉から得たケーキ&クレープの製造方法データである。
ケーキ&クレープは、サートゥルヌス(土星圏グォイド本拠地偵察)計画に際し、〈じんりゅう〉の姿を土星側から見えなくさせる為の円盤状簡易ステルス膜だ。
ノォバ・チーフから送られた製造法に従って製作され、〈じんりゅう〉内の材料のみで製作せねばならない関係上、無重力下慣性航行中しか使えない代物であった。
だがケーキ&クレープは、その製造レシピを〈アクシヲン三世〉のキャピタンがブラッシュアップしたことで、昇電サイズの上面のみに限れば、アウターウォールの疑似重力下を加減速していても使えるステルス膜として使用可能となった。
そしてただちに〈アクシヲン三世〉内のプラントと材料で製造され、昇電に装備された。
ワタシは〈アクシヲン三世〉がついに離陸を果たし、【ウォール・メイカー】を飛び越え、追撃してきたトゥルーパー・グォイドの巨大な掌が二度目の攻撃を仕掛けてきた瞬間に、UV弾頭ミサイルでそれを盛大に迎撃することで敵の警戒をそらしつつ、無人のステルス昇電をリモートコントロールで〈アクシヲン三世〉艦尾から発艦させた。
そしてトータス・グォイドの四本足の間へと素早く忍び込ませた。
元からアウターウォールとインナーウォールとの境界の坂道に接触する寸前の低空を飛んでいた為、上面しか覆えないという改ケーキ&クレープの特性は問題にならなかった。
昇電の上面には、機体下面を擦過する【ザ・ウォール】の薄灰色の膜が投影され、その上方から昇電の存在を察知することは、事前に知らない限りは不可能であった。
そして敵グォイドがステルス昇電の接近に気づくには、あまりにも短い時間の出来事でしかなかった。
発艦から僅か6秒後に、ステルス昇電はトータス・グォイドの四本足の内側に潜り込み、そこから左前足の坂道との接地部分に向け、搭載していた対艦UV弾頭ミサイル6基を放ち、全弾命中させたのである。
トータス・グォイドがその特異極まる形状をしているのは、当然意味があることが分かっていた。
【ザ・ウォール】がクモの巣であるならば、トータス・グォイドはその巣に捕まった獲物を狩る巣の主のクモそのものであり、当然【ザ・ウォール】上を移動するのに特化した姿となる。
インナーウォールとアウターウォールに挟まれた、上下幅1000キロしかない空間内では、普通の航宙艦は二枚の壁への衝突を恐れて思うように機動をすることができない。
ましてや二枚のウォールには約1Gの疑似重力が働き、つねにその重力に抗わねば墜落の未来が待っている。
だが、最初から二枚のウォールの上を、四本の脚を使って移動することが前提とした姿のトータス・グォイドは、壁への衝突の恐れなど考えずに、高速で移動し、トゥルーパー・グォイドの群れを伸ばすことで獲物を狩ることができるというわけだ。
トータス・グォイドの四本の脚は、いわゆるリニアモーターカーの原理でウォール上を非接触走行しているのだと分析されていた。
ウォール上に実際に接地しての走行方法では、〈じんりゅう〉や〈アクシヲン三世〉が観測したトータス・グォイドの速度は到実現できないし、そうでなければ、とても広大な【ザ・ウォール】上をカバーできない。
つまり、トータス・グォイドは【ザ・ウォール】の膜に実際に接地はしてはいないが、ごく近距離で、リニアモーターカーの原理で反発と牽引力を利用し高速移動している。
もちろん、ジャンプして【ウォール・メイカー】を飛び越えられたくらいなので、スラスター類も搭載されているだろうが、メインの移動原理はリニア方式と見て間違いない。
ならば、その接地しているようで接地していない四本の脚の内、一本でも実際に高速で足元を擦過している【ザ・ウォール】の膜に触れたらどうなるだろうか?
今まさに〈アクシヲン三世〉に三度振り下ろされようとしていた
トゥルーパー・グォイド群でできた掌は、〈アクシヲン三世〉に触れる前に船体左舷方向へと大きく逸れ、さらに高速で後退していった。
無人ステルス昇電により左前足を破壊されたトータス・グォイドは、左前足を【ザ・ウォール】の坂道に接触させてしまった。
それも〈アクシヲン三世〉を最大加速で追いかけている真っ最中にだ。
そのまま転倒し、大クラッシュしなかったのは惜しかったが、アヴィティラの想定の範囲内だった。
突然己の左前部に抵抗を受けたトータス・グォイドは、前進しようとする力を強制変換させられ、盛大に反時計回りにスピンし始めた。
そして己の肉体を連結させることで、トータス・グォイドからエネルギーを得ていたトゥルーパー・グォイドの群れは、リールに巻かれる釣り糸のごとく、トータス・グォイドの身体の周囲に巻きついていった。
もちろん、その現象もまた想定の範囲であり、むしろ意図して臨んだ状況であり、アヴィティラはそのチャンスを逃したりはしなかった。
確かに好き好んで戦うには恐ろしい敵だった。
だが戦いを避けられる状況では無かった。
そして戦いたくない理由以上の、戦い勝利せねばならない理由があった。
ワタシの姿をした【ウォール・メイカー】の異星AIアバターは言った。
『ワタシの使用優先権は絶対なの。
グォイドがワタシに命じたことをキャンセル、あるいは上書きすることはできないわ……ワタシに命じた存在それ自体が消滅しない限りはね』
ワタシは彼女(?)の言葉を思い出した。
彼女の言葉が確かならば、それはつまりトータス・グォイドを倒しさえすれば、ワタシ達が【ウォール・メイカー】の使用権を得るということになる。
だが仮に使用権を得ても、【ウォール・メイカー】の能力の全てを使うことが出来るわけではないことを、ワタシは彼女に念押しされていた。
ケイジの言葉をヒントに、ワタシは辛うじて彼女の『人類が宇宙に繁栄するに値するか?』の命題をクリアしたが、それでもワタシが得たのは、彼女の使用権のほんの僅かでしかないらしい。
彼女が己の全てを使わせても良いという存在になるためには、まだまだクリアせねばならないプロテクトが数多あるようだった。
だが……それでも……どうせ避けられぬ戦いならば、ワタシはトータス・グォイドを全力で叩き潰し、不完全でも構わない、この異星遺物【ウォール・メイカー】の使用権を獲得しようと決意したのだ。
トータス・グォイドがスピンしたことにより、それと物理的に
繋がってるトゥルーパー・グォイドの群れは急速に後退した。
今ならば、加速し、追跡してきたグォイドを安全距離まで引き離すことは、一時的にであれば可能だったかもしれない。
だが、ワタシはそうはしなかった。
母艦に引っ張られて後退するトゥルーパー・グォイド群を回避しつつ、〈アクシヲン三世〉船体の全リバース・スラスターを全開にし、それと負けぬ速度で急減速、急速後退をかけた。
艦尾に猛烈な速度でトータス・グォイドの巨体が迫る。
速度的にトータス・グォイド達から逃げおおせることは不可能であったが、こちらから近づくことは実に容易であった。
〈アクシヲン三世〉を遥かに上回る巨体であるトータス・グォイドは、左前足脚側につんのめり、大きくそのコタツのような体を傾かせながら回転していた。
そしてその結果、トータス・グォイドは僅かながらワタシに弱点を晒していた。
疑似とはいえ【ザ・ウォール】の重力下に対応した結果、地球重力下で進化した動物のように四本脚の姿となったトータス・グォイドは、同時に地球重力下で進化した四足歩行動物と共通するを弱点を有してしまっていた。
もちろん明確に確認したことがあるわけではない。
これからそれを確認するのだ。
ワタシは〈アクシヲン三世〉をトータス・グォイドの隣、互いのUVシールドが接触する程の超至近距離まで後退させると同時に、あらかじめ左舷へ旋回させておいた艦首〈びゃくりゅう〉ユニットの主砲UVキャノンを、僅かに体を傾かせたことでこちら側にさらした敵グォイドの腹に、目標のスピンとタイミングをシンクロさせた上で叩き込んだ。
〈びゃくりゅう〉の主砲塔は単装であり、〈アクシヲン三世〉と連結している関係から撃てるのは六門中五門だけだったが、それで充分だった。
オリジナルUVD由来出力により、超至近距離で放たれたUVエネルギーの虹色の光の柱は、情け容赦なく敵グォイドのUVシールドを貫徹、トータス・グォイドの腹に突き刺さった。
大穴が次々と穿たれ、辛うじてスピンに留めていたトータス・グォイドは、とうとうその体全体を【ザ・ウォール】の地面に接触させ〈アクシヲン三世〉の隣からはるか後方へと流され、そして思い出したかのように虹色の閃光と共に大爆発した。
その虹色の火球にトゥルーパー・グォイドの群を引きずり込みながら…………。
「……やった…………のか?」
フォセッタ中佐が首をひねって後方ビュワーを確認しながら、我慢できずに口を開いた。
無数の火の粉を煌めかせながら、【ザ・ウォール】西端の坂道の中途に誕生したトータス・グォイドの爆発火球は、トゥルーパー・グォイドの群を巻き込みながら、膨張しつつ拡散し、消えていった。
ケイジもまた、フォセッタ中佐と同じようにその光景を見つめながら、次に起きるはずの現象に、心の準備をしておこうと努めた。
【ザ・ウォール】の主にして【ウォール・メイカー】の使用優先権を持つトータス・グォイドは破壊できた。
ならば、【ザ・ウォール】を形成維持していた【ウォール・メイカー】の使用優先権は、自分達に移ったことになる。
……そのはずだった。
そしてもし自分達に【ウォール・メイカー】に何かしらの指示ができるのならば、何を命じるかはすでに決められていた。
[始まったようです……]
スキッパーがぽつりと告げた。
その瞬間は、ケイジにはスキッパーの言ったことの意味を確認できなかったが、その数秒後にはケイジの目でもビュワー越しにスキッパーの言ったことを確認できた。
後方ビュワーの彼方に映る、遠ざかる異星遺物【ウォール・メイカー】を起点にして、【ザ・ウォール】西端を形成している膜に無数のひびが走ったかと思うと、そこから膜がバラバラに分解し始めたのだ。
それは言葉で表現すると陳腐であったが、天体規模の物体の崩壊が始まったということであった。
というわけで最新話更新いたします。
これにて第十一章『アップ・ライジング』は終了となり、次回より新章開幕です!
さて新章サブタイは何にしましょうか!?
なにか『インフィニティ○○』とか『レディプレ○○』みたいな良いタイトルはないものでしょうか!?
感想リクエストご質問アイディアご指摘などなどお待ちしております!




