ヒロインは育てられたい
乙女ゲームも育成ゲームもやったことありません、すみません。
なろうさんで諸々を読んでいて、なんとなく書いてみたくなって初投稿です。
「——愛している。君は私の運命の人だ。これからもずっと隣にいて欲しい…私の妃になってくれないだろうか?」
端正で麗しい顔が、これ以上甘い表情はないだろうという笑みで私に囁いた。
歓びで心臓は飛び跳ね、世界は薔薇色に染まったように明るくなる。
ああ、一途に思い続けた彼にそんなことを言っていただけるなんて…!
嬉しい…嬉しい!
そんな感情だけで頷いてしまいそうだったけれど、ほんの少しの理性が即答を押しとどめた。
興奮を抑えるように、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「ありがとうございます。でも平民の私が王子妃になんて、とても…」
『ほんっと、その通りよ!』
「え?」
突然、頭の中に響いた言葉に、思わず声を上げてしまう。
きょろきょろと周りを見回してみる…けれど、先ほど人払いをした王子の私室に他の誰もいるはずはない。
空耳…?
「エリザ?」
「え——ええ、あの、学園での教育もまだ充分ではないです、し…」
「これから共に学んでいけばいいだろう?」
そんな優しい彼の言葉を撥ね除けるように、ぴしゃりと再び声がする。
『教育したって無駄よ、全てがダメダメじゃないの! なーにが運命よ、こんなに“運”しかないヒロイン最低! 王子だってちょろ過ぎるわよ。なに、このクソゲー!』
くそげー…って何?
そんな疑問もよぎったけれど、その前の言葉に私は雷を打たれたように覚醒した。
“運”しかない——
「…すみません、私…突然のことで混乱してしまって…も、もう少しお時間をくださいませ」
「エリザ?」
止めようと伸ばされた手を擦り抜け、不敬罪と言われても仕方がない簡単な礼で、私は逃げるように部屋を出た。
これ以上、頭に響く声に混乱したまま、彼の前にいるわけにはいかなかった。
『あれ? どうしたの、このヒロイン』
私が移動しても変わらずに、声は聞こえ続ける。
これは天啓の声なんだろうか?
それとも私がおかしくなってしまったの?
「確かに私には“運”しかないわ…分かってる。分かり過ぎるほど、分かってる。でも、それが運命というものだと思っていたのに」
『ん?』
「どんなトラブルが起こっても、まるで魔法のように彼が駆けつけてくれる。私の欲しい言葉をいつもくださる。夢見た展開がそのまま広がるの」
『ほんと、ちょろい展開だもんね…』
「ちょろい、って聞きなれないけど、簡単至極、という意味かしら? すごくその通りな気がするわ」
『…え』
「くそげー、というのも、それに通じるのかしら?」
『…何。私の言葉、聞こえてるの…?』
驚いたように呟く声に、私はとりあえず空を見上げて頷いてみた。
「聞こえてます」
『うそ!』
「うそ!」
『マジ?』
「まじ?」
試しに鸚鵡返しにしてみると、姿は全く見えないけど、息を飲むような間が感じられた。
『うーわー、何これ。もしかして、乙女ゲーじゃなくてヒロイン育成ゲームだったのかな? 音声認識対応だなんて書いてあったっけ?』
「育成げーむ…?」
『ワゴンに捨て値であったのをつい買ってみただけだから、取説読み込んでなかったわ。“運命のひと”なんて、あまりにもベタなタイトルだったから、逆に中身は作り込んでるのかと期待してたのに…こんなにちょろく攻略できるなんておかしいと思ったんだ』
「攻略…?」
『あれ、でも王子はもう攻略できそうだった…んだよね。ヒロインどうしちゃったの。育成ものって何か違うの?』
「ヒロイン、て私のこと?」
『あーうん、会話できるのね。ええと、そう。あなたがいるのはゲームの世界で、あなたはヒロインなの…って、こんなことキャラクターに言っていいのかな』
「げーむの世界…」
『私があなたを動かして、王子とかいろんなイケメンを攻略するゲーム。のはず。まだ最初の王子ルートしかしてないけど』
いろんないけめん??
よく分からないけど、私を動かしていたということは…
「あなたは、では、運命の女神様?」
『ぶはっ!』
勢いよく吹きだす声が聞こえる。
『ウケる! 女神!』
私の知らないことをたくさん知っている声だけの存在をそう思っても不思議ではないと思う。
でも声の主はひとしきりケタケタと笑い続けた。
『はー、なんだこれ、面白そう。ええとね、エリザ。私のことはどうとでも思っていいよ。あなた、どうして告白してくれた王子の所から逃げてきたの?』
「あなたの声が、聞こえてきたから…」
『え?』
「“運”しかないヒロイン、て仰ったでしょ。本当にその通りだから、驚いてしまって…」
『わあ、そこから聞こえてたの』
「出会いもそれから今日までのことも、全て運が良かったからだとは思っていたわ。でも運命の相手だったら、それも当然だろうって酔ってた。王子様のご好意は嬉しいけれど、実際は彼に相応しくない身分だし、教養も後ろ盾も何もかもないことは充分に分かっているの。それでもいい、と言ってくださったら甘えようと思って…いた時に声がしたから。やっぱり、このままでは無理なんだという思いが脹らんで」
『あら、意外と自分で分かってたんだね。そーね。こういう勢いだけの安易なハッピーエンドって、その後が怖そうだよね』
「私への警告だったのでしょ?」
『警告というか…まあ、うん』
「やっぱり、このままの私ではいけないのね。でも、どうしたらいいのか分からないんだもの…」
思わず、涙が溢れてくる…と、慌てたように声は励ましの言葉をくれた。
『泣かない泣かない。とりあえず、自分の現状をどれだけ把握してるか言ってみて』
「——学園に入ってから、ちゃんと勉強をした記憶がないんです。お、おかしいですよ、ね?」
『あー…』
「授業もいつのまにか終わってしまうの。休み時間や放課後は全て記憶に残るほど充実しているのに」
『そうね。ゲームにはそういう所しか出てこないわ…授業風景なんてないね。休憩の始まる鐘のシーンぐらい』
「り、寮で勉強したくても、すぐにお茶会や夜会に行かなくちゃいけなかったりで、そちらを優先しなくちゃいけないし…」
『自習シーンなんてあっても無駄だもんね』
「だ、だから、どんどん成績も落ちて…礼儀作法を覚える時間も、なくて…」
『恋愛イベントが忙しいからね』
「私だって、教育をちゃんと受けたいんです! その為にこの学園に入ったのに!」
『そうだねー』
全てをお見通しなのか、随分と落ち着いた声で私の言葉を受け止めてくれる。
『これやっぱり、育成ゲームなのかな。あんまりスムーズに進めるから気にしてなかったけど、途中にスキルアップのミニゲームがあったのかな…』
「すきるあっぷ…?」
『まあとにかく、やる気はちゃんとあるんだから、のびしろがあるってことだ。分かった。私があなたにアドバイスしていくから、これからがんばろう』
「は、はい! よろしくお願い致します!」
よく分からない単語も多いけれど、運命の女神(としか思えない)の言葉は私の心を明るくした。
そうよ、私の運命はここから新しく始まるのだわ!
『そんで、イケメンをどんどんゲットしていこう!』
「げ、げっと…?」
『えいえいおー!』
「…おー!?」
多少…いいえ、大いに不安は残るけれど、彼女は正しいのだと信じ…
『ちなみに王子は私の好みじゃないから!』
「えっ…え?」
『まずこの腹黒眼鏡のキャラね! 王子はもういいから、次はそこから行こう! ね!』
「あ、あの…?!」
——どうしよう。
信じていい…のかしら?!