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嘘の桎梏

 ……ゲーム終了まであと5分。時間がない。

「『嘘つきは嘘を言い、嘘つきでない人は本当のことを言う』ってのと、『嘘つきは一人だけ』っていうのが両方本当か、両方嘘かどうか俺が特定するのは難しいが、小泉か後藤なら分かるんじゃないかな」

 大友先輩の言葉が脳裡に浮かぶ。

 もう、この大友先輩の言葉を信用するしかないのだろうか。しかし、前者が嘘だとすると、このゲーム内での『嘘つき』は本当のことを言う人を指し、『嘘つきでない人』は必ず嘘をつく人を指すことになる。かなり突拍子もない話だ。そもそも大友先輩は何故味方のような発言をしたのだろうか。これが本当だとして、自分で解答を求めればいいはずなのに。

 しかし、大友先輩の言葉には気になる点がある。それは「両方本当か、両方嘘か」の部分だ。

 普通なら「両方本当」、「両方嘘」だけではなく、「片方は嘘で片方は本当」という可能性があるはずなのに、その可能性を完全に排除している。では、何故その可能性が排除できたのか。

「……あ」

 僕の頭に光明が差した。もしかして……。

 僕は後藤先輩の方を見て言った。

「後藤先輩、1+1の答えを言ってみてください」

 後藤先輩は両手を挙げてとぼけたポーズを見せた。勿論、答えが分かっていないわけではないだろう。

 これで僕は答えを確信した。後は勝つだけだ。

「――さて、答え合わせといきますか」

 僕が自信満々にそう告げると部長が不敵に笑った。その表情はやれるものならやってみろ、と言わんばかりだ。

 僕は部長の挑発を気にかけず、慎重に語りだす。

「まず、僕は部長の言葉通りに論理パズルを解きました。すると、ものの数分もかからず上から僕、大友先輩、後藤先輩、部長という答えが導き出せました。しかし、この答えは正解ではありません。何故なら、これが答えだとすると僕の順位と矛盾してしまうからです」

 ちらりと部長を(うかが)う。部長は不敵な笑みを崩さない。

「実は、僕はテストで解答欄を一つずらして書いてしまっていたため、僕の順位は間違いなくビリのはずです。それにもかかわらず、導き出した答えでは1位。これでは説明がつきません。しかし、実はこれ以上に説明のつかない事柄があったのです。それは――」

「それは?」部長がご丁寧にも相槌を打つ。

「それは、僕の解答欄のことを知らないはずの大友先輩も後藤先輩もこの()()()()()()()()()()()()()です」

「……」部長は無言のままだ。

「それにしても部長、やけに口数が少ないですね」

「……後輩の解答は黙って聞きたいんだよ」

「いえ、僕の解答以外でも部長の口数は明らかに少なかったです。そういえば、部長はゲーム開始前に『一応、出題側の俺もゲームに参加するが解答には参加しないから安心してくれ』と(おっしゃ)っていましたよね。さて、何故そのようなことを言ったんでしょう。別に解答できないならゲームに参加する必要はなかったはずです。それでも参加したということは、参加することに意味があるからに他ありません。ではその意味は何か。単なる出題者にはなくゲームの参加者にはあるもの……それは()()()です」

「……」部長は口を(つぐ)んでいる。

「部長の説明したルールの中に『役割から外れた発言をした場合、直ちに反則で一人負けとする』というものがありました。例として『紙の内容と違う内容のことを言ったりするのはなしだ』と仰っていましたが、それは役割の範疇に『嘘つき』も含まれていることを隠すためのミスディレクションだったのではありませんか?つまり、嘘をつく人はゲーム中ずっと本当のことは言えず、嘘をつかない人はゲーム中ずっと本当のことしか言ってはいけない、ということですね。つまり、部長の口数が少ないのは、そもそもこのゲームは発言に制限があるからです」

「……」

「ゲーム開始直前の後藤先輩の質問からも、それは明らかです。後藤先輩の『嘘つきって何人いるの?』という問いに、部長は明らかに答える姿勢を見せなかったにもかかわらず、ゲームが開始されると『嘘つきは嘘を言い、嘘つきでない人は本当のことを言う。それと嘘つきは一人だけだからな』と後藤先輩の質問の回答を含んだ発言をしました。これは不自然極まりないです。そして、私がビリという条件下では『嘘つき』が一人では成り立ちません。つまり、部長のこの発言は両方とも嘘ということになります。では、そうするとどうなるか」

「……」

「『嘘つき』は嘘を言わず、『嘘つきでない人』は本当のことを言わない。そして『嘘つき』は一人ではない。更に言うと、部長はゲーム中嘘をついているので、このゲーム内では『嘘つきでない人』になります。これらを踏まえて、4人の条件を見直してみましょう」



   部長「俺の順位は一番低い。大友は嘘つきでない」

   大友「俺の順位は2位だ。小泉は嘘つきでない」

   小泉「僕は後藤先輩より順位が高い」

   後藤「私の順位が一番高い」



「先程も申し上げた通り、部長は嘘をついているので『嘘つきでない人』です。そうすると、部長の発言から大友先輩は『嘘つき』であることが分かります。大友先輩は本当のことを言う『嘘つき』なので、小泉――つまり僕は『嘘つきでない人』です。そして『嘘つき』は一人ではないので、残った後藤先輩は『嘘つき』だと分かります。ではここで分かりやすくするために嘘をついている方の発言を反転させますね」



   部長「俺の順位は一番低くはない。大友は嘘つき」

   大友「俺の順位は2位だ。小泉は嘘つきでない」

   小泉「僕は後藤先輩より順位が高くない」

   後藤「私の順位が一番高い」



「見て分かる通り、まず後藤先輩が1位、大友先輩が2位なのが確定します。部長はビリではないので3位。残った私が4位。つまり、この論理パズルという名を冠したゲームの答えは、1位が後藤先輩、2位が大友先輩、3位が部長、4位が僕です」

 部長は噤んでいた口をにやりと歪ませ、拍手を響かせた。

「いや、全く非の打ち所がないよ。いいだろう。君の勝――」

「というのは嘘です!」僕は大きな声を張り上げた。部長は呆気にとられた様子で目を見開いている。

 僕は『嘘つきでない人』、つまりこのゲーム内では嘘をつく人だ。役割から外れた発言ができないゲームだが、正しい説明とそれを否定する言葉を纏めて発言すれば問題はないだろう。そして後は、この言葉でチェックメイトだ。

「今まで隠してたけど、実は僕、女の子だったんだ!」

「!?」

 あからさまに全員の顔に困惑が浮かんだのが伝わってきた。暫く微妙な空気が流れていたが、やがて僕の気持ちを汲んだ大友先輩が言った。

「答えは、1位が後藤、2位が俺、3位が部長、4位が小泉だ」


「最後の何だよあれ」

 ゲーム終了後、部長が僕に尋ねてきた。あの女の子宣言のことだろう。僕は変な誤解を生まないように努めて冷静に答えた。

「あそこで分かりやすい嘘をつかなければ大友先輩の解答に繋げられなくなってしまうので、明らかな嘘をついたまでです。僕はれっきとした男です」

 種明かしをすると、僕が個人戦だと思っていた論理パズルは、実は()()()()だったのだ。個人で解答に辿り着けるが嘘をつくため正しい解答ができない僕が、嘘をつかないため正しい解答ができるが個人では解答に辿り着けない大友先輩、後藤先輩にパスをして解答してもらうのがこのゲームの勝利への道だったわけだ。部長がルール説明で「ゲーム終了までにそちらが正しく解答を指摘できれば勝ちだ」と言っていたのは、嘘をつく人に解答をさせないためのルールなのだろう。

「いやあ、また小泉がずれた解答をするものだと思ったが、よくチーム戦だと気付けたな」

 部長は素直に感心していた。

「そんなに褒められるほどのことではないですよ」

 これは謙遜ではなかった。

 ゲーム中、大友先輩が助言をくださったのも、後藤先輩が一言も発することがなかったのも、部長のルールの脆弱性に気付いていたことによるものだ。それに比べて、僕は大友先輩の助言をいただくまでそのことに気付けなかった。つまり、僕が先輩の立場ならとんだチョンボをしていたかもしれない。僕は自分の事しか考えていなかった自分自身を恥ずかしく思った。

「……今度からは、もっと先輩に頼ろうかな」

 この一件以来、クイズ研究部のチームワークが格段に向上していくのだが、それはまた別の話だ。

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